20話 キャンプ12
アリスから告白されたことは、マルクトの心に少なからず影響を与えていた。
彼女からの告白は驚いたが、結局俺には断ることしか出来なかった。彼女には、俺なんかよりも、いい人がきっといる。
それに、俺はいずれ、人が言う『悪人』になってしまうだろう。
神の遣いと謳われる大天使を殺そうと企んでいる俺が、彼女と付き合う訳にはいかなかった。
世界中の誰がなんと言おうとも、俺の決意は変わらない。
身勝手な理由だとわかっているからこそ、巻き込む訳にはいかなかった。
……そういえば、俺の中に誰かがいるから、俺は断ったと言っていたけど、いったい誰のことを指しているのだろうか?
俺は生まれてこのかた、彼女という存在を作ったことなんてない。
基本的に必要と感じなかったし、いなくても別にいいと思ってたしな。
………きっとアリスの勘違いだろう。
俺とアリスの二人は空間転移魔法でユリウス達の場所へと戻った。
◆ ◆ ◆
ユリウス達がいるところへと戻ったマルクトは、ユリウス達のところに戻ろうとして、服の裾をアリスに引っ張られた。
「今日のこと、皆さんには内緒でお願いしますね。それから、私のことを、これからは一人の女性として見てほしいです。先生からしたら、私はただの守るべき子どもなのかもしれませんが、いつか、先生に釣り合うくらいの女性になってみせます」
「………わかった。俺もお前のことは、これから一人の女性として見ることにしよう。ユリウスの妹としてではなく、一人の生徒としてではなく、アリス・ヴェル・マゼンタという一人の女性として、俺はアリスと接しよう。だが、俺は先生でもある。その分別はつけさせてもらうぞ」
「………はい。それで問題ありません。今日は付き合ってくれてありがとうございました」
アリスはそう言うと、一足先にユリウスの方へと走っていった。
アリスは、ユリウスの網カゴを覗きこみながら、何かを話している。ユリウスは、アリスの賛辞に少しだけ誇らしそうだった。
◆ ◆ ◆
(いったい何があったんだ?)
アリスの様子がいつもと違うのに、彼女の兄であるユリウスは気付いていた。
今は、ティガウロと話しているアリス。普段通りに振る舞おうとしているみたいだが、長年妹を見てきた兄にとって、彼女の様子がおかしいことくらい一目瞭然だった。
昼に行ったバーベキューの時は、何かを決意している様子を見せるだけで、おかしいということはなかった。
だが、今のアリスは、明らかに泣きたいのを我慢している顔だった。
そして、ユリウスには、それを知る術があった。
《ルーン・真実》相手の隠そうとしている事柄ですら読み取ることのできる能力、相手の真意を見極めることを可能とする能力、それが、ユリウスの意思に関係なく発動してしまった。
知らなくてもいいことを知った彼の内心はとても穏やかではなく、ただ、ある一人の男に対して怒るのみだった。
「マルクトっ!」
ユリウスは、目の前に現れた男の胸ぐらを掴んだ。
「……お前……よくもアリスを悲しませたな!」
その目から、声から、彼の全身から溢れる怒りという感情が全てマルクトに向けられる。
「………一つ聞かせろ。……アリスのどこが気に入らない?」
その言葉に、アリスの顔が真っ赤になる。
「……なんだお前? アリスに求婚する馬鹿がいたら真っ先に沈めるって言ってたじゃないか。……なら、何の問題もーー」
「それとこれとは、話が違うだろ! 俺は、確かにアリスを誰にも渡す気はない。……だが、束縛する気なんてさらさらない。あいつが真に望む相手と結婚したいって言うんだったら、応援するしかないだろ。………それで、アリスのどこが不満だったんだよ」
「男の俺からしてみれば、アリスは充分魅力的な女性だとおもうぞ。それでも、今の俺に彼女と交際することなんて出来ない。俺と一緒に居続ければ、それこそ、彼女が不幸になる。だから、俺じゃ駄目なんだよ」
「お止めくださいお兄様ーーっ‼️」
ユリウスがマルクトを一発殴ろうとした時だった。それを止めたのは、彼の妹であった。
アリスは、自分が召喚した人形でユリウスに向けて突撃させる。
殴ろうとしていたユリウスは、その攻撃を避けてはならないものと認識し、その攻撃を避けなかった。
しかし、普段から攻撃を受けるという動作に慣れていなかったこと、そして、その怒りの一撃が、ユリウスの予想以上に重かったことも相まって、結果、ユリウスは宙へ浮かんだ。
「危ないっ!」
声を上げたカトウは対岸にいるため、動けなかった。
近くにいたマルクトは怒り狂うユリウスに動揺してしまい、判断が遅れた。
このような結果を招いたアリスは、まさか受けるとは思っておらず、何も出来ずに動けなかった。
三人が見るしか出来ない状況で、ユリウスは重力に引きずられていく。
下には大きな岩があり、ぶつかればただではすまなかった。
誰もが、諦めるような状況において、たった一人だけ動ける者がいた。
ユリウスが落ちた瞬間、一人の男が呻き声を上げた。
それは、ユリウスのものではない。
ユリウスは、近くの川へと入れられた。しかし、代わりに、足を岩にぶつけ負傷した者がいた。
「……すまない、ティガウロ」
川に浮かびながら、ユリウスは蹲った者へお礼を告げた。