17話 魔法開発研究所2
マルクトと同じように白衣を着ている彼女は、ペロペロキャンディーなるものをなめていた。
見た目がベルと同じくらい幼く見えてしまう程の少女、というか幼女と判断してもおかしくない人物がそこにはいた。
白群色の短い髪にニット帽を被った少女。
彼女は白衣の裾とか袖が体にあってないせいで、ただの年相応の少女が遊びに来ただけにしか見えなかった。
(あ~~なるほど。そこの新人が連れてきた娘か。このぐらいの年の子って結構我が儘だからお互い苦労するよな)
と半ば少女の横に立つ女性に同情しながらマルクトは少女のもとに近付いて声をかける。
「やぁお嬢ちゃん、今日はお母さんの付き添いで来たのかな?」
マルクトがそう言った瞬間、強烈なストレートパンチがマルクトの鳩尾にきまった。
防御体勢を完全に放棄していた俺は、少女とは思えないほど鋭く洗練された一撃に、膝をついた。
完全に油断しきっていた俺は悶絶しながら床を転がる。
なにこの子!? 超痛い!!
「あたしはミア。れっきとした二十八歳、一応ここの新人だけど、あんたよりも年上なんだからね!!」
しかし、ミアの言葉にマルクトは痛みのせいで反応を返せなかった。
(二十八!? こんな小さいくせに俺より年上なのかよ!? というかそんなことよりも、このちびっこ!! 手にナックルダスター装着してやがった!! サイズの合わない白衣はこのためか!!)
腹部の痛みに悶絶しているマルクトと、そんな彼を心配そうに駆け寄って、治療のために回復魔法をかけているマリア。
そんな二人を横目で見ながら、穏やかな口調と笑みで怒り狂っているミアをメアリーがたしなめる。
「うふふ、ミアちゃん。落ち着きなさい。マルクト君はあなたの上司なんだから、そうやって怒りに任せて殴っちゃだめよ」
「だってだって~、あたしのことをアシュリーの娘だって言ったんだよ!!」
「私は娘のように思ってますがね」
マルクトを蔑むような目でずっと見続けていたアシュリーと呼ばれた女性はミアの言葉に間髪入れずに答えた。
その言葉にミアは驚いたような声をあげる。
「ちょっ、ちょっと待って!! あたしアシュリーよりも年上なんだけど!!」
「いいですかミア。確かに私はあなたのことをいち研究者として尊敬していますが、あなたを大人として見たことなど一度もありませんわ!!」
アシュリーはぷりぷりと怒っているミアに、毅然とした態度で言い切った。
さすがのミアもその言葉には唖然となっている。
その後も口論を始める二人だったが、最終的にミアが言い負けて泣き始めたことで、アシュリーが慌てふためき、メアリーは頭を押さえながらそれを見ており、マリアは回復阻害の術式に悩まされてマルクトを上手く回復できず、マルクトはというと、回復阻害の影響で回復魔法を使われる度に、先程のストレートパンチを受けたかのような激痛にみまわれ悶絶している。
マルクトたちがじゃれつき始めてから、未だに動いていない研究所所長は、
(早く話を進めさせてくれないと、仕事が……)
と内心では結構焦っているのでした。
◆ ◆ ◆
「はい。では改めて今回、二人の主任に来ていただいたのは、このミア博士の研究成果を披露するためです」
ホワイトボードの前で、棒を持って立つマリア。彼女は眼鏡のレンズ越しに、この場にいる五人を見た。
全員が設置された座り心地の良さそうなソファーに座っており、注目されているのがわかる。
ミアだけは子どものように拗ねており、未だにマルクトから目を反らしている。
そんな姿に少し癒されながらも、続けろと目で訴えてくる所長の指示に従い、続きの言葉を紡ぐ。
「とは言ったものの、この研究成果に関してはメアリーさんはもう既にご存知なので、マルクトさんの意見を聞くためにこの場を設けさせていただいた次第です」
そのマルクトはというと、所長から渡された書類に目を通していた。
『サテライト』
この魔法具は、相手の位置を特定するのに役立つ道具である。
偶然発見された粘土が特殊な効果を持った素材であることが判明。
持ち歩くことで通信魔法において相手の居場所を探るという難度の高い魔法を使用する必要がなくなるという効果を持つ。
要約すると、こういう内容だった。
その粘土を発見したのは、名も知らないような人物だったが、それに逸早く目をつけたのがどうやらミアたちだったようだ。
誰にも知られないように、長年研究を続けて、ようやく完成させたのが、このサテライトと呼ばれる小さな球形の魔法具らしい。
「なぁ、実際に試してみたいんだが大丈夫か?」
その言葉にミアがムスッとしながらもしょうがないといった様子で許可してくれた。
俺は、マリアに数分くらいしたら連絡を入れるよう頼んでから、自宅の自室に転移魔法で移動した。