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チュートリアル

数年前。それはまだ、楓が中学の時の話だ。


宇田葉(うたは) (しずく)。幼馴染に当たる2つ年上の女性に楓は恋をしていた。

小さい頃からよく遊んでくれたお姉さん的存在。どこにでもあるような話だ。


そして、そんなお姉さんが綺麗で、可愛くて、優しくて、笑顔が素敵で、落ち込んでる時は黙って側にいてくれて、人から好かれるような性格や容姿を持っていれば恋に落ちるの自然なことではないだろうか。


実際、雫はすごくモテた。

家が近所でたまに遊びに来てくれた雫に学校で告白されたと言う話をよく聞かされたことがあった。

その度に、平然をたもって「へー」とか「ふーん」とか愛想のない返事をする。

楓的には憂鬱になる話だ。いつか、彼氏ができたとか言われるんじゃないかと内心ビクビクする日々。

気が気ではなかった。


だからこそ、ある日唐突に告白してしまおうと思い切った行動に出ようと