28話 校内戦の予選6
「大丈夫か? 扉にぶつかったんだろ?」
クレフィが許可をもらって室内に入ると、マルクトにそう声をかけられた。
「だ……大丈夫です! 多少痛みはありますが、この程度ならいずれ治るのでご心配には及びません!」
クレフィは、何故か無言で近付いてくるマルクトを見て、慌てたように答える。
マルクトがこちらに手を伸ばしてくる姿を見て、目を閉じるが、クレフィは額に暖かいものを感じた。そちらの方を見ると、オレンジ色に光るマルクトの右手が自分の額に置かれていた。
「これで大丈夫だろ? まだ痛むようなら今日の仕事もしなくていいぞ?」
「い……いえ! 旦那様にここまでしていただいたのに、休むなんて出来ません! もう大丈夫です。お手数をおかけして申し訳ありませんでした」
「そうか。……なら、明日の試合も期待してるからな」
「……え?」
「相手は毎年初戦敗退の五年生らしいな。俺が認めるクレフィは万が一の可能性すら与えないよな?」
「し……しかし、相手の方もこの一年で相当な努力をなされていたやもしれません! 私が絶対に勝つ保障は……」
「ない……とは言わせないぞ?」
その言葉で、クレフィは俯き始めた。
「お前は優勝できるだけの実力は持ってる。この俺が保証をしてやる。……だから、お前には今大会で敗北することは絶対に許さない。もしも、二位以下だった場合、この家から即刻出ていってもらう」
いきなり過ぎる言葉に、クレフィは何かの冗談かと思ったが、マルクトの自分に向ける真剣な表情にそういう類いのものではないのだとわかった。
「……そ……それは……」
「口ごたえするなら、今にでも辞めてもらって構わないぞ?」
「い……いえ、決して口ごたえというわけでは……」
マルクトは自分の椅子を引き、再び腰をおろした。
「お前が毎年、五年生に勝ちを譲っているのは知っている。今までは、特に興味がわかなかったこともあり、特に何も言わないでいたが……今回は許さない。それとも俺を納得させられるだけの言い訳でもあるのか?」
「……私にはこの場所があります。でも、他の方は必ずしもそうとは限りません。ましてや、五年生はこれが最後のチャンス……でしたら譲ってあげた方が……」
「ふむふむ、なるほどなるほど。理由はよ~くわかった。お前には失望したよ」
「……え?」
クレフィは冷めた目で見てくる自分の主に驚いた表情を向けてしまい、急いで顔を俯かせる。
「お前は俺の従者として生きていけると言ったが、誰がそんな確約をした? お前の学費を出しているのは単に魔法の才能を見出だしたからに過ぎない。それなのに、そんなくだらない理由で主君の俺を貶める。お前はそういう子じゃないと思ってたよ。屋敷から出る支度を始めといてくれ」
「……」
クレフィは目から涙が流れそうになるのを必死にこらえて、自分の服を強く握る。
「……なんか言ったらどうなんだ?」
その言葉は、何も言わず、ただただそこに立ち続ける少女に向けて放たれた言葉だった。
「も……申し訳ございません。私の考えが至らぬばかりに旦那様の評判を落とすような真似をして……どのような罰も受ける所存です。……なので、どうかお側に……」
「俺が欲しいのは謝罪じゃない。懇願でもない。欲しいのは結果だ。正々堂々、相手をねじ伏せろ。例え相手がベルだとしてもだ。ここに居たければ……の話だがな」
「……かしこまりました。不肖クレフィ、旦那様の評判に傷がつくような真似は致しません。校内戦優勝、何がなんでも勝ち取ってきます。……失礼します」
クレフィはその顔を真剣なものにし、部屋を出ていった。
廊下を歩く足音を聞き、マルクトは窓の外に映る白い雲を見た。
「クレフィ……お前はこんなところで燻っていていい人材じゃないんだよ……」
クレフィが居なくなった部屋で、マルクトはそう呟いた。