5話 少年4
職員室についてお茶を飲んでから、俺は仕事に取りかかろうとした。すると、隣の机に鞄を置いたカトウが声をかけてきた。
「そういえば、結局ラブレターにはなんて書いてあったんだ?」
実際のところ、俺も気にはなっていた。ただ……
「何故それをお前の前で開かにゃならんのだ」
「え、だって気になるじゃん?」
カトウの言葉に思わず溜め息が出た。
「ラブレターですか?」
隣の机で仕事を始めようとしていたメルラン先生が先程の言い争いの原因に反応した。
「そうなんですよ。マルクトの奴がさっき下駄箱開いたら、中に手紙が入っていたんですよ。メルラン先生も気になりますよね?」
「それは確かに興味がありますね」
「メルラン先生!?」
メルラン先生がいきなり変なことを言い始めるもんだから職員の人が持ってきてくれたお茶を思わず噴き出してしまう。
「生徒と先生の禁断の恋。……いいですよね~」
メルラン先生のうっとりとした表情に俺は驚きが隠せなかった。
「俺はよくないと思うね!!」
何故か顔を拭っていたカトウが彼女の言葉に反応した。
いきなり机を叩いて立ち上がったもんだから周りの先生方が何事かと反応する。
「……カトウ先生には聞いてませんよ?」
「だって羨ましすぎるじゃないですか!! 俺は六年間この学園で教師やってるけど、そんなラブレター貰ったことなんて一度もないんだぞ!!」
「……いや、そもそもラブレターだとは決まった訳じゃないだろ?」
「じゃあ、なんだって言うんだよ!!」
俺はカトウの問いに少し考えるような仕草を見せ、そして、少しの間をおいて答えた。
「……論文提出とか?」
「そんなもん下駄箱に入れてんじゃねぇよ!! 直接渡せや!!」
その無理すぎる答えにカトウが喚く。
カトウがさっきから喚くもんだから、周りの視線が痛い。もういいから一旦落ち着けよ。
「とりあえず見てみればよいのではないですか?」
メルラン先生の発言に、それもそうだと思い、かわいい柄の封筒の封を開いて中に入った手紙を取り出してみた。
『先生へ。放課後の5時に学部棟A棟の大きな木の下で待っています』
カトウとメルラン先生は俺の後ろから手紙を覗きこんでいた。
振り返って後ろを見てみると、そこには、般若のような顔をしたカトウと、目を輝かせながら興奮しているメルラン先生が俺を見ていた。
いや、カトウ……お前どうやったらそんな顔になるんだよ。
「……やっぱりこれって?」
「ラブレターですよ、マルクト先生! 良かったじゃないですか!!」
果たして良かったのかと言われると微妙なところではある。
確かにこの手紙は俺を慕ってくれている証だととると素直にありがたい。
だがしかし、これがカトウやメルラン先生の言っているラブレターの場合、断ればその生徒との関係は悪化してしまうかもしれない。
実に悩ましい。
「……もういっそ見なかったことにするか?」
その言葉をぼやいた瞬間、白衣の襟を掴まれてカトウに頬を殴られ……そうになったので、防御結界の魔法で顔を守った。
「イダッ!? なんで防ぐんだよ!! ここは普通一発殴られるところだろ!!」
涙目になりながら、うずくまって防がれて痛めた右手を抑えながら訴えてきた。
……いや普通防ぐだろ。
「……おいカトウ、何すんだ急に?」
「お前がふざけたことぬかすから、目をさまさせようとしたんじゃないか!!」
「はぁ? いや……まぁ……お前の意見もわからなくもないが……じゃあどうすればいいんだよ?」
その質問に、カトウは立ち上がって再び俺の胸ぐらを掴んできた。
「いいかマルクト。お前はラブレターを出すのに、どんだけ勇気がいるか分かってんのか? 頑張って書いた手紙を無視するなんて……それこそ教師としてどうなんだよ!」
「そうですよ。その子も駄目かもしれないと分かっていても、それでも出した手紙なんですよ。行くべきです絶対」
メルラン先生もカトウに同意して俺に行くべきだと主張する。
二人がそう言うなら行くべきなんだろう。
そんなわけで、意を決した俺はラブレターをくれた子に返事をするため、放課後に学部棟のA棟にいくことになった。
◆ ◆ ◆
現在午後五時五分前。
午後の授業も終わり、例の約束の場所まで来たのだが、そこには誰もいなかった。
「まだ誰も来ていないのか? ……と言うとでも思っていたのか? この野郎!!」
そう言いながら、近くの茂みに潜んでいた者のもとまで早歩きで向かい、茂みに潜むそいつの首ねっこを掴んだ。
突然の出来事により、そこにいた者は回避が出来ず捕まってしまった。
そこにいた人物、誰であろう?
カトウである。
先程、授業終了後に職員室に向かうと、職員室にカトウの姿はなく、他の教師に聞いたところ、とっくに帰ったと言われた。
その時点でこいつが絶対、今回のラブレターの現場を覗いているのだろうと予想できていたし、覗かない訳がないと思っていた。
それなら、この場所でカトウを探せばいい。
そう思った俺は魔力感知の魔法を発動した。
魔力感知の魔法は鍛えれば、自分の中の魔力だけではなく、周りの人や動物等の魔力量を視ることができるようになる。
指紋と同じように魔力も人それぞれ違う。
俺は一度覚えた魔力の波紋を忘れることはない。
だから、カトウがこの場所に潜伏しているのが分かったというわけだ。
そのあとは簡単だった。
カトウの首ねっこを掴みあげて投げると同時に、この馬鹿を転移魔法で近くの川の上に転移させて落とす。
これで邪魔者の排除は完了だな。
皆も今度機会があったらやってみるといい。
めちゃくちゃスッキリすると思うよ。
そんな誰に向けて言っているのかわからない考えをマルクトがしている一方で、動きを見せる影があった。
マルクトとカトウの茶番を校舎の陰から見ていた一人の生徒は、カトウが消えたのを確認し、決心したようにマルクトの元に歩みよろうとしていた。
ラブレター
一度でいいから
欲しかった
by鉄火市




