22話 仲間との戦い1
「……勘弁してほしいよ。……ったく、戦いにくいったらありゃしない」
全身を傷だらけにしながら膝をつくカトウは通信魔法を切ると、そうぼやいた。
目の前にいる二人に傷なんて一つもない。
それもそのはず、カトウは銃を構えはしたが、一発も撃ってはいないのだから。
しかし、それでもメルランとアリサの二人が攻撃を弱めることはなかった。
アリサの手に馴染んだ双剣は、アリサの大切な者を斬りつけていく。その感触が、飛び散った血がアリサの感情を刺激する。
目の前で血を流し、息も乱れているカトウ先生を見たくない。
でも、体が言うことを聞いてくれない。声を出すことができない。
……なんで、メルラン先生は出すことができるの?
これじゃ、私はカトウ先生に謝れないじゃない!
(……助けて、助けてよ! カトウ先生を助けて!)
声にならない言葉や思いはアリサの中だけで燻っていく。
しかし、メルランだけは彼女の苦しみに気付いていた。普段はカトウ先生に対して素っ気ない態度をとるアリサが、どれ程、カトウ先生に感謝しているのかを、あの日聞いたから……。
◆ ◆ ◆
カトウが目覚めたあの日、部屋を出たアリサを追いかけていたメルランは、扉が開いたままの部屋を見つけた。
部屋の中を覗くと、ベッドの上にある枕に顔を埋めたアリサがいた。
その姿を見て、メルランは部屋の扉をノックした。
「誰っ!?」
勢いよく顔をあげたアリサは、メルランの姿を確認すると警戒を解いた。
「……入っていいかしら?」
その言葉に無言で首を縦にふるアリサ、それを見たメルランはアリサが座っているベッドに座り、隣まで行く。
二人は数分の間、お互いに何も喋らなかった。
よくよく考えてみれば、二人とも光属性の座学で顔を合わせたことはあるが、元々アリサが風属性しか使えないせいで、あんまり話すことはなかった。それどころか、五十日前の会話がおそらく初めてだったと思われる。
アリサとしては、メルランのことを全然知らなかったのだった。
だがメルランは違った。
実行部隊フェンリルとの戦いにおいて、あの場にいたメルランは、アリサのことをずっと気にかけていた。
一ヶ月程前に、実行部隊フェンリルとの戦いは、フェンリルのボスであるロキと呼ばれる存在が仕組んだ罠だったことをマルクトから聞かされて以来、より一層彼女を気にかけるようになっていたのだ。
利用されるだけ利用されて見捨てられた少女、組織に認められるために努力をした彼女は、初めての任務で父親を殺された。
どれ程辛かっただろうか?
カトウ先生が気を失うまでの約二週間は、辛く悲しい期間になっていると思っていたのに、彼女は魔導学園エスカトーレに入学してきた。
何があったらここまで皆と接するようになるんだろうか?
「…………ねぇアリサちゃん、あなたの話を聞かせてくれないかな? きっと気分が晴れると思うよ」
その言葉に驚いた顔を見せた彼女は、いきなりそんなことを聞いてきたメルランを不審に思いながら、う~ん、と唸り始めた。
「……わかった」
短くその一言を伝えた彼女は、語り始めた。
◆ ◆ ◆
全ての始まりは数年前に家族で行った旅行だった。
数十年前までこの大陸には四つの大国があった。
大陸の中心部に位置しており、魔法使いが全体の七割を占める魔導王国マゼンタ。
悪魔を絶対悪とし、天使を神の使いとして崇めるマゼンタの南西部に位置する世界最大の人口を誇るグスタフ皇国。
西にある世界最大の国土を誇るパールネスト王国。
そして東に位置する世界最大の軍事国家グルニカ帝国。
これら四つの国が互いに互いを牽制しあっていたため、世界には平和が訪れていた。
民は自由に他国に行けるようになり、特にこの四つの国に行き来する人は増えていた。
しかし、魔王がこの世界にやって来たことにより、グルニカ帝国は滅ぼされてしまう。
グルニカの民は魔王を恐れた。その結果、他国に避難してしまう者もいたが、職を失い盗賊になる者も少なくはなかった。
そして四大国家の一つが滅びたことにより、世界が少しずつ狂い始めていく。
残った三つの大国は、互いに互いを恐れ始めた。
もし、他の二国が手を結び、こちらに攻めてきたら圧倒的に不利な状況に陥ってしまうだろう。
この考えから三国は他国との交易や外交、自国の軍事力向上を中心に政策を開始した。自国の民に相当な負担をかけながら……。
その結果、一番最初に危機に陥ってしまった国がマゼンタであった。
不治の病が数年前に流行り始めたのだ。
アリサ達の旅行先に選ばれた国がマゼンタであったこと、また、その地でアリサの母親がその不治の病にかかってしまったことが全ての始まりになったと言えるだろう。
◆ ◆ ◆
美しく気高き女騎士だった母は、幼き頃の私にとって憧れの存在だった。
強く芯の通った女性で、その目は信念を曲げないという確固たる意志を宿していた。
その母が、目の前で弱っていくのを見ていることしか出来なかったことが、幼い私にとっては辛かった。
魚が苦手だった私と父は、魔導王国マゼンタで魚を食べなかったから、かからなかったんだと原因のわかった今ならわかる。
やがて、マゼンタの貴族によって、それが感染病だということが公表されたことにより、私は母親から引き剥がされてしまう。
泣いて懇願しても会わせてくれない父をどれだけ憎んだことだろう。
最期の時まで一緒にいたかった私にとってそれは拷問に近かった。
母が隔離されてから十日が経ち、母の死を口伝てで知らされた。
その日は涙が枯れるまで泣いた。
母の亡骸には、美しかったあの頃の面影はなかった。
母は異常と思える程痩せこけており、私と同じだった綺麗な薄紅色の髪は色が抜け落ち、真っ白になっていた。
「……いや、……違う! こんなの、私のお母さんじゃない!」
私が望まなかったから、きっと別の人にすり替えられて、今も母は元気な頃の姿でいつも通り過ごしている。
間違いない。こんなの母じゃない。
そう思いたかっただけだった。
父はそれを聞いた瞬間、激怒し私の頬をおもいっきり平手で叩いた。
今まで一度だって私に対して暴力的なことをしなかった父がこの日初めて私を叩いた。
痛かった。叩かれた頬もだが、何よりも心が痛かった。苦しかった。その痛みがこれは現実なんだと伝えてくるようでとても辛かった。
涙を流す私から、父は一度も視線を外さなかった。
その表情には、怒りと苦しさと悲しみが入った複雑な表情をしていた。
「……すまない」
父の言葉が幼い自分に重くのしかかってくるように感じた。
なぜ謝ってくるのかがわからない。あんなことを言った自分がいけなかったんだ。必死に生きようとしている母を否定してしまった。父は当然のことをしたんだ。
父は謝ったあと、私に近付いてきた。幼い自分にはそれが怖くてつい顔を腕で庇ってしまう。
しかし、父は身構える私を抱き寄せただけだった。
「……すまない。……だがこれだけはわかって欲しい。お前だけはお母さんを否定しないでやってくれ。お母さんはな、必死に病気と戦ったんだ。またアリサに会えることを願って、何度も何度も何度も戦った。……私だって出来ることなら二人を引き剥がしたくなんてなかった。……でも、アリサを守るにはああするしかなかったんだ」
泣いている父がそう言ったのを、きっと私は一生忘れないだろう。
母の前で父の服にしがみつきながら、一晩中泣いていたその日のことを絶対に忘れない。