16話 王様からの指令3
これはティガウロがピピリカと別れた直後のこと。
「ユリウス様、マゼンタ王国近衛騎士部隊、副隊長ティガウロ様がお見えになりました」
「入れていいぞ」
その声を聞いた瞬間、ティガウロの前に立っていた使用人の女性がティガウロに道を開ける。
ティガウロは「失礼します」と言ってから、閉ざされていた扉を開けた。
「久しぶりだな、ティガウロ」
中に入ったティガウロの目の前で、この国の国王を務めているユリウス・ヴェル・マゼンタが、ソファーに座りながら、紅茶を飲んでいた。
その隣には、純白のドレスを着こなしている女性が立っていた。
「お久しぶりですねティガウロ君、元気にしていましたか?」
漆黒のような黒く長い髪と、黒い瞳をした白い肌の女性はティガウロに向かって挨拶をしてくる。
ティガウロはその二人に対してかしずき、丁寧な仕草で挨拶をした。
「お久しぶりですユリウス様、カナデ様」
この女性が、現王妃という立場にある佐藤奏という異世界人である。自国になかった文化を積極的に学ぶカトウと違って、ニホンという自国の良い文化をこの国に広めている第一人者である。
特に料理などの文化は自らが先頭に立っているほどだ。
かしずいたティガウロに立つよう促したユリウス、彼は使用人を呼んで「例のお茶を持ってくるように」と言ってからソファーに深く座り直した。
「そんなところに立ってないで、ティガウロもカナデも座ってくれ。ここからは少し話が長くなるかもしれないしな」
ユリウスに勧められるがまま、ティガウロとカナデはソファーに座った。
ティガウロの前にも、部屋に入ってきた使用人は紅茶を置いていった。
高そうなティーカップに紅茶を注ぐ王妃の姿を見て、変わるべきだと思って、言い出そうとしたのだが、邪魔したら殺すオーラ全開でそれは阻止された。
前に置かれた紅茶の入ったティーカップ、落としてひびを入れでもしたら、とんでもないことになりそうだなと思った。
ユリウス王が行っているお茶の説明がまったく耳に入ってこないほど。
とりあえず高級な茶葉ということなのはなんとなくわかった。
飲むのを躊躇いそうになるが、目の前でニコニコしながらこちらを見続けているユリウスに見られれば、飲まないなんて選択肢はない。
まずは紅茶を一口飲んでみる。まったくよくわからない。普段飲まされている紅茶と違いがまったく分からなかった。
「どうだ? うまいだろ?」
(えっ!? 感想聞かれるのかよ!? ……やばい。ここで変なことを答えると気まぐれで有名なこの王様に何されるかわかったもんじゃない! ……まずい。最高の解答、または無難な解答を……?)
そこでティガウロはあることに気が付いた。
(今までは感想を聞かれることもなかった……というか)
ティガウロはもう一杯紅茶を飲んでみる。先程とは違って別の視点でよく味わって飲んでみる。
「……一つ聞いてもいいですか?」
「なんでもいいぞ」
「これ、本当に高級茶葉なんですか? ……市販の紅茶とあまり変わらないような」
ティガウロがそう答えた瞬間、カナデが悔しそうに舌打ちした。
「まさかわかるとは思ってなかったな~。なんで分かったんだ?」
感心した様子のユリウスが興味深そうに聞いてきた。
「いや、なんとなくなんですが、妹がついでくれる紅茶の味によく似ていたので」
「ほ~、それはエリナちゃんに感謝しないとな~」
「……エリスです」
「……えっ?」
「……エリスなんです。紅茶をついでる方の妹は」
信じられないとでも言いたそうな顔で固まるユリウス。
「……エリスちゃんが? 注ぐの紅茶を?」
「……あいつ意外と才能の塊みたいです」
「……まじか」
その後、二人を謎の沈黙が包み込んだ。
「あ~~~~もう、なんで分かっちゃうかな~~」
沈黙が支配する空間で急にそんな声を出しながら、項垂れたカナデ。彼女はソファーに深く腰を埋めた。
「あと少しだったんだけどな~」
「……何がでしょうか?」
「ティガウロ君が答え当てちゃったから、私一時レストラン行けなくなっちゃったじゃない」
不満そうに言ったカナデを不思議に思っていると、ユリウスが飲みかけの紅茶が入ったティーカップをテーブルの上に置いた。
「……実は一つ問題が起きた。シーガルの遺体が未だに見つかっていないんだ」
「!?」
ユリウスが理由を教えてくれたが、その内容はあの場にいたティガウロには信じられないようなものだった。
前回の事件で襲撃者として攻めてきたプランク。その頂点に君臨する男の名がシーガル・マルキュディスだった。
しかし、彼はマルクトとの戦いにおいてユリウスに変身することでマルクトの怒りをかってしまい、危険と判断された結果、確実に葬りさった。そう聞いていたのだ。
「シーガルは我々からすれば、どんな姿でどうやって襲ってくるかわからない相手だ。そして生きているなら間違いなく報復にくるだろう。我々は最善の警備体制をしかなくてはならない。そのため、カナデにも城から出ないで欲しいと頼んだんだ……だが」
ユリウスは疲れきった表情になり、カナデの方を見た。
「私の料理を楽しみにしてくださっているお客様のためにも、私は仕事しなくちゃいけないの!!」
カナデが机を叩いた勢いで高そうなティーセットが揺れて危うくこぼれそうになる。
「こんな感じでなかなか言うことを聞いてくれなかったんだ。……そこで一つ勝負をしたという訳だ。俺が選んだ選りすぐりの十人に自慢の腕で安物素材を使って絶賛させてみろってな。それでもし安物だってばれたら、言うことを聞くって条件付きで」
「それでティガウロ君がその最後の一人だったって訳よ」
それを何故自分に頼んだのかを小一時間程問いただしたかったが、今重要なことはそこではないとティガウロは、ユリウスの方を向く。
「ユリウス様とカナデ様の賭けに自分が巻き込まれたのは分かりました。ですが、このためだけに呼んだ訳じゃないですよね?」
ユリウスはその言葉に頷いて真剣な表情になった。
「お前にやってもらいたい任務がある」