17話 魔法開発研究所6
「話を戻そう」
所長は、ため息を一つ吐くと話をきりだした。
「このサテライトはいったいどんな問題を抱えているんだ?」
その所長の言葉に、ミアが口をつぐんだ。
まるで父親に隠していた秘密がばれた子どものようにおどおどしている。
その話がどういう流れで言われたのかが分からなかったマリアを見かねてマルクトが耳打ちで教えてくれた。
マリアは少し顔を赤らめながらも、自分が放心状態だった時のことをなんとか理解できた。
なんでも、マルクトがこのサテライトを認めたことにより、サテライトを量産化する計画を所長がきりだしたそうだ。
しかし、それが不可能だと言い張ったのは開発者のミアだったのだそうだ。
「技術的に量産化は可能なのですが……その……」
「なんだ。はっきり言いたまえ」
見た目のせいもあって、その二人の姿は隠し事がばれた子どもに父親が追求している画にしか見えなかった。
「そこは私から説明させていただきます。実は、このサテライトに使われる材料の中で必要不可欠なものが入手困難なのです。これの生産地はとある沼でそこは、とある貴族の領地らしくて手が出せないのです」
要領を得ないミアに助け船を出したのは、アシュリーというもう一人の新人だった。
「その貴族に頼みこむことはできないのか?」
「……それが、その貴族は所在が不明で……しかし、領地は領地なので勝手に取るわけにはいかないのです」
「……なるほど。それは困ったな。………どうにかできんかマルクト君」
「どうですかね~貴族なんて自分の利を真っ先に考えるやつらがほとんどですから、難しいんじゃないですか? というか、そのはた迷惑な貴族って誰な訳?」
「はい。確かリパネスト家という貴族が納めている領地らしいです。領民からはほとんど税をとらないらしく、実際、領地の管理は住む者たちにほとんど任せているらしいのですが……どうしたのですか?」
アシュリーがリパネスト家の名前を出した瞬間、マルクトの顔が真っ青になった。
その豹変ぶりに他の者たちは不審がる。
「……れの領地かよ」
「えっ、なんか言った?」
その呟きは、一番近くにいたマリアでも聞き取れず、気になったマリアがマルクトに聞き返した。
「よりにもよって俺の領地かよーーーー!!」
いきなり叫びだしたマルクトに、聞いたマリアどころかその場にいた全員が驚いた。
「くそっ、なんで俺の領地なのに俺は調べなかったんだ!! アホすぎるだろ!! 最悪だ!! よりにもよってこんなちびっこに教えられるなんて!! 俺の人生汚点ランキングベストスリーに入るくらいの汚点だ!!」
理性が崩壊して、膝を床についたマルクトは、どんどんと床を悔しそうに叩いている。
その横では、「誰がちびっこだ」と怒りながら、げしげしと蹴っているミアがいたが、それにすら気付いていないほど、落ち込んでいるらしい。
(……あぁ、これまだ治ってなかったんだ)
昔からユリウスさんに初めて負けた時や、カトウ君に騙された時はよくこんな感じになっていたのを思いだした。
成人してからは大人しくなったと思っていたのに、人間そう簡単には変わらないということだろうか。
(まぁ、今更こういうの見せられたって……平気だし、問題ないし、マルクト君大好きだし!! こんなんで私の愛は揺るがないし!!)
そう自分に暗示をかけるマリア。しかし、彼女とは違いマルクトのこんな状態を許せない者がこの場に一人いた。
「……マルクト君」
殺気だった低い声で、喚いているマルクトの名前を呼んだのは、穏やかな表情のメアリーだった。
マルクトはその声を聞いた瞬間、恐怖で我を取り戻したが、メアリーの怒りはおさまらなかった。
「……正座」
マルクトは有無も言わせてもらえないのを知っているため、その言葉に素直に従う。
……何故か怒られていない筈の所長まで正座していた。
それからマルクトは、魔法開発研究所の研究者としての心得をたっぷり聞かされた。
◆ ◆ ◆
「それからさ~、一時間もメアリーさんに説教されたんだぜ~」
「……そうですか。でも自業自得でしょ? 実際うるさかった訳ですし、説教されても仕方ないですよ」
「酷いな~ティガウロは、俺だって今自分の無能さにうちひしがれてるんだから、もうちょっと優しい言葉の一つくらいかけてくれたっていいじゃないか」
「………じゃあ言わせてもらいますけどね~。あなたの愚痴を僕はいったい何回聞けばいいんですか!! もう夜中の三時ですよ。人が店の手伝いに行ってる間、護衛の二人を酔い潰しといてよくそんなこと言えますよね。仕事終わりに帰ってきてから二時間も酔っぱらいの愚痴を聞かされるこちらの身にもなってくださいよ!!」
ティガウロの言うとおり、時計の短針は三の文字をさしていた。
窓から入ってくる月の光が、酔いつぶれて床で眠っているコウとピピリカを照らす。顔を真っ赤にさせて酔いつぶれるまで飲んだようだ。
貴族としての地位が高いマルクトの頼みを無下にはできず渋々酌に付き合うはめになった部下達を見ながらティガウロはため息をついた。ちなみに声をかけると抱きついてくるので床に放置しているところだった。
◆ ◆ ◆
あの後、現地にアリュリーが率いる調査団を先行させることになった。そのうえで調査が終わった後、正式に俺のもとに許可を取りに来るらしい。
そんな訳で、快く承諾してくれた二人を俺の部屋に連れてきて酒に付き合わせていたのだった。それから一時になって『Gemini』の手伝いに研究所から直行したらしく、最初はこの惨状に愕然としていた。
ティガウロは説教が始まるまで、ずっと所長室の前にある廊下で待機していたらしい。
予想よりも時間がかかったことでコウと交代して、店に向かったと後でコウから聞いた。一応、声をかけようとしたらしいのだが、話しかけられる雰囲気ではなかったようだ。
「それで、一応聞いておきますが、リパネスト家って言ってましたけど、リーパーじゃなかったんですか?」
「あ~、そりゃどっちも元々の名前じゃないからね。ユリウスの親父さんから与えられた名前が、リパネストっていう名前でそれをユリウスが貴族として名乗るのが嫌ならリーパーと伸ばして使えばいいんじゃねって言ってこういうかたちになった」
マルクトは、持っている酒瓶を空にしてから、空瓶をぞんざいに置いた。
まだ飲むのかと呆れながらもティガウロはマルクトの話に聞き入る。
「という感じで貴族としては『リパネスト』、普通の生活では『リーパー』という感じで使いわけてるんだよ」
「なるほど。道理てマルクトさんが貴族だってことをほとんどの人が知らなかった訳ですね」
「まぁ隠してるのもあるけどね」
「それだけ分かれば充分ですね。それから、そのサテライトって魔法具、自分も買えるんでしょうか?」
「さぁ? まだ公表どころか、粘土の量もわからないんだから、俺が知る訳ないだろ」
「……そうですか。それじゃあ僕はこの辺で失礼させてもらいます」
「もう帰るのか?」
「そこで潰れた二人を彼らの自室に連れて帰らないと」
「大変だな~副隊長ってやつも」
「……じゃあ仕事を増やさないでくださいよ」
ティガウロはピピリカを背負い、コウを引きずりながら、空いている左手で扉を開く。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
部屋からティガウロが退室した後、一人残されたマルクトも床に就くため部屋を移動して眠りについた。
◆ ◆ ◆
この日、マルクトは夢を見た。
夢の中には、もう二度と会えないと思っていたシズカの姿があった。
マルクトは彼女の元に行こうと決意した時に、自分が岸辺に立っていることに気付いた。
「やめて! こっちに来ないで!」
マルクトはそれでも構わず足を動かそうとするが、マルクトが近付くのを止めたのは他ならぬシズカだった。
目の前に立っているシズカも岸辺に立っており、その間には何もなかった。
マルクトは夢の中だとわかっていながらも、それが生と死の狭間という事実を受け入れた。
空いた距離はどうしても縮まることがなかった。
何故このタイミングで、シズカが現れたのかがどうしてもわからなかったが、ただ一言彼女に謝りたかった。
彼女が魔王討伐に同行すると言ってきた時にもっと強く止めていられたら彼女は自分の傍を離れなかったかもしれないと思うと、後悔だけが募っていく。
結局、喧嘩をするように別れて、最後に言い放った言葉は、「お前なんかもう俺の弟子じゃない。もう勝手に魔王討伐でもなんでも好きにすればいい」だった。
突き放すように言った言葉。彼女を失ったあの日から、その言葉が脳裏を過る度、自責の念で押し潰されそうになる。
もう取り返しがつかないと分かっている。
でも、あの時間が戻ってくるんだとしたら、……いや、彼女に謝れる時が来たならばどうしても伝えたかった言葉があった。
……だから、一言彼女に伝えよう。
そう決意し、その言葉を伝えようとした時、声が出ないことに気付いた。
その事態に気付いた瞬間、自分の足下が徐々に消え始めた。
慌てて言葉を紡ごうとするが、その行為は何の実も結ばなかった。
しかし、目の前に存在しているシズカは、それを受け入れている様子だった。
なんとか一言だけでも、彼女に伝えようとするが、それは許されはしなかった。
「気を付けて、あとベルちゃんをよろしくね」
シズカは、落ち着き払った様子で、何の後悔もなさそうな笑顔をこちらに向けてくる。
その瞬間、視界が霞んでいって目の前にいたはずのシズカが見えなくなっていく。
(やめろ! 俺の前からいなくならないでくれ! せめて一言だけでも、シズカに謝らせてくれ!!)
しかし、マルクトの懇願は、叶えられることはなかった。
再びマルクトの視界が明るくなった時、そこはいつもと変わらない自室の天井だった。
ここで4章は終了します。次回から5章入ります。