23話 反撃の狼煙1
マルクトが生徒達と戦い始めてかなり時間が経った。カトレアはベルと共に何処かへと消え、マルクトは再び一人になった。だが、先程までとは状況が違う。共に戦ってくれる仲間の存在が今は何よりも心強い。
マルクトが戦っているのは、たった一人を除いて全員がマルクトの生徒だった。
(なんで私の体は言うことを聞かないのっ!)
忠誠を誓った主に対して、攻撃魔法を放つ自分の体がクレフィには憎くて憎くてしょうがなかった。
どんなに願っても体は言うことを聞いてくれない。
命の恩人でもあるマルクトに、攻撃をするという罪悪感が胸を締め付ける。
それはこの場にいた生徒全員が多かれ少なかれ思っていることだった。
あの人の役に立つためにと力をつけたのが仇となった。
「旦那様! 私はどうなっても構いません! だから、彼女達を救ってはいただけないでしょうか!」
生徒達の攻撃を避けたり、結界で防いでいると、クレフィがいきなりそんなことを言い始めた。
「黙れクレフィ! 俺にこの場の全員誰一人とて見捨てるなんて選択肢はない! お前も一緒に帰ってもらうぞ!!」
それは難しいことではあったが、決して不可能なことではなかった。だからこそマルクトは最良の結果を望んでいる。
だが、クレフィにはそれが叶うとは思えなかった。
(そんなこと言ったって旦那様。そんなに辛そうではありませんか。……私の攻撃が広範囲だから、私の攻撃から他の皆さんを守るために、巨大な結界まで張って……私のせいで旦那様にそんな辛そうな顔はさせたくありません……)
クレフィの目に涙が溜まる。
こんなことをしている自分をまだ助けようと言ってくれる。
自分を助けようと必死になっている人相手に、魔力を練っている自分が嫌になる。
(…………こうなったら……)
クレフィは練っている魔力を少しだけいじくった。
それは決してやってはいけない行為だった。
魔力をいじくったことが原因となり、練っていた魔力は暴走をし始めていた。
この魔力量で暴走すれば十中八九自分は死ぬ。……でも、それでいい。
…………旦那様のためなら。
目から涙が頬を伝い、地面に落ちる。
これから死ぬというのに、心が穏やかだ。
最後は……笑顔で、あの人に感謝の気持ちを伝えよう。
「旦那様……今までありがとうございました」
直後、巨大な爆発が起こった。
生徒達はその爆発から目を逸らせなかった。
◆ ◆ ◆
(…………あれ? なんで私は生きてるの? 確かに爆発させたはずなのに、あれ? これって?)
クレフィは自分の身に被さった透明な布を見た。
触って見るとそれは布ではなかった。ぷにぷにと柔らかい感触がして気持ち悪かったが、それでもなんだか温かかった。
しかし、次に見た光景がそんな感覚を吹き飛ばした。
「旦那様っ!!」
そこには、背中に酷い裂傷を負ったマルクトが倒れていた。
「……あはは、なんとか間に合ったみたいだな」
辛そうでありながら、苦しそうに笑顔をつくるマルクトを見て、この状況に察しがついた。
(……また、助けられたんだ……)
急いで立ち上がり、体を動かせないでいるマルクトに近寄るクレフィ。彼女はその酷い傷を負った背中に向けて回復魔法をかける。だが、マルクトの傷が深すぎて、すぐに良くはならなかった。
「……もういい、俺の心配なんていいから、……自分の身を守れ」
泣きながら自分の傷を治療してくれているクレフィに、マルクトはそう言うが、クレフィは首を横に振った。
「嫌です! このままじゃ旦那様が! 旦那様がっ!」
横を見ると、嫌だって泣き叫びながら、攻撃魔法を放とうとする生徒たちの姿があった。
クレフィは俺を動かそうとするが、その非力な腕では俺を引きずることもままならなかった。
(爆発で足がやられた。背中をやられた。……くそっ、体に力が入らない)
そしてマルクトとクレフィに向かって魔法が一斉に放たれた。
(もう……ここまでか)
そう諦めかけた時、幻影が見えた。
ベルよりも幼く、自分と同じ青い髪の少女。
いるはずがない。ここにいられるはずがない。
「まだ、諦めちゃ駄目だよ、お兄ちゃん」
笑顔でそう言った少女。その言葉が聞こえた瞬間、幻影が光の粒となって消えた。そして、そこにあった結晶を見て涙を流す。
「…………不甲斐ない兄で悪かったな。……ありがとな、マヤ!」
結晶に手を伸ばしルーンを発動する。
「release&activation!!」
その叫びが辺り一帯に響くと、マルクト達に向けられた攻撃が、全て光の渦に呑まれた。
全ての攻撃が消えてしまった時、先程まで全身に大ダメージを受け、動けなかったはずのマルクトが立っていた。
しかし、何よりも驚かされたことは、体中にできた裂傷が徐々に治っていることだった。
その姿に何が起こったのかわからないでいる生徒達を見て、マルクトは「今、解放してやるからな」と呟いた。