15話 奪われたカトウ5
色とりどりの花は咲き乱れ、鳥のさえずりがまるで歌でも歌っているかのように聴こえてくる春。
始まりと終わりを告げるこの季節に、十五歳のマルクトは魔導学園エスカトーレに入学するため、このマゼンタ王国にやって来た。
自分の借宿を定め、荷物も片付けたマルクトは、少し遅い昼飯を食べるためにこの国の王都を散歩することにした。
右も左もよくわからないこの場所は、五年間山で過ごしていたマルクトにとって見たことのないもので溢れていた。
魔力をずっと供給していないのについたままの街灯や家の明かり、自分で休まずにつけさせられていたあれとはえらい違いだ。
それから、重そうな鎧や剣なんて十五歳のマルクトにはすごく魅力的だった。
生身で檜の棒一本与えられただけで、魔法使わずにファイティングベアーの雌を倒せと師匠に言われたことを、これが普通なんだと受け入れていたくらいには、当時のマルクトには常識とかいろいろ足りなかった。そのため、初めて見たものにはとても関心を示していた。
食べ物に関しては、肉の串焼きなんかには驚かされた。
狩らなくても、肉を食べられるなんて夢にも思っていなかったからだ。
そんな串焼きを食べながら、広い街道を歩きまわっていると、助けを求める声が聞こえてきた。
ただの興味本位で見に行ってみると、そこには黒髪の自分と同じくらいの少年が男たちに蹴られていた。
当時のマルクトにしてみれば、その少年の髪の色がとても珍しく思えて興味を持っただけだった。
自分の住んでいた国には、茶色い髪が普通だったからそんな髪の人物を見たことなかったのだ。
しかし、近付こうとした瞬間マルクトの足が止まった。
急に他人というものに恐怖を感じてしまったのだ。
さっきまではなんともなかったのに、その少年から少し話を聞こうと思った瞬間、足の震えが止まらなくなった。
そんなマルクトに気付いたのか、タンクトップ姿の青年たちがマルクトの方に近付いてきた。
「おい、なんだよてめぇはよ~? ガキがこんなとこに来てんじゃねぇよ! ガキはさっさと帰ってママのミルクでも飲んでな!」
薄汚い笑い声が耳に入ってくる。雑音が酷い。うるさい。
そんな考えが頭を支配して、いつの間にか震えも収まっていた。
青年の一人がマルクトの肩を「なんとか言ったらどうなんだ?」と言いながら押してきた。
次の瞬間、大きな音と共に青年の一人がその場からいなくなった。
他の青年たちが音のした方を見ると、マルクトの肩を押した青年が壁に穴を開けるほどめり込んでいた。
青年たちがおそるおそるマルクトの方を見てみると、冷めきった目を青年たちに向けて構えをとるマルクトがそこには立っていた。
◆ ◆ ◆
そいつらを倒すのに一人一秒もかからなかった。
こんな雑魚、ファイティングベアーの雄にすら束になっても敵わないだろうなとそんな過小評価を下していたマルクトに、先程蹴られていた少年が話しかけてきた。
「……サッキハタスケテクレテアリガトウゴザイマス」
少年はおどおどした様子だった。世界共通語ですらカタコトでしゃべる彼に、どういたしましてと短く返した。
すると、黒髪の少年は嬉しそうな表情をした。
「『良かった~、通じてくれて助かった~』」
と急に聞いたこともないような言語で話しはじめる。
「ソウダッタ。ニホンゴツウジナインダッタ」
「ニホンゴ?」
初めて聞く単語だった。言語にニホンゴなんてものはないと記憶していたはずだし、おそらくニホンという国の言葉だとはなんとなくわかったが、そんな国をマルクトは知らなかった。
「オレノウマレソダッタクニノゲンゴダヨ。オレノナマエハ、カトウテツヤ、ヨロシクネ」
「マルクト、それが俺の名前だ。ところでカトウ君でいいのかな? 君にはテツヤって家名があるけど、もしかしてニホンの貴族か王族だったりするのかい?」
そのマルクトの問いかけにカトウは首を傾げていた。
どうやらリーディングの方も苦手らしい。いったいどんなところからやって来たんだろうかと興味が絶えない。
「カトウ君は貴族なんですか?」
今度はさっきと違ってゆっくり聞いた。
そのお陰か、どうやら通じたようで、首を横に振っている。
「オレハキゾクジャナイヨ」
「そうなの? ならなんで家名がついてるんだ」
「オレノハ、ミョウジッテイッテ、ニホンノダレデモモッテルンダ」
「ヘ~、そんな文化もあるのか~」
なかなか興味深い話をしてくれる彼に対して、最初に抱いた他人に対する恐怖をいつの間にか感じなくなっていた。
それが何故なのかは分からなかったが、そんなことがどうでもよくなるくらい、十五歳のマルクトは彼の話に聞き入った。
それからいろんな話を聞いた。
魔物のいない世界のこと、彼の住んでいたその世界では魔法なんて存在すらしなかったこと、彼の話はとても興味深かった。
「アレ? モウヨルナノカ。……ゴメン、モウカエラナイト」
彼の言った通り、空はいつの間にか暗くなっており、星や月が浮かんでいた。
「マタイツカアエルトイイネ」
「……そうだね」
彼の言葉に同意して、そのまま別れた。
見えなくなるまで、手を振り続けた彼は意気揚々と帰っていった。
またいつか会えるだろうか?
そんな思いを抱きながら、家路についたのをよく覚えてる。
マルクトとカトウの出会いについて書く機会が欲しかったので今回書かせていただきました。
カトウの台詞は読みにくいかもしれませんが、ご容赦ください。
それからこの話は何の考えも無しで書いた訳ではありません。
要するに何かしらの伏線を入れるために作られた話だということをご理解いただきたい。
駄目なところがあればなんでも言ってください。
直せるところは直してみせます。