22話 仲間との戦い7
レンの目尻から赤い血が滴る。
それは、魔力が限界に近いことを示していた。そこを見逃すティガウロではなかった。
ティガウロが大木に手をつくと、今までよりも大きく、力も強い五メートルを越えたゴーレムが三体、大木から産み出された。
そいつらは、ティガウロの指示に従いレンを襲う。
「ちっ、魔力切れか……だがそんなんで俺が止まる訳ねぇんだよ!! ギガフレイム!!」
レンの放った炎は、その場にいたゴーレムを全て燃やし尽くした。
それを見たティガウロはこう言った。
「…………正気かあいつ?」
魔力切れの状態で魔法を撃つことは出来る。だが、それは血を代償に支払う必要がある。どんな人間でも、血を大量に失えば失血死する。
だからこそ、魔法使いは身の丈にあった魔法を学ぶ。
躊躇すらなかった。そこで自分の認識が甘かったことをティガウロは反省した。
「すいませんユリウス様……他のところに回す余力がどうやら僕には無さそうです。……いいだろうレン少年、僕が本気で君を助けてやろう」
ティガウロは、両手に一本ずつ剣を造りだし、左の剣をレンに向けてそう言い放った。
◆ ◆ ◆
ベルは暗い空間にいた。
そこにいるのは、カトレアと自分だけ。
先程までとは違うカトレアの姿に戸惑いを覚えつつも、その姿を見て懐かしく思う。
人間達に襲われていた時も、カトレアがその姿になって助けてくれた。
おっきな鳥に襲われていた時も、カトレアが師匠を手伝って助けてくれた。
いつも助けてもらってばっかりの自分が、今度はカトレアを助け出す。
目の前にいるカトレアは、この空間内を興味深そうに見ている。やがて、その冷徹な目に涙を浮かべた。
「代々魔王家だけが使えるという空間生成の魔法ですか……。数ヶ月前まで、あんなに幼かったというのに、ここまでご立派になられて……カトレアは嬉しゅうございます」
「……ありがと」
指で涙を拭いながらの賛辞に、ベルは褒められたことへの嬉しさと、これからの戦いに対する不安が入り雑じり、複雑な表情でそう言った。
「……私の使命はベルフェゴール様を立派な魔王になるまで育てること。…………しかし、マルクト様がいれば、お嬢様はきっと立派な魔王になられることでしょう。……私はもう……必要ありませんね。…………絶対立派な魔王になられてくださいね。私はグリル様とシズカ様と共にお嬢様の成長を見守っています」
「…………何言ってんの? カトレアがいなかったら、私はここにいなかったんだよ! カトレアがいたから一人になっても淋しくなかったんだよ! カトレアが私を見捨てなかったから、私は師匠や友達とも仲良くなれたんだよ! ……カトレアはこれからも私といてくれないと駄目なの! ……だから、……そんなお別れみたいなこと言わないで! 私の前からいなくなろうとしないで!!」
ベルが泣きながらそう言ったことで、涙をながさぬように決意していたカトレアの目からも滴が落ちる。
「……私だって嫌です! お嬢様とお別れなんてしたくありません!! ……でもこのままじゃ、大切なお嬢様を傷つけてしまいます。…………だから、最後のお願いです。私をここに閉じ込めてください。……お嬢様にだけは死に顔を見られたくないんです」
「やだっ! そんなこと絶対許すもんか! 私はここにカトレアを閉じ込めないし、死なせたりなんかしない。二人揃って皆のもとに帰るの! 私を立派な魔王にするんでしょっ! だったら最後までちゃんと私のことを見ててよ!」
「…………相変わらず、お嬢様は我が儘ですね。……ですが、そこも貴女の魅力的なところです。……グッ!? ……どうやら、私の意思で動きを止めるのはそろそろ限界みたいです。どうか早くお逃げください」
カトレアは苦しそうな顔でそう伝えてくるが、ベルに逃げるつもりなんてなかった。
「……私は、皆を守れる魔王になるの。それなのに、たった一人の忠臣さえ守ることができない。……でも、それは昔の話。私は、カトレアと師匠とメグミと他にもいっぱいの人に出会って成長したの……だから!! 一番側にいてくれたカトレアに私の成長を見せてあげるね」
ベルの顔を見たカトレアは、その顔に諦めるなんて微塵も思っていないことが読み取れた。
「……敵の術中にはまり、まんまと操られてしまった未熟な私をそれでも助けてくださるというのですか?」
「うん、待ってて」
「……私は強いですよ。グリル様からいただいた称号『蒼氷華』は、王族を除いた魔界で三番目に強いという証です。きっと、お嬢様を傷つけてしまいます。……それでもいいんですか?」
「大丈夫! 私頑張るから!」
「…………私はーー」
「カトレアッ!」
次の言葉を紡ごうとした時、ベルがそれを妨げた。
カトレアは恐る恐るベルの顔を見る。
聞き分けのないせいで彼女の気分を害してしまったのかもしれない。……でも、それなら自分も諦めがつく。
しかし、ベルが見せた表情は笑顔だった。
それは、不安で圧し潰されそうな心を安心させてくれるような屈託のない笑顔だった。
「私が助けるよ! だから安心して」
「……ありがとう……ございます…………こんなことをお嬢様に言うのはとても忍びないのですが……よろしくお願いいたします」
「うん、任せて!」