17話 魔法開発研究所3
自宅にある自分の部屋に転移したマルクトは、通信機能がついている白衣を脱いで適当なところに置いた。
彼女からの通信を椅子に座りながら待とうとしていたマルクトだったが、マリアから通信魔法による通信が届くまでの間に、クリストファーを呼んで一つ頼みごとをした。
最初は、マルクトの指示に少し意外そうな顔を見せたクリストファーだったが、マルクトが要件について詳しく説明すると、その指示に従う姿勢を見せた。
「では私めは、旦那様の指示ですぐに対応できるように準備しておきます」
いつもはクリストファーを信用してほとんどのことを任せられていたが、その件が結構重要だったために、少し心配になった。
「疑ってる訳じゃないがお前たちだけで大丈夫か?」
「ご安心ください。こちらには交渉のプロであるリーナがおります。彼女との交渉に首を最後まで横に振った者はおりません。旦那様も含めて」
「……それもそうだな。ならお前たちに任せるから、いい報告を期待してる」
「承知いたしました」
クリストファーが部屋から退出していった直後、マリアから通信魔法による通信が来た。
どうやらこの魔法具はちゃんと機能しているようだ。
椅子に腰かけていた俺は、マリアからの通信魔法に応答する。
『もしも~し!! 聞こえてますか~?』
通信に出てみた瞬間、鼓膜を破られるかと思ってしまう程の大声がマリアの声で聞こえてきた。
通信魔法は、直接耳から聞こえてくるのではなく、脳に送られるため、耳をふさいでも意味無いのだが、それでもついつい耳をふさいでしまう程の大声だった。おそらく、本人も大声で発しているからこその現象だと思われた。
まぁ、慣れてないとついつい声に出してしまうのは仕方ないと思うが、大声は勘弁してほしかった。
『……ああ、聞こえてるぞ。そんな大声でやらなくても大丈夫だから。ちゃんと聞こえてるから』
『あ……あはは、ごめんね。自分から通信魔法使ったのって初めてだったから、よくわかってなかったんだよね』
その声はいつもと同じくらいの大きさに戻っていた。
本来、通信魔法では、声を出して連絡をとる方法と声を出さずに行う方法がある。
基本的に使われるのは声を出さない方で、近くにいる味方と密かに話すのが通信魔法の主な使い道だ。
そのため、マルクトもそちらを使っていたのだが、そちらを使っている時に大きい声を出されると、とてつもなくうるさい。
声を出しての方ならまだ許容は出来る。
ちなみにどれくらいうるさいのかと言うと耳打ちして近付いてきた人が急に大声を出したくらいのうるささだ。
普段の通信機能がついた白衣と同様に行うと相手に負担をかけるから気をつける必要がある。
『まぁ、マリアは闇属性を持っていないし仕方ないか。そんなことよりも、どうやらこの魔法具はちゃんと機能しているみたいだな』
『うんうん。それは良かった。ところで今どこいるの?』
『……今?』
……ああ、そっか。普段は居場所を知られているからこそ、通信魔法が使えていたせいで気にはしていなかったが、この魔法具は相手の位置がわからなくても通信魔法が発動できるんだったな。……ということはこの魔法具ってあれにも応用出来るのか?
マルクトが椅子に腰深く座って考えている間、ずっと「大丈夫~?」とか「聞こえてる~?」などの言葉がマリアの声で聞こえてくる。
『ああ、悪い悪い。今ちょっと考え事をしていたんだ。今いるところは自宅だよ。ところでマリア、サテライトはそこにもあるのか?』
『あるけど……あ~なるほどね。これ発動させればいいんだよね?』
『相変わらず人の言おうとすることよく読めるな~。そういうところは素直にすごいと思うぞ』
『いやだな~。私がわかるのはマルクト君だけだよ~。マルクト君の考えだけはなんでもお見通しだよ~』
マルクトの賛辞に少しおどけた様子で答えたマリア、その彼女の言葉にマルクトは『へいへい』と適当な返事で答えるだけだった。
その反応にマリアは不服そうな声をもらす。
『なんか冷たくない? そこはもうちょっと照れながら、じょっ冗談はやめてくれよ、みたいにうろたえてくれた方が面白いんだけどな~』
『いやもうこのやり取り何度目だよ。ていうか、メアリーさん待たせてるんだからはやくしてくれないか?』
『はぁ~、昔はあんなにからかいがいのあるいい子だったのにな~』
『うるさいな~、早くしろよ』
『はいはいわかったわよ。ちょっと待っててね』
マリアがそう言ったあと、通信は切れた。
◆ ◆ ◆
(ったく~。相変わらずつれないんだから~)
魔法開発研究所の所長室にいるマリアは、肩の力が急激に抜けるのを感じた。どうやら、柄にもなく緊張していたようだ。
「そりゃ~、緊張くらいするわよね~。なんてったって、初めての通信だったんでしょう?」
そんなことをニヤニヤしながらメアリーが言ってくるのをマリアは苦笑いで受け止める。
基本的にメアリーを慕っているマリアだったが、このなんでもお見通しっていうような表情は正直苦手だった。
(まるで、なんでも見透かしているんじゃないかって思っちゃうのよね)
実際、メアリーが言った言葉は的を得ていた。
マリアはこれまで、マルクトと顔を合わせてしか話したことがない。闇属性を持っていなかったことも関係しているが、単純に、いざやろうと言う時に躊躇してしまうのだ。
連絡事項や、文書の受け渡しに関しては、家を知ってるから直接会ったり、家に送れば問題無かった。
実際、通信魔法を発動させるまでの九分間だって、彼女自身は気付いていないがものすごくてんぱっていた。
それでも最終的にメアリーから背中を押され、通信魔法を発動したのだった。
マリアは、マルクトの言ったとおり(実際には言ってないが)サテライトを起動させた。
魔力を込めたサテライトを、マリアは床に置いて距離を取った。
そのあまりにも不可解な行動に疑問を抱く新人の二人。しかし、主任であり、マルクトの教育係を担当していたメアリーも、一応魔法開発研究所の所長という肩書きを持つ彼も、その理由に想像がついた。
次の瞬間、サテライトが急激に光を放った。
その光にその場にいた五人は腕を前に出すことで光から目を守った。
「……どうやら成功したみたいだね」
サテライトが置かれてあった場所から現れたのは、白衣を靡かせたマルクトだった。