18話 嵐の前の静けさ4
(相変わらず世話のかかるお姉ちゃんだな~)
エリスの様子を見て、そんなことを考えていたエリナは、クレフィに聞いておきたいことがあったのを思い出した。
そのクレフィはというと、メグミが許可をもらってきた部屋にみんなを案内していた。
「なにしてんのエリナ? 早く行くわよ」
立ち直ったエリスに急かされて、エリナも急いで皆のもとに向かった。
クレフィの案内に従って入った部屋にはソファーとテーブルが設置されており、一般的な家具しかなかった。貴族の住む屋敷だからてっきり豪勢な部屋ばかりだと思って期待していたのだが、まったくそんなことはなく、少し期待を裏切られた感じがした。
しかし、そんな考えがすぐに吹っ飛んでしまうくらい、この屋敷は居心地が良かった。
それぞれがソファーに座って、メグミの持ってきたお菓子を食べながら談笑している。
そのタイミングでエリナはクレフィに聞いてみたいことを聞くことにした。
「クレフィ先輩、一つお聞きしたいことがあるのですが、今よろしいですか?」
話しかけられたクレフィは、持っていた紅茶をテーブルに置いてエリナの方に向き直った。
「大丈夫ですよエリナさん。そんなにかしこまらなくても、私に答えられることならなんでも答えますよ」
「その……私の兄が、最近マルクト先生のところから帰ってくる度に、疲れきった状態になっているんです」
エリナの言葉には、エリスも心当たりがあった。
毎晩毎晩帰ってくる度、ベッドに倒れこむ姿をエリナと共に見ていたのだ。
「本当は先生に聞こうと思っていたんですが、先生も疲れきったような表情でしたし……いったい何があったんですか?」
「エリナさんのお兄さんって確かティガウロさんでしたよね?」
その言葉にエリナは強くうなずく。
「ティガウロさんならこの一週間、魔法開発研究所でマルクト先生のお手伝いをやっていますよ」
「えっ!? お手伝いですか?」
「はい。皆さんは、サテライトというどこにいても相手の位置を知ることができる魔法具の存在をご存知ですか?」
「え~っと確か、とある地域にある粘土の特殊効果に、魔力を込めれば位置を教えてくれるものがあって、それを用いて、相手との意志疎通によく使われる通信魔法を、どこにいても、たとえ、相手の位置がわかっていなくても使えるようにした魔法具でしたよね?」
「その通りですエリナさん」
「そのサテライトとお兄ちゃんがどう関係しているのでしょう?」
「そのサテライトを旦那様が大量に必要だと言ったのです。しかし、量産体制に移るにはもう少し時間がかかるらしく、それなら自分で作れと開発者に挑発されて、苦肉の策でティガウロさんに協力してもらった次第です」
「あれ? ティガウロさんの能力を頼ったってことですよね? 確かティガウロさんの能力で造られたものって最長で一日しか形が維持できないと本人から伺っていたのですが……サテライトを造ってもすぐになくなっちゃうんじゃ?」
「違うよアリスちゃん。お兄ちゃんのルーンは、確かに何もない場所から造るという方法なら、お兄ちゃん自身の魔力を使うため、最長で一日しかもたないけど、あの能力にはもう一つすごい力があるんだよ」
アリスの抱いた疑問に答えたのはクレフィではなく、ティガウロの妹エリナだった。
彼女の言うとおり、ティガウロの《ルーン・創造》にはもう一つの能力があった。それは物質変形と、融合という二つの過程を用いた《完全創造》である。
この能力は、ティガウロが一度見たものであるならば、完全に再現でき、また聞いた情報をもとに、現存しないものを造ることも可能にしてしまう能力であった。
ただし、普段使う創造とは異なり、材料が必要になってしまう。
要するに材料と見本さえあればどんなものでも大抵造ることが可能という訳である。
魔力の消費も小さく、どんなものでも量産できるという特性、これがティガウロの切り札でもあった。
しかし、この能力の存在が明るみに出れば今のマルクトみたいに活用しようとしてくる者もでてくる可能性があるとユリウスは考え、この能力のことは他言無用となっていた。
そしてこれが、ユリウスのティガウロを仕事復帰させなかった理由であった。
壊れた城の修復において、ティガウロの力は必要不可欠なものと言ってもいいくらい、城の損傷が激しかった。
しかし、ユリウスは修復においてティガウロの力を使わないことを明言した。
今回の件においてティガウロがプランクという組織の壊滅で多大な成果を挙げたことが主な要因ではあるが、ティガウロの能力が世界に知れ渡るのを阻止する意図もあった。
そのため、ユリウスは、「彼に頼るほどこの国はおちぶれていない」と軍人達を叱咤したのである。
結果的に二ヶ月で作業が終わり、それまでは家で大人しくさせるようにというユリウスからの指令をどう解釈したのかわからないが、エリスタンのほぼ独断で軟禁されていた。
「……まぁ、それはよくわかったんだけどさ、それにしてもよくガウ兄が協力したよね」
エリスの疑問にアリスも、確かにと呟いていた。
「そこまでは私も存じ上げませんが、ティガウロさんは寧ろ自分から積極的に協力しておりましたね」
クレフィが最後に言った「自分から積極的に協力していた」という言葉が示しているように、もしも、ティガウロが本当に協力しているんだとしたら、アリスと双子姉妹の三人にとっては大事件だった。
なにせ王様からの命令でない限り、非協力的な姿勢を見せるのがティガウロだと三人は熟知していたからだ。
そんな彼が積極的に協力なんて明日は槍でも降ってくるんじゃないだろうかと心配になってくる。
てっきり嫌々協力させられたんだと思いこんでいた三人にとってその事実が衝撃的だったのはいうまでもないだろう。
三人が衝撃で固まって動けないのを見て、クレフィが時計を見ると休憩に設定していた十分間をとうに過ぎていた。
「さぁ、パーティーまであと四時間ですよ。皆さん頑張っていきましょう」
そうクレフィが仕切ってパーティー前の掃除は再開された。