22話 仲間との戦い9
氷を残して冷気で相手を弱らせるという戦法をベルに封じられたカトレアの手数は、減るどころか増える一方だった。
氷ではなく息吹にすることで、全体に行き渡らせる戦い方や、巨大な氷山をベルめがけて落とす戦い方。
その他にも様々な技でベルを襲う。
やりたくないとは思っていても不思議な力で体が勝手に動く。
だが、カトレアが嫌々ながらやっている攻撃をベルのロストオブダークネスがことごとく防いでいった。
お互いに決定打がないまま、時間だけが過ぎていく。
だが、ベルからすればそれでも良かった。
マルクトからカトレアを任されたということは、カトレアさえどうにかすれば、マルクトが解決してくれるということだ。
何の根拠もない。ただ、自分が尊敬する師匠が自分を頼ってくれた。
それなら、自分に出来ることは最大限やりたかった。
(私さえ、カトレアをしっかりおさえていれば、この状況を師匠がきっとどうにかしてくれる)
それほどまでにベルはマルクトのことを信頼していた。
◆ ◆ ◆
魔王の一族にのみ使える空間を造り出す魔法。それは極端に魔力を消費するものだった。
この魔法は、ベルが持っている魔力を五割も使って発動している。
空間を自由自在に扱えるが、同時に発動することができる魔法は一つまでというデメリットもあった。
攻撃を防いでいる間は、ロストオブダークネスを使うことでなんとかなっているが、今のベルでは魔法を連続で使い続けるのは困難だった。
だがカトレアは違う。
何十年と鍛え続けた彼女の多彩な魔法は洗練されており、連続行使も可能にしていた。
マルクトにすらさとらせないほどの実力を、カトレアは《ルーン・支配》で引き出されていた。
隙のあるベルと隙の無いカトレア、それだけ聞くと有利なのはカトレアだと思えるが、マルクトがベルのために作り出した防御魔法ロストオブダークネスのおかげで、ぎりぎりだったが均衡を保てていた。
…………しかし、その均衡も崩れようとしていた。
いきなりカトレアが苦しみだしたのだ。
(……まずい! まさか強制的にあの魔法を使わせるつもりか!?)
胸を押さえながら苦しんでいるカトレアに、ベルは駆け寄ろうとしたが、いきなりカトレアから大量の魔力が漏れ始めたことでその足を止めた。
体の内から溢れ出す魔力は、カトレアにも制御が効かなかった。
漏れだした魔力に込められた冷気を危険だと感じたベルは、空間に冷気を吸収させようとしたが、それを続ければカトレアをも吸収してしまうことが発覚したため、それをやめた。
「お……お逃げください……お嬢様! 次放つ一撃は本当に危険です!!」
カトレアの切羽詰まった表情に、ベルは気を引き締める。
それは始めて見るカトレアの全力だった。
「……やめてくれっ! もう私にお嬢様を傷つけさせないでくれっ!!」
しかし、その嘆きは意味を成さず、カトレアが持つ最強の技『アブソリュートゼロ』が発動した。
◆ ◆ ◆
カトレアから放出していた冷気を纏った魔力が一点に凝縮され、ベル目掛けて放たれた。
その威力は、ベルでも防げるかどうかわからないものだった。
逃げるなんてしない。出来る訳がない!
「私はカトレアを助けるためにここにいるんだっ!!」
放たれたアブソリュートゼロを、ベルは全力のロストオブダークネスで防ごうとする。
拮抗する力と力、一瞬でも気を抜けば死を覚悟することになる。
ベルは歯を食いしばってロストオブダークネスを維持し続ける。
体が震えるほど寒い。指の感覚が無くなりそうだった。……それでも、絶対にこの魔法をやめる気はない。
カトレアを助けるには、これくらいやりきらないといけないのだ。
…………そして、カトレアの魔力が限界に達し、カトレアの放ったアブソリュートゼロは魔力切れによりその力を失ってしまった。
全力のアブソリュートゼロを防ぎきられた時、魔力が切れかけていたカトレアの目には、誰も映っていなかった。
全てを防ぎきったベルの姿はそこになかった。
だが、どこにいったのか疑問に思った直後、背後から誰かに抱きしめられた。
顔だけで振り返ったカトレアは先程まで前にいたはずのベルがそこにいたことで驚きを露にする。
(まさか転移魔法!? それまで教わっていたのですか!?)
「何をやっておられるのですかお嬢様! 早く離れてください! 魔力を失っても私には攻撃手段が残されているのですよ!」
カトレアは声を荒らげて言うが、ベルは無言で首を横に振るだけだった。
「カトレアは私のものだもーーん!!」
それがベルの答えだった。
カトレアはベルのことを慕っていた。
ベルの配下ではあった。彼女のために身を差し出すことも厭わなかった。
だが、カトレアは元々魔王グリルの配下であって心の奥底では、先代魔王のグリルから受けた指示と、魔王として未熟なベルを支えられるのは自分しかいないと思っていたから、ベルの傍に居続けていたのだ。
だが、それは忠誠であって、ベルを魔王として認めている訳ではなかった。
そんなカトレアにとってベルの行動は予想外のものだった。
魔王の一族にしか使えない魔法を見事にやってのけ、カトレアの奥技でさえ防いでみせた。
この戦いでベルの成長を見たカトレアは、ベルのことを完全に認めた。
……すると、ベルの身が急に光輝き始めた。
その輝きは、抱きつかれたカトレアにまで伝播し、光が治まった時、カトレアはディザイアが持つルーンの影響を受けなくなってしまった。
カトレアがベルを魔王として完全に認めたことで、ベルの中に秘められていた魔王の力が、カトレアを支配から解放したのだった。