4話 入学3
教頭先生による挨拶で入学式は始まり、プログラムは滞りなく進んでいた。
しかし、次のアナウンスが学園長挨拶の開始を告げた時だった。
会場の明かりがいきなり消えた。
しかし、これが闇属性の暗闇魔法だということはすぐに理解できた。
新入生たちは驚いていたが、俺以外の教師はそれが当然のものであるかのように、微動だにしていなかった。
この暗闇魔法は空間を暗闇のように真っ暗にする魔法だ。目眩ましに有効な手で俺も昔よく使った魔法だが、なぜ今発動したんだろうか?
そんなことを考えている俺の横で、カトウが「始まるぞ」と囁いてきた。
始まる? いったい何が?
その時だった。
目の前でいきなり光が浮かび上がり、暗闇の中で幻想的な動きを魅せる。
光は上空に行くとまるで花のように弾けて火花を散らす。
観客席に座る生徒も始めは、飛んでくる火花を避けようとしていたが、観客席との間に円柱型の結界が張ってあって安全だとわかると、光で作られた花を楽しんでいた。
「……これはなんだ?」
俺は隣のカトウに聞いた。
「これは花火っていって、俺の故郷じゃ夏の風物詩だったんだ。学園長先生が赴任してきた時、何か周りを驚かせられるものはないかって聞かれたから提案したんだが、これが作るの大変だったんだ。炎属性の魔法と光属性の魔法をうまい具合に調整して発動しないと綺麗にならないから難しいし、本来は夜にやるから同時に暗闇魔法を発動させる必要もある。世界にもあまり類を見ない闇属性と光属性の両属性持ちにしかこの魔法は使えない……なっ、うちの学園長はやばいだろ?」
カトウの話を聞いている最中も暗闇にはいろんな形の光の花が咲き乱れていた。
◆ ◆ ◆
周りが暗くなってから十分程の時間がたった。
暗闇魔法の効果が消え、花火も終わって円上の床の中心に一人の人物が立っていた。
この魔導学園エスカトーレの学園長で、六賢老の一人でもあるカルマ・メルトーレだった。
「私はこの魔導学園エスカトーレの学園長をしているカルマ・メルトーレである。新入生諸君、本日は入学おめでとう。先程の余興は楽しんでいただけただろうか? あれは、私の友人の意見を参考にして作った魔法だ。魔法とは人を傷つけることもできる。そして、魔法は戦争の道具にしか使えないと考える馬鹿もいるが、私はそうは思わない。魔法の奥深さを学び、魔法を極めれば、先程のように人々を楽しませることもできる。魔法の可能性は無限大なのだ! そして、我々学園側は君たちが求める技術を最大限提供できる施設と人材を用意している。君たちが素晴らしい魔法使いになれるよう心から願っている」
学園長がお辞儀をすると観客席から拍手が起こる。マルクトもそのスピーチに拍手をするが、彼の話はそれだけではなかった。
「最後に学園側は今年、素晴らしい人材を獲得できた。その者は若くして魔法開発研究所の主任を勤めており、世界でたった二人しかいない黒ランクの魔法使いだ。彼から学べることはきっと他の教師にとっても多いことだろう。マルクト先生こちらに来たまえ」
!? 今俺を呼んだのか? 何故?
そんなことスケジュールには書いてなかったじゃねぇか!!
そんなことを考えていると、いきなり景色が変わった。
目の前には椅子に座りながら、俺を見つめる新入生と在校生たち。
このクソジジイ、俺を転移魔法で転移させやがったな。
脇のほうに立っている学園長の方を見てみると、俺に向かって親指を立ててきた。
なんだその親指は!!
頑張れってか?
その指へし折るぞ!!
文句を言っても仕方ない、ここは何も考えてなかったが、挨拶くらいはしてやるよ。
「まずは皆さん、入学おめでとう。私はこの学園で今日から教師をすることになったマルクト・リーパーです。つい先日まで魔法開発研究所の主任をやっていたのですが、この度この学園で、学園長からの熱烈な要望により教師をすることになりました。私にとってこの学園は友人と競い、能力を高めあった思い出が多い懐かしき場所です。なので、私も私にできる精一杯の指導を行いましょう。私の教えはおそらく厳しいものになるでしょうが、ついてこられれば、素晴らしい魔法使いになれることは保証しよう」
そう最後に告げた俺は、お辞儀をしてから一瞬で自分の席に戻った。
俺の転移魔法による瞬間移動である。
正直なところ、これ以上はあそこにいたくなかったからね。
隣では何故かメルラン先生が尊敬の眼差しでこちらを見てきており、周りでは拍手の音が聞こえた。
ちなみにカトウは隣で笑いをこらえていやがった。
こいつ俺が大勢の人の前で挨拶とか発表するの苦手なの知ってるからな。
そんなにひどかったかな?
なんかいらっとするからカトウは後で魔力をこめた拳で殴る。
◆ ◆ ◆
予定外のことはあったものの入学式は無事終わった。
俺はとりあえず学園長を問い詰めに学園長のもとにむかった。
「学園長先生! 何故急に俺があんな大勢の人の見ている前で、挨拶をしなくちゃいけないんですか?」
「……あれ、言ってなかったっけ?」
「一言も聞いてませんよ。挨拶あるから準備しておいてくれ。なんて一言も!!」
「そうだっけ? 最近物忘れが酷くてのう。そいつは悪かったのう。じゃが良い挨拶じゃったぞ」
なに急にボケたふりしてんだこのじいさん!
