21話 支配者との戦い12
「ほほう……今の攻撃を耐えたか。人間にしてはやるではないか」
「……黙れ! ここにいる大切な生徒達をお前の目的なんかに利用されて、こっちは腸煮えくり返ってんだ!」
「ふむ……それで? この状況でどうする? 周りをよく見ろ人間。後ろには、我輩の新たな力によって敵と化した貴様の生徒達。目の前には、世界最強の魔族。……本気を出せば、自らの手によって、育てた生徒達を殺すことになるため、本気も出しようがないだろう。結局のところ、貴様には死しか待っておらぬのよ」
「はっ、関係ないね! いくら操ろうが、俺にだってそういう力はある!」
マルクトは即座に唱える。
生徒達を助ける。その意図を持って放たれた「manipulate」という相手を操る技。
マルクトの手から、本人以外に視認することすら不可能な光る糸が、操られている生徒達に向かって伸びていく。
しかし、その魔力で作られた糸は、生徒達に当たりはしたものの、その全てがうまく発動できなかった。
「な……なんで?」
初めて自分のルーンがうまく機能しなかった。
その事実はマルクトに多大な衝撃を与えた。
今まで、どんな時でも使えた。ルーンという神秘の力を持つ者以外という条件はあるものの、それでも、それ以外の者には絶対に通用していた。それなのに、「manipulate」が機能しなかった。
五年間という決して短くない時を犠牲にして得た力。それが通用しなかったのだ。
マルクトにとって「manipulate」は唯一最初から使える技だった。
人に自分の魔力を注入することで、相手の身体を操作する。
マルクトにとってこの技は好きじゃなかった。
相手の身体を思い通りに動かすのは、マルクトの主義に反するため、どうにも好きになれなかった。
どうしても必要な時以外は使わない。
そう心に決めた。
だから、この《ルーン・操作》を研究した。
研究所に勤め、その力がどういうものかを研究し、使い方次第では多彩な効果が得られることを知った。
自分の身体に纏い、防御として用いることも、形状化して武器として扱うことも出来た。
そしてこの「manipulate」にも、込める魔力の量次第で相手を気絶させることだって可能なことも、水や風といった実体を持たないものでさえ操ることができることだって知れた。
それ以来、切り札として用いることも多くなった。
その「manipulate」が通用しない。
それはつまり、マルクトのルーンよりもディザイアのルーンが上位であることの証明ーー
「先生避けてっ!!」
いきなり耳に届いたエリスの声で、マルクトは我に帰り、迫ってくる氷の礫を回避する。
氷の礫が飛んできた方向には、両手をこちらに向けて伸ばすエリスの姿があった。
……危なかった。今エリスが声をかけてなかったら、直撃するところだった。
集中しろ俺! ここで彼女達を助けられるのは俺だけなんだ。こんなところで諦める訳にはいかないんだ。
まだ「manipulate」が通用しなかっただけだ。
他のは…………通用すると信じるしかない。
「…………おいレン。ここはもういい。どうやらこの人間は我々だけでなんとかなりそうだ。お前は銀髪の男を殺してこい」
ソラの姿をしたディザイアがレンに向かって言った言葉に、エリナの顔が青ざめていく。
(なんでお兄ちゃんを? まずいよ、お兄ちゃんは今、けがして全然動けないのに!)
しかし、兄の心配をするエリナをよそに、レンがディザイアに答える。
「……俺もいた方がいいんじゃないか? この男は強いぞ?」
「それくらいわかっておるさ。だが、あの銀髪は相当厄介な能力を持っておる。怪我で孤立し弱っている今、不意を突いて殺せ」
「わかった」
そう言ったレンは、ティガウロのもとに向かった。
目の前でなにかを二人で話したかと思うと、レンが何処かへと行ってしまった。
「……レンは何処へ行った?」
「人の心配とは案外余裕なのだな。安心せい。すぐに貴様と同じところへ送ってやるさ。地獄へとな」
「お前が一人で行ってろ」
マルクトがそう返すと、次の瞬間、二人の姿が消えた。
二十メートルはあったであろう二人の距離が一瞬で縮み、腕と腕が交差する。
互いに一撃をもらうが、よろめいたのはディザイアだけだった。少年の顔は狂喜に染まり、マルクトの顔にも、無意識に笑みが刻まれていた。
そして放たれる生徒達からの魔法による攻撃。それら全てをマルクトは、自分から少し離れた場所に張った結界で防ぐ。
個々に対して張ることにより、許容限界を引き起こさせない仕組みにした。
「ちっ、使えぬ雑魚どもよ。……だが、期待など最初からしておらぬ。……くくっ、ようやく使えそうな奴が来たわ」
ディザイアがそうぼやくと、マルクトは変な雰囲気を後ろに感じ、振り向いた。
(…………冗談だろ)
マルクトの視線の先、そこにいたのは、戦闘態勢になっているカトレアだった。