18話 嵐の前の静けさ3
マルクトがやっと聞く姿勢を見せたことで、エリカはマルクトの肩を揺らすのをやめた。
「いや~助かるよマルクト先生!! 実はね、パーティーをする会場がとれなくて困ってたのよ~」
「パーティーって……もう七時間後じゃないですか!!」
エリカが軽そうな口調でそう言ったもんだから、マルクトも状況を理解するのに数秒費やしてしまった。
「えっ、どうするんですか? もしかして中止とかですか?」
「そんなの嫌だからこうしてマルクト先生に頼み込んでるんじゃない!! お願いなんとかしてちょうだい!!」
「と言われましても、こんな短時間で会場をとるなんて難しいですからね」
「それならこの屋敷ですれば良いのではないですか?」
そう言ってきたのは庭の方からほうきを持ったまま、マルクトたちのもとにやってきたリーナだった。
そう言ったあと、彼女はマルクトに向かって丁寧な所作で朝の挨拶をした。
「おはようございます旦那様」
「ああ、おはようリーナ。それよりなんで家になるんだ?」
「この屋敷であれば所有者は旦那様なので旦那様の許可さえあればここでパーティーを開くことが出来ます。そのうえ、この屋敷は人が数十人入っても余裕のある広さですから、その点も問題ありません。二階より上に行くことを禁じて、誰かを階段に立たせれば変なことにはなりません」
確かに彼女の言うことは最もだった。
時間的余裕がないこの状況で他の会場を探すのも、準備を終えることも不可能に近かった。その点この屋敷なら、会場を探す手間が省ける。
それにここなら俺が直接動かなくてもクリストファーがなんでもこなしてくれる。
彼女の意見は採用してもいいと思えた。だが、
「………それで本音は?」
「はい。パーティーの最中であればクリス様の美味しい料理をつまみ食いするチャンスですから、是非ともここでやってほしいです!!」
リーナは堂々とそう言い放った。
彼女が一切悪びれもせずにそんなことを言うもんだから、こちらも怒る気力がなくなってしまう。
だが案じたいは悪くないし、眠いし、これ以上起きていたくないのでその案を採用することにした。
◆ ◆ ◆
そんなわけで朝早くから稽古をつけてもらおうとやってきたアリスも巻き込まれて現在大掃除中である。
一番最初に掃除が行われた会場予定の大広間では、現在パーティー用の準備が行われている。
もちろん、クリストファーによる指揮が完璧だったために、ここまで順調にいっている。
裏ではエリスとエリナの母エリカとクリストファーが料理に取りかかっている。
「皆さ~ん、お疲れ様です。少し休憩なさってはいかがですか? 美味しいお茶菓子とお茶を持ってきましたよ?」
エリス達が再び掃除に取りかかろうとするとキッチンのある方から、メイド服姿のメグミがお茶とお茶菓子をトレイに持ちながらやってきた。
しかし、メグミの足取りはおぼつかない様子でふらふらしている。
「危ないっ!」
アリスがそう言った直後、メグミは足を絡めてこけそうになり、トレイを空中に放り投げてしまう。
しかし、躓いてしまったメグミを予想でもしていたかのようにクレフィは華麗に右腕で支え、お茶とお茶菓子もトレイごと左手で完璧にキャッチした。
その見事な手さばきを感心するように三人は拍手した。
「あの~、そんなことよりもどちらかを受け取ってもらえませんか?」
困った様子でクレフィがそう言うとエリナが慌てて彼女からトレイを受けとる。
「いつもいつもすいませんクレフィ先輩!」
クレフィに支えられていたメグミは、クレフィの方に頭を下げる。
「いい加減床にお茶をまくのを自重してくださいメグミさん。今回は私だから良かったですが、リーナさんやカトレアさんの前でそれやったらまた怒られますよ」
「……はい、すいません」
「それで? 怪我とかはありませんか? どこか痛めたりとか?」
クレフィが自分の心配をしてきたので、メグミは慌てた様子で、大丈夫であることを伝えた。
クレフィはそれを聞いて胸を撫で下ろす。
「いや~相変わらずクレフィ先輩はかっこいいね~」
「そうだね。動きも機敏で無駄がないし、今一瞬だけ展開した風魔法なんてソラ君の数倍凄かったね」
「うん。あんなに静かだったにも関わらず、あそこまで精密なコントロールを実現してるもんね」
エリスとエリナによるクレフィへの賛辞。
言葉にはしていないが、アリスも同じように彼女を尊敬していた。
上級生であり、学園でもトップクラスの実力を誇るクレフィという目の前にいる存在。力に溺れず、鍛練を怠らない彼女の姿勢は、マルクトの下で日々魔法を磨く少女たちにとって憧れであり、越えるべき目標である。
圧倒的な才能を誇り、なおかつ、磨き抜かれた技術、こと魔法において右に出る者はいないと言われている世界最強の魔法使いという称号を世界から与えられた自分たちの先生。
おそらく、今後何十年と血反吐を吐くような鍛練をしても、あの人を越えられる気がしない。
それがマルクトの下で魔法を学び始めた彼女たちの見解であった。
だからこそ、彼女たちは自分に自惚れたりなんかしない。
実力が備わってきているのは日々感じている。あんな化け物のような存在に魔法を教わっているのだから、弱いとは全然思っていなかったが、強いとも思わない。
何せ、彼女たちの周りには強い人が多すぎた。
「……私もいつか……あれぐらい強くなれたらいいのに……」
彼我の実力差にうちひしがれるエリスだったが、それをエリナは許さなかった。
「一緒に頑張ろうよお姉ちゃん!」
その言葉は、一種の激励であると同時に、諦めるなんて選択肢を強制的に消した。
エリナにそう言われれば姉として無理なんて絶対に言えない。
「もちろんよ! エリナにも負けないんだからね!」
いつか、先生の隣で戦うために、いつの日か先生に頼ってもらえるような存在になるため、これからもっと強くなる。
そんな志を胸に秘め、エリスは気合いを入れ直すのであった。