3話 魔導王国マゼンタ1
俺は今かつてない程の猛烈な死闘の最中だった。
この死闘に比べれば、五年前の灼熱竜との戦いが、赤子の手をひねりあげるぐらい簡単……いや、赤子の手をひねりあげる方が良心傷むし、簡単じゃねぇわ。
(やっぱり、今>赤子>灼熱竜だな)
そんなことを考えていると、馬車が大きく揺れた。
そのタイミングを見計らったかのようにこみ上げてくるような倦怠感。
「吐く吐く吐く吐く。ヤバいヤバいヤバい! 頼むから揺らさないでくれー!! というかもう降ろしてくれぇええええええ!!!」
◆ ◆ ◆
~1時間前~
町の人達が感謝の気持ちと用意してくれた馬車の前でマルクトが声を荒げる。その相手はカトレアだった。
「俺は絶対やだね!! 何故わざわざ馬車を使って移動しなくてはならないんだ!!」
「ではどうやって帰るというのですか?」
「徒歩があるだろうが徒歩が!! その足はいったい何のためについているんだ!!」
先程から行われているやりとりにベルとメグミの二人はそろそろうんざりしていた。
マルクトはなぜか馬車で帰りたくないらしく、依然として首を縦に振らない。カトレアもまた、マルクトの徒歩で二ヶ月かかる提案なんてさすがに許容できないとのこと。
「だ~か~ら! とりあえず一ヶ月ぐらい歩けばなんとか空間転移魔法で帰れるから。それに馬車だと結構かかるんだぞ!! かかる金が俺の住んでる街までだと相当かかるんだ。その金をいったい誰が払うと思ってんだ!!」
「でしたらその徒歩で一ヶ月かかる土地まで馬車で行けばよいではありませんか!」
そもそもマルクトの提案も彼が歩いてきた期間を考慮しての結果だ。ベルやメグミはマルクトやカトレアほど体力はない。それを考えれば明らかに無理な提案だとわかりそうなものだが、マルクトは首を縦に振らない。
空間転移魔法もここからマルクトの住んでいる家までだとさすがに魔力の消費量が多すぎて不可能なのだ。
マルクトの魔力量では移動できる距離はせいぜい千キロ。それでも他の魔法使いにはその転移魔法ですら使える者はそうそう居ない為、千キロはかなり異常なことなのであるが、その常識を知っている者はここには居ない。
メグミがこの喧嘩をどうすべきか迷っていると、ベルを見て、ふとある考えが思い浮かんだ。
その作戦の内容をメグミはベルに耳打ちした。
「……そんなことでいいの?」
首を傾げながらそう聞いてくるベルにメグミは頷く。すると、ベルは満面の笑みで「わかった」と了承してくれた。
了承したベルはそのままマルクトのところに駆け寄っていった。
「ねぇねぇ」
マルクトのズボンを引っ張るベル。
「なんだ? 今は忙しいから後にしてくれ!?」
彼女の表情を見たマルクトは驚いたような表情になる。
「お願い、お兄ちゃん。ベル、馬車に乗りたいな」
ベルの瞳はうるうるしており、マルクトの瞳を一点に見つめていた。
マルクトはその瞳に見つめられ、なぜか怯え始める。
「やめろ……嫌だ……そんな目で俺を見るな……」
うろたえるマルクトにベルはさらに追い打ちをかけてくる。
「お願い。お兄ちゃん」
マルクトはベルの懇願に首を横に振れなかった。
やがて、彼は項垂れるように頷いた。
「…………わかった」
難攻不落だと思われたマルクトはメグミの奇策によってあっさり落ちた。
◆ ◆ ◆
そんな訳で現在馬車に乗って一時間、ベルはおおはしゃぎ、マルクトは顔面蒼白で帰路についているのであった。
「まさか、マルクトさんがここまで乗り物に弱いとは……」
「……思ってもみませんでしたね。道理であそこまで嫌がっていたわけですか……」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「あぁ……問題ないよ」
ベルの答えに弱々しく笑顔で答えようとしているマルクトの顔は真っ青だった。
◆ ◆ ◆
スクルドという町を出てから二十日程たった。
マルクトさんは十日程前に、いろいろと三人を受け入れる準備をするためと言って先に家に帰っていった。
さすがに顔が限界を迎えていたし、マルクトさんにはたまった仕事を片付ける必要があるらしく、どうしても戻らなければならないとのことで、カトレアさんも認めてくれた。
一応馬車は前金で場所も教えているため問題はないとのこと。それならばと私たちは初めての長旅を楽しんだ。
そして、このマルクトさんの住んでいる魔導王国マゼンタについた。
マルクトさんが作っていた招待状のおかげですんなり門も突破できた。
なんでも役人の人が言うには、マルクトさんは相当すごい人なのだそうだ。
魔法の権威とかよく分からない単語が多すぎて言っている意味はわからなかったが、とにかくすごい人らしい。
魔導王国マゼンタの街並は洋風の建物が多く建ち並んでいた。自分の見慣れた木造建築の家もあったが、それほど多くはなかった。基本的にはレンガ造りの家が多かったが、コンクリートで作られた家もあった。
中心には城と思われる大きな建物があり、見慣れない建物もいくつかあった。
そして、私たちは城の前で降ろされた。
城の前では見知った男の人が手を振っていた。
「マルクトさんお久しぶりですね」
「あぁ、無事着いたみたいで何よりだ。今から家まで案内するが問題ないか? 行きたい場所があるなら案内するが……」
「私は問題ないですよ」
「マルクトのうちー」
「私も問題ありません。お嬢様の住む家を先に確認しとうございます」
「わかった。ならついてきてくれ。そこまで遠くないから歩いていくか」
マルクトさんはそう言って歩きだすと、彼の背中にベルちゃんが飛び乗った。しかし、彼はそれを優しく受け入れ、私たちはこれから住む家に向かって歩き始めた。
◆ ◆ ◆
しばらく歩いていると、他よりも一際大きな建物が目に入った。
「あの建物はなんなんですか?」
建物を指差しながらそう聞くと、彼は同じ建物を見た。
「あれは魔導王国マゼンタが誇る世界最大級の魔法専門の学校『魔導学園エスカトーレ』だ」
学校という単語に高揚した気持ちになってくる。
「マルクトさん!! あの学校は私でも入れるんですか?」
興奮した様子のメグミは目を輝かせて聞いてきた。マルクトは苦笑しつつも、彼女の答えに頷いた。
「問題ないと思うよ。ただし、魔法の才能が最低限必須ではあるけどな」
その言葉を聞いた瞬間、私は肩を落とした。私は今まで魔法を使えた試しがない。マルクトさんのような魔法を使ってみようとやってみたけど地面はうんともすんとも言わなかった。
そもそも学校というくらいなのだから金も必要だ。
無一文の私じゃどんなに頑張って働いても、学校に通うなんて夢のまた夢。
メグミは自分が学校に通うのは不可能であることを知った。
そんなメグミの興奮したり落胆したりする様子を見てマルクトはあることを思い付いたが、とりあえず家に案内することを優先した。