22話 仲間との戦い5
いくら相手より速く動けても、いくら相手の攻撃を避けようと、ユリウスには二人を助ける方法がなかった。
光属性も水属性も使えるが、カトウやマルクトと違って回復魔法は得意じゃなかった。
ユリウスが得意なのは火属性の魔法だった。光属性も得意だったが、攻撃特化の魔法ばかり覚えていた。
『王様たるもの、強くならなければならぬ! その強さで弱き民を守るのが、お前の使命だ!』
父である先代は、そう言って回復魔法や支援魔法は後回しにした。
俺自身、いつも傍に誰かがいたからか、それらを必要とは感じなかった。
……それでも、今は何もやってこなかった自分の選択が憎い。
『力だけじゃ解決できないことがある』
それは、数年前にも感じたことだった。
◆ ◆ ◆
当時、高等部二年だった俺は、マルクトとカトウの二人と、数人の護衛を連れて街中を歩いていた。
当時の俺にとっての二人は、自分と張り合える力を持つ数少ない友人だった。
「……なぁ、マルクト、カトウ、今日は何して遊ぶ?」
「そうだな~……釣りにでも行くか?」
「やだよ。それって俺が圧倒的に不利じゃないか。もっと公平なやつにしろよ」
「……じゃあ、将棋で」
「……おいカトウ、なんで外来て将棋なんだよ。それならユリウスの部屋でそのままやれば良かったじゃないか!」
「は~? さっきからお前案出さないくせに文句ばっかりだな! だったらなんか案出せよ!!」
先程からカトウの提案に文句ばかり言うマルクトに、カトウがそう言うと、マルクトは制服のポケットに突っ込んでいた両手を頭の後ろに持ってきて、空を見ながらなにかを考えるような仕草をし始めた。
「…………そうだな~……じゃあ、魔法勝負でどうよ? 学校のグラウンド借りてやろうぜ!」
「……それこそ、不公平なんじゃ……」
「なんだよユリウス、負けるのが怖いのか? 前まであんなに突っかかって来たくせに……うおっと、悪い悪い。前見てなかったな…………大丈夫か?」
そんな他愛もない話をしている俺たちの前に現れた灰色の髪の幼き少女。
マルクトにぶつかった少女の呼吸は荒く、顔も赤かった。明らかに様子がおかしかった。だが、そんな心配も彼女の腕や足にみられた痣でかき消えた。
「……おい……これはまずいぞ! この子は不治の感染病にかかってる。急いでここを離れた方がいい!!」
その独特な痣は当時流行っていた感染病の症状だった。
少女が感染病にかかっているのは明白だった。
だが、俺の助言に対してマルクトはこう言った。
「…………なぁユリウス……本当にそれでいいのか?」
その言葉に俺は咄嗟に何も言い返せなかった。
固まった俺をよそにマルクトはカトウと話し始める。
俺の助言は正しいはずだ。
この少女は治らない。絶対に無理だ。それよりも早くこの場から離れた方がいいに決まってる。
……なのに、なぜかマルクトの言葉が頭から離れない。
護衛の人が、その子を奪い取ろうとした瞬間、マルクトがその表情を怒りに染めた。
威圧感を放つにらみは自分の護衛に向いていた。
ひるんだ護衛の人は後退りし尻餅をついた。その表情を見ると完全に怖じ気づいていた。
その少女が「助けて」と言った時、俺は自分のことしか考えなかった。
頭の中で不可能という言葉を並べたて、逃げる口実を探す。
しかし、マルクトが俺に向けてきた眼差しが、俺にはとても憐れんでいるように見えた。
その憐れみは少女に向けられたものじゃない。こんなところで立ち尽くす俺に向けられたものだ。
カトウは俺の護衛に、「あいつなら絶対なんとかしますよ」といって説得をし始めた。
マルクトはその視線を少女に向けると「ああ、いいぞ」とそんなことを言い始めた。その直後、一滴の涙が少女の頬を伝って地面に落ちる。そして少女は意識を失った。
「なんでそんな根拠のないことが言える! その病気は絶対に治せないんだぞ! お父様が世界各国の医療に精通する者を集めてどうにかしようとしても無理だったんだ。俺達にどうにか出来る訳がないだろ!」
「…………なぁ、ユリウス。信じられないかもしれないけどさ、俺六年前まで体を動かすことが出来なかったんだ」
「……何の話だよ?」
魔力を高めているマルクトがいきなり俺に話しかけてきた。
それは、数ヶ月間で一度も聞いたことがなかったマルクトの過去だった。
「……俺はさ、五歳くらいの頃から五年間ず~っと動けなかったんだ。その時だって絶対に治らないっていろんな人に言われ続けた。……だが、それにも関わらず、俺はこうしてこの場に立っている。……あの人が諦めかけてた俺をどん底から救いだしてくれたんだ! 俺を助けてくれたあの人には感謝してもしきれない恩がある。……だけど、今の俺じゃ返せないんだ。そんな俺が、あの日の俺と同じように助けを求める少女を見殺しになんかしてみろ。あの人に二度と顔向け出来ねぇだろ? ……それに、あの日みたいに後悔したくない!!」
その言葉を皮切りに、マルクトは無言でその子の治療を開始した。
かかった時間は八時間二十四分、結果、俺は立ち尽くすだけで何も出来ず、マルクトはその子を見事死の淵から救いだした。