あんたさっきまであんな繊細な魔法使ってたじゃねぇか!!
「ではこれからよろしくな。マルクト先生!」
そう言ったカルマ学園長は走って逃げて行った。
なんなのあのじいさん?
ボケたって言うなら最後までやりとおせよ。
動きが二十歳の若者よりも機敏なんだけど。
言っても仕方ないので、マルクトは諦めて自分が受け持つクラスに向かうことにした。
◆ ◆ ◆
学園長に逃げられた俺は、自分の受け持つクラス、一年B組に向かっていた。
自分の初めて受け持つ生徒。
先程あれだけのことを口にした手前、本当にうまくいくのか緊張してきた。
この扉の先には、これから五年間、共に学ぶ生徒たちが待っている。
できれば問題児がいないでくれると気が楽なんだがな。
特に当時の俺たちのような生徒がいなきゃいいんだけど。
マルクトは心の中で当時の担任の先生に謝りながら、扉を開く。
そして、目の前に広がる景色は、一切の私語も発さず、綺麗な姿勢で椅子に座っている生徒たちだった。
(……あれ? てっきりもっと騒いでいるもんだと思ってたんだけど? 高等部の一年生ってこんなに静かなの? 俺たちの世代じゃとりあえず誰かが喧嘩売りに来てたよ? ちょっとくらい騒いでいてくれてたら、はい静かにして席につきなさーい。って感じでうまく始められるのに、静かに席に座られてたら、それできないじゃん。お前らなんでさっきから無言でこっち見てきてんの? こっちはお前らのせいで、どうやって始めるか考えてんのに。お前らとりあえずなんか喋れ)
とは口が裂けても言えないマルクトは、先程から品定めをしているかのような視線を向けてくる生徒たちに、とりあえず自己紹介をすることにした。
「今日からお前たち一年B組の担任になったマルクト・リーパーだ。これから五年間よろしく」
とマルクトが挨拶をした瞬間だった。
「「いよっしゃー!!」」
そんな歓喜の声と共にクラスのほぼ全員が席から立ち上がって、騒ぎ始めた。
見れば隣の生徒と抱きしめあって喜びを表現する者や、何度もガッツポーズをして喜んでいる者もいた。
マルクトはこれから自分が担当する生徒たちの豹変ぶりに心底驚いていた。
一応教卓においてあった名簿に手をかざして魔力認証を行い、名簿を開いた。
魔力認証とは、基本的に自分以外の者には見られたくないものに鍵をかけて、それを開ける鍵のようなものである。
魔力は指紋と同じく人それぞれで違うため、そういう風に使うことも可能なのだ。
名簿には提出された生徒の個人情報が入っているため、他の者に見られる訳にはいかない。だから、魔力認証のロックがかかっている。
マルクトが名簿を確認したところ、このクラスは三十九人の生徒が居た。
マルクトが名簿を見ていると見知った名前を見つけた。
その名前の少女を探すと、その少女は右から二番目の一番後ろの席でもじもじしていた。
(メグミもいるのかこのクラス。少し気が楽になったな)
とりあえず諸々の連絡事項を伝えて、今日は終了の予定だったのだが、終わりの鐘が鳴った瞬間、生徒たちが一斉に質問を投げ掛けてきた。
「先生は彼女いないの?」
「先生って本物の黒ランクなんですか?」
など、さまざまな質問に答えることになった。
初日から、波乱万丈だった。
◆ ◆ ◆
質問攻めが終わり、ようやく解放された俺は、初等部にいるベルを拾って、メグミを含めた三人で帰ろうとしていた。
すると、ベンチでたそがれているカトウを見つけた。
昼はあんなに元気だったくせに、何かあったんだろうか?
俺以外の奴に脳内ミックスジュースの刑にでも処されたのだろうか?
なんか気になったので、とりあえず話を聞いてみることにした。
話しかけてみると、カトウは急に泣き始めた。
話を聞くと、カトウが教室に入った瞬間、クラスの生徒が一斉に落ち込んだらしい。
ちょくちょく、マルクト先生に変わって欲しいとか、何でおっさんなんだよ。とか聞こえたらしい。
一応同い年なのだが。
「こう見えても俺って今日入ってきたマルクト先生とは同い年で親友なんだぜ」
とカトウが言った瞬間、ブーイングの嵐。
そういえば横のクラス騒がしかったな。
「……何でマルクトは良くて俺はダメなんだ。……同じ二十六歳だぞ」
いや知らんよ。
髭がダメなんじゃね?
「イケメン破ぜろ! マルクト破ぜろ!!」
カトウがそんなアホらしいことを大声で言い始めた。
とんだとばっちりだ。
と思ったけど、イケメンの方がとばっちりだったわ。
思うだけならいいけど、魔法は使わんでくれよ。
とりあえず、泣いたり、叫んだり、騒がしいやつだな。
しょうがない。
今日は飲みにでも行くかと誘うと、カトウは泣きながらうなずいた。
一応、俺の数少ない友達だ。
少しは慰めてやろう。
帰ってもカトレアが怒っているだろうから晩飯は無いと思うし。
俺は側にいたメグミとベルに、「先に帰って今日は遅くなることをクリスに伝えておいてくれ」と伝言を頼んでカトウと酒場に向かった。




