14話 マルクトに挑む者3
聞こえてきた方を見ると、エリナの腕を掴んで離そうとしない男性がいた。どうやら酔っぱらっているらしく、そいつの顔は赤かった。
「離してよ!!」
「ええやんけ、一緒に遊ぼうや。ほらちゃんとご挨拶した方がええで。この方はな、ここら辺仕切ってるマフィアのボスや。あんたみたいな嬢ちゃんが抗える人間やないで~」
それを見て立ち上がった俺は、奴らを何発か殴ろうと決めたのだが、実際に行動を起こそうとした瞬間、ティガウロに肩を掴まれ止められた。
「マルクトさんは手出ししないでください。飲酒している学園教師が乱闘で相手を再起不能にしたなんて言われたら、さすがに不味いです。……君たちも決して手を出すんじゃないよ」
「はっはッは~、再起不能で済むといいよね」
マルクトが冗談に聞こえないトーンでそう言うと、ティガウロは店のエプロンを着けたまま、エリナのもとに向かった。
「先生大丈夫なんですか? 本当に行かなくても、あのお兄さん殺されちゃうんじゃ」
ユウキが不安そうな顔で言ってきたが、俺はそれを首を振って否定する。
「見てればわかる」
そう言ったマルクトの目に不安なんてまったく浮かんでいなかった。
「お客様、店員に乱暴な真似は困ります。彼女の手をお離しください」
優しい口調でそう言ったティガウロ。彼は酔っぱらいの腕を掴んで砕かないように軽く力を込める。痛みに顔をしかめた酔っぱらいはエリナから手を離してしまった。
エリナに目配せで母のもとに行くよう促すとエリナはそれに頷いて従った。
「なんだ~? お前やるってのかよ~」
腕の痛みに顔をしかめている酔っぱらいの男。マフィアだとかなんとか言ってたし、この程度で顔をしかめるとはティガウロも思っていなかった。
酔っぱらいは手を振り回して拘束を解くと、ティガウロを睨み付け、殴りかかってきた。
殴りかかってくる酔っぱらいのパンチを余裕を持ってティガウロはかわしてみせた。避けられた男はよろめき、バランスを崩す。それを見逃さず男を意図も容易くおさえこんでみせた。
それを見た彼の仲間が席から立った。
「おいてめぇ、ここの店は客に暴力を振るうのかよ」
「酔っぱらっているとはいえ、殴りかかってくれば立派な暴漢ですよ。僕には、他のお客様に危害がいかないようにする義務があります」
「てめぇ!! 勝手言ってんじゃねぇぞ!!」
殴りかかろうとしてくる男を見て、
「……はぁ、これだから酔っぱらいの相手は嫌いなんだ」
一人をおさえこんでいるため、どうしたもんかなと悩んだ結果、すぐに一発顎にいいの入れれば気絶するだろと判断し、右膝だけで酔っぱらいをおさえながら、ティガウロは構える。
「……おい、やめぇや」
酔っぱらいが殴りかかろうとした瞬間、男の低い声が酔っぱらいを制止させた。
その声を発したのは、酔っぱらいの一人がここらを仕切ってるマフィアのボスと言っていた男だった。
がっしりとした体躯の男はサングラスをかけており、顔はよくわからない。
しかし、その実力がそこら辺の酔っぱらいとはまったく違うとわかる。
そのきっちりとした黒い服から護衛の男だと、酔っぱらいが紹介するまで思っていたほどだ。
ティガウロも、その並々ならぬ雰囲気に相当警戒している様子だった。
「そこの店員。うちの若い奴らがどうもすまんかったな。こいつらにはしっかりとけじめつけさせたるさかい、許したってくれや」
ティガウロはその言葉を聞き、店主であるエリカの方を見る。
顔は笑顔を作っているが、怒っているのがひしひしと伝わってくる。
(そりゃあ大事な娘がセクハラされて、黙っていられるとは微塵も思っていなかったが、今回は俺に任せてくれたのか終始黙ってたな)
ティガウロはエリカの示す数字を見て、
「今回の飯代十倍でいかがですか? 我々としては大事な店で暴れられた挙げ句、大切な妹が絡まれたんです。酒に酔っていたからと言って許されることではないです。なので、今回は店長の示すとおり飯代十倍で譲歩しますよ」
「あんだと、ふざけんなよ! 一端の飯屋風情がいきってんじゃ」
「わかった。それで構わん」
「ボス!?」
サングラスの男は、金貨の大量に入った袋を机に置いた。それを見て膝で押さえつけている男を解放したティガウロは、
「それから、当然出禁ですので今後一切店には近づかないでくださいね。もしも、あなたのマフィアの一員がここを訪ねてきたら一切の手加減もする気ないので」
殺意と怒気のこもった眼差しでマフィア達をにらんだ。
それを見たサングラスの男は笑っていたが、他の者は怯えている様子だった。
「わかった、それで文句ないわ。約束したる。今後一切この店にはうちのもんを近付けさせへん」
そう言って膝で押さえられていた男を連れていた他の二人に運ばせて、マフィア達は店を出た。