17話 魔法開発研究所5
あの時ほど周りが見えなくなってしまったのは、いつぶりだったかな。
私だって最初からこんな熱心に彼を思っていた訳じゃない。それこそ、昔の彼は今に比べれば幼すぎた。
当時のマルクト君は、その圧倒的とも呼べる実力とは裏腹に常識を知らなさすぎた。最初の方は他国から来たということで別に気にしてはいなかった。だが、周りの人が接しようとしても仲良くなろうとすることはなかったし、むしろ逃げ出す始末だった。
その結果、一年次のマルクト君は周りとはうまくいっていなかった。
彼の行動をクラスメイトは良く思っていなかったし、それは当時の私も例外ではなかった。
魔法に関しては素晴らしい力を持っているにもかかわらず、その知識を独占する自己中心的な男、これが学年全体の共通認識となっていた。
今思えば、何故そんな認識をしていたのかがあほらしく思える。魔法の技術や知識を他人に教える義理なんてあるわけないし、それこそ人の勝手だ。
だが、高等部に入学したての子どもがそんなことを考えることなんてなく、結局彼と接する人間は卒業するまで極わずかだった。
そんな当時の彼と唯一仲良くしていたのはカトウ君だけだった。
当時のカトウ君は言葉がうまく喋れていなかった。世界のどこでも話される共通語、国によっては多少の訛りはあるものの、ある程度は通じあえるのが世界共通語のよきところだ。
それをうまく喋れないカトウ君も、マルクト君と同じようにはぶられていた。
私がマルクト君を気にするようになったのは、とある事件がきっかけだった。
ある日、世界共通語をうまく話せないカトウ君をユリウス君の取り巻きが嘲笑ったことで、マルクト君がぶちぎれて半殺しにしたことがことの発端だった。
その男は早口で、カトウ君に対して罵詈雑言を浴びせた。早口を聞き取れないカトウ君にとって意味は通じなくても、雰囲気でわかったらしく、悔しそうな顔になっていた。
カトウ君の我慢が限界に達した時、その瞬間、マルクト君がおもいっきりそいつを殴ったのだ。
事件はユリウスさんが王子として国を出ていた時に起こった。
貴族という立場であり、ユリウスさんの友人でもあったそいつと、ただのクラスメイトという関係でしかなかったマルクト君、ユリウスさんにとっては、友人の「自分は何もしていないのに、一方的にぼこられた」という偽りの話を疑いもしなかったのだろう。
結果、ユリウスさんが仇討ちと称してマルクト君に決闘を挑んだ。
魔導剣士としても名高いユリウスさんがマルクト君とぶつかり合った時は、すごい試合になった。
お互い一歩もひかない闘いに見入られた観衆、しかし、それはマルクト君が手加減していたからこそ起きた現象だった。
魔法をまったく使わないマルクト君と全力のユリウス君、それなのに、最初に膝をついたのはユリウス君だった。
あの時、マルクト君はユリウスさんにこう言った。
「この十年、俺とお前じゃ過ごしてきた時間が違いすぎる」
それが、ユリウスさんが初めて同年代からつけられた黒星だった。
その鬼神のごとき強さからマルクト君はいつの間にか『蒼い鬼神』と呼ばれるようになっていた。
普段は、優しく友人思いの彼が、闘いの時にだけ見せるその勇姿がとても魅力的に思えた。
しかし、一世一代の告白は失敗に終わった。
「年上は恋愛対象として見ない」というそんな理由だった。
たった数ヶ月しか違わないのにとその時は思っていたが、彼はほとんどの年上相手には心を開いていなかった。
普通に接することは出来ても、あまり深く関わらなかった。
だから、周りとの関係も良好とは言い難いものだったのだと、その時初めて気付けた。
理由をマルクト君に聞いたのは失敗だったかもしれない。
理由を聞けば、後には戻れない気がした。何の根拠もないが、ただそんな気がした。
それでも気になって理由を尋ねてみた。
マルクト君はあっさり教えてくれた。
過去に何があったのかを……。
◆ ◆ ◆
「……リア、聞いてるのかマリア?」
自分を呼ぶ声でマリアは現実に引き戻された。
目の前には、自分を心配そうな表情でのぞきこんでいるマルクトがおり、「大丈夫か?」と尋ねてくる。
急いで笑顔を作り大丈夫だと答えると、彼はその言葉を不審に思ったのか、引き下がる様子はなかった。
「本当か? ……もし具合が悪いんだったら早めに帰って休んだ方が……」
「も~、しつこいよマルクト君。そんなんじゃ女の子から嫌われちゃうよ~」
ついいつものように言ってしまったことを、マリアは言った直後に後悔した。この場に他の所員がいることを失念していたからだ。
「うふふ、そうよね~。しつこすぎる男は嫌われちゃうわよね~。ねぇ、ミアちゃん」
「確かにしつこすぎる男はうざいと思う」
しかし、それは咎められるどころか、逆にメアリーやミアが追い討ちをかけるかたちとなり、マルクトを追撃する。
「……なんで、心配したら人格非難されてんだろ俺」
「人生そんなもんだよマルクト主任」
ため息をついて肩を落としているマルクトに、そう言って慰めたのは、元凶のマリアだった。
「こうなったのは誰が上の空だったからかな~?」
マルクトは彼女をジト目で見ていたが、彼女はあははと苦笑いをしながら目を反らしてきた。