20話 キャンプ4
目の前に意識を失った怪鳥が無防備で眠っている。
白く綺麗な羽、鋭く尖った爪、頭にとさかの生えた鳥、大きくなければ、ペットにしたいと思ってしまうほど綺麗な鳥だった。
そんな感想を怪鳥に抱いていると、ユリウスが俺の隣にやって来た。
「おいマルクト、この化け物に見覚えはあるか?」
「う~ん、どっかで見たことある気がするんだが、こんなでかい化け物はあんまり見たことないな」
「……お前も知らないのか。となると……異常事態か?」
「…………そうかもしれないな」
カトレアの言っていた言葉から明らかにこれの正体を知っていると思うんだが、う~む、カトレアに問い質したいがこの状況で聞くのは不自然か?
いや、一つ良い手があったな。
「カトレア。こっちに来てくれ」
俺の呼び掛けに彼女は不満そうな顔を見せてきた。次の瞬間、彼女は俺から目を反らしベルを強く抱きしめた。
なに考えてんだあいつ?
彼女はベルと離れたくないためかすごく渋っている様子だったが、ベルに「呼ばれてるよカトレア」と言われたら、無視を決め込むことは出来なかった。
ベルに促されたカトレアは、恨みがましく俺を見てくる。
「彼女には慕われてないんだな?」
「あいつはベルのお付きだから、俺を敵視することはよくあるよ」
「……てことはあいつも?」
ユリウスは周りに聞かれないように声を潜めていたので、マルクトもそれに合わせる。
「まぁ、そういうことだが、そこまで心配しなくていい」
『一応、それらしい紹介をするから合わせてくれよ』
最後の言葉はカトレアが近付いてきたことで、ユリウスにのみ通信魔法で伝えられたものだった。
ユリウスは、マルクトの言葉に小さく頷いた。
「ユリウス、こいつはカトレアと言って普段はベルの世話係を中心にさせているんだが、実は魔物に結構詳しいんだ。カトレア、この鳥についてはなにか知ってるか?」
マルクトの紹介に合わせてお辞儀したカトレア。
マルクトの言葉に、目の前にいる同胞の情報を寄越せと言われていることを察した彼女は、喋っていい情報のみを伝えた。
「ええ。この鳥は、怪鳥コカトリスです」
「コカトリスっていうとあれか? あの緑色の羽毛に蛇みたいなしっぽの生えてるやつか? グルニカに行った時、そのコカトリスってやつらと戦ったが、こんな見た目のやつはいなかったぞ?」
こいつやりやがったよとでも言いたげな目でカトレアがこっちを見てくる。
「……そいつらって、自分たちのことを誉れ高きコカトリス軍団とかなんとか言ってませんでしたか?」
「あ~~~、なんかそんなことも言ってたような気がするな。……確か、下等な猿ごときが我々と視線を合わせるのもおこがましい。とか、貴様のような雑魚など白豪様が出る必要すらないわ。とか言ってきてたな。うざかったから、燃やして全身を黒く焦がした気がする」
話をしているうちに、カトレアが何故か頭を押さえてため息をつき始めた。
「なんだ? またやらかしたのか?」
「おいやめろ。そうやって全ての罪を俺に擦りつけるの! 仮にそうだった場合、俺を真っ先に殺しにくるだろ。ベルを狙うのはどう見てもおかしいだろ!」
「そうとも言い切れませんよ。本来コカトリスは森の奥地に生息しており、仲間意識が強いのが特徴的です。旦那様がおっしゃったのはこのバカ鳥の部下……失礼、仲間でしたから旦那様が狙いだったのはあり得るかもしれません」
ユリウスのやっぱりかって顔が無性に腹が立つ。
しかし、俺たち二人以外誰も聞いていないこの状況はチャンスだ。せっかくならしっかりと話を聞いておきたい。
「狙い云々は後で話すとして。……それで、なんでこいつは他のやつと違ってとさか以外全身真っ白なの? というか蛇のようなしっぽすらないじゃん」
「それはこのコカトリスは他の種と違う世にも珍しい亜種型ですからね。白く綺麗な毛並みは素晴らしく、その見た目から先代魔王様の家畜でした」
「家畜じゃないですよカトレアの姉さ~ん」
マルクトたちの後ろから、呻き声に似た、聞いたこともないような声が聞こえてきた。
その瞬間、カトレアが一瞬でその場から移動し、コカトリスの腹部を蹴り始めた。
何度も大きな悲鳴をあげるコカトリスを見て、彼女たちの関係がなんとなくわかってきたような気がする。
「目を覚ましてもらったところで悪いが、お嬢様を拐おうとは何様のつもりだ? 魔王様からいただいた名に泥を塗るつもりか?」
「マルクト……いいのか? 大声で魔王様とか言ってるが……」
「大丈夫大丈夫。カトレアが来た時から防音結界張ってあるから聞かれないぞ。俺はそんなことよりも、この鳥と普通に会話していることに驚いているんだが」
「そんなことって……まぁ対策してるならいいか。確かに会話? をしているな。確か、魔物って知能も低くて、喋らなかったよな」
「そこなんだよ。魔人とかいう存在には、喋る知性があったし俺たちみたいに会話も出来る。それこそ、勉強だって可能だ。だが基本的に魔物には、喋る知性がない。俺も前見たコカトリスは持ち帰って解剖しようと思っていたんだが、冗談半分でちょっと炙っただけで全滅しちまったからな。どうせなら、あの鳥飼いたいな~。それが駄目なら解剖したいな~」
興奮気味になっているマルクトを、正気か、とでも言いたげな視線で見るユリウス。
そんな二人のもとに、カトレアが「お待たせしました」と言って戻ってきた。
彼女の肩には一羽の白い鳥が止まっていた。