16話 王様からの指令1
八月一日、午前九時半、マゼンタ王国の騎士だけが着れる制服を着こなしたティガウロは城内の廊下を歩いていた。
あの王城襲撃事件から二ヶ月の時が経ち、ティガウロは長期休暇という名の拷問から解放された。
なぜそんな風にティガウロが捉えたのかというと、長期休暇の間、ユリウスから与えられた命令が、城に近付くなというものだったからだ。
そのうえ、名目上父であるエリスタンの許可が得られぬ限り外出すら許されなかったのである。
一年前みたいにユリウス王から剣術の稽古をつけてもらおうと考えていたティガウロにしてみればそんなのは拷問でしかなかった。
しかも、父からの許可はまったく降りないため、ティガウロは二ヶ月間家の中に閉じ込められていたのだ。
元々一ヶ月だった筈の休暇は聖騎士長である父から、更に一ヶ月延期だと言われ延び、やることなんて家の手伝いかエリスをからかうことだけだった。
さすがのティガウロも父に文句を言ったがユリウス王からの命令だと言われれば文句は言えなくなる。……まあ、多少暴れたが……。
城の修復でも何でも手伝うと王様に伝えて欲しいと言ったが、何故か王様から許可はおりなかった。
理由は復帰後にユリウス王から直接聞いてくれと言われて現在に至る。
結局ティガウロは、ユリウスにもアリスにもこの二ヶ月間一度も会っていなかった。
そんなこんなでふてくされていたティガウロに父を通してやっと復帰の許可が降りたのだった。
そして今は、ユリウス王に話がしたいから十時に俺の自室に来てくれと言われて向かっている最中だった。
一応、父を仲介して書状が届けられたためユリウス王とは直接会ってはいない。
今は家でやることもなかったので、早めに来て二ヶ月前の襲撃事件で荒らされた城内がどうなったのかを見て回っていたのだ。
しかし、それらしい損傷はどこにも見受けられず、むしろ前より真新しくなったように見える。
どうやら、ティガウロが二ヶ月間家に閉じ込められている間に復旧は終わったようだ。
「ティガウロ先輩じゃないですか! お久しぶりです。元気でしたか?」
面会までの時間をどう過ごそうかと迷っていたティガウロに後ろから声がかけられた。
振りかえってみれば予想通りの人物がこちらの方に駆け寄ってきていた。
「久しぶりピピリカ、相変わらず元気そうだね。じゃっ」
「ええっ!? それだけ!? 一年ぶりの再開なのにそれだけ!? 酷いですよせんぱ~い」
ティガウロと同じような騎士の制服を着たピピリカは不満そうな顔でティガウロを見ながら、構わずにスタスタと歩きだすティガウロのもとまで走って追い付き、彼の隣に並んで歩き始めた。
彼女はピピリカといってティガウロより一つ年下で藍色の長い髪が特徴的な女性だ。
その明るい性格と可愛らしい見た目から騎士団内でトップの人気を持つ彼女だったが、なぜか告白してきた男性たちを断っており、いつの間にか王国騎士の間でアイドル的存在になっていた。
そんなピピリカは、二年前からこうしてティガウロに引っ付いていた。おそらく、入団してきた彼女に一年くらい手解きをしたのが自分だったのが、なついている原因だとティガウロは思っている。
彼女は支援系の魔法を得意としていたため、剣術の方はからきしだった。
周りからも向いていないと言われ続けても剣術を熱心に頑張る彼女の姿を見て、ティガウロは彼女に剣を教えることにしたのだった。
それからというものなぜか付きまとわれることになった。実害はこれといってないのでティガウロも好きにさせてはいる。
この一年間は例の任務を受けていたので、彼女とも実に一年ぶりの再会だった。
「先輩って、この一年間どんな任務を受けていたんですか?」
廊下を歩くティガウロの横を陣取り、共に歩くピピリカ。彼女は人差し指を顎に当て、首をかしげながら聞いてくる。
「一応終わってはいるんだけど極秘にしなきゃいけないかもしれないからね。勝手に伝えることは避けようと思ってるんだ」
「え~、気になります~。先輩教えてくださいよ~」
「だめだめ。さすがにピピリカでも教えられないよ」
彼女は「ケチ」と呟いて、急に愚痴り始める。
「だいたい先輩がいてくれれば、城の修繕もすぐに終わったのにな~。そういえば先輩知ってます? この城二ヶ月前に襲撃されたんですよ!!」
「ああ、らしいね」
ティガウロは関係者だったため、そのことは当然知っていたが、ここ最近の情報や彼女たちには知らされている情報を聞くためにあえて、彼女に、自由に喋らせてみる。
「私たち騎士団が演習場に向かっている時に襲撃されたらしくてですね。軍兵の被害は数百にものぼると言われています」
「……そんなにか」
「はい。一応王様が御友人の方と共に撃退に成功はしたんですが、……やっぱり私たちがいればあんなに被害は増えなかったんじゃないかって思っちゃったりして最近眠れないんですよ」
彼女は悔しそうに歯噛みする。その姿を横で見ていると、あの日の自分と同じ状態なんだと思えた。
マルクトから話を聞いたあの日、自分があの場に居られなかったことが本当に悔やまれた。その時の自分には敵を倒せという任務があったから気分を切り替えることが出来た。だが、今の彼女にはあの時の自分見たいに切り替えることができないのだとティガウロには感じられた。
周りとの絆を大切にする彼女のそういうところは良いところだと思うが、こういうときは切り替えて今回の失敗を次に活かすべきだと思う。
それは冷たい判断かもしれないが、終わったことをどうこう言っても、失った人たちは帰ってこない。
だったら同じような被害者を出さないようにした方がいいと思った。
「……ピピリカ。君がその場にいたとしても結果は死体が一つ増えるだけだ。僕たちより強いカトウさんでさえ死にかける程の相手がいたんだぞ。王様達じゃなかったら勝てなかったと思うし、正直時間稼ぎにもならないと思う」
「……しかし、私も騎士です。次の機会があれば刺し違えてでも、敵をやっつけてみせます」
ピピリカは意志を込めた眼差しでティガウロの方を見るが、
「だめだ」
その短く告げられた言葉に口をつぐむ結果になった。
「そんなことをさせるために、僕は君に剣を教えた訳じゃない。それに、そんなのは君がやるべきことじゃない。騎士としての使命を忘れるな。自分の身も、守るべき者も全て守ってこそこの国の騎士だ!!」
足を止めたティガウロの迫力に圧され、ピピリカは何も言い返せなかった。
「今回のことを悔やんでいる暇があるなら、一分一秒を鍛錬に費やせ。そして、今回の敗北を次に活かせるようにしろ。ユリウス様やその御友人のお手をわずらわせた時点で我々はプランク共に敗北した。やつらは幹部とボスを失い、事実上解体している。しかし、その信者共が全員いなくなった訳ではない」
「……そうですよね」
「そうだ。今回は相手が一枚上手だった。しかし、次襲撃を受けた際は、今回の経験を活かした我々が無傷の勝利を手にする!! いいな?」
「はい!!」
背筋を伸ばして敬礼する彼女を見て、ティガウロは止めていた足を再び動かした。
「よし。じゃあ僕は王様に呼ばれているからもう行くよ」
「はい!! ありがとうございました!!」
「行ってくる。……まぁでも、ピピリカがやばそうな時はいつでも僕が助けに行くから」
その言葉を残し、ティガウロは廊下を曲がって王室に向かった。
後に残されたのは顔を紅潮させたピピリカだけだった。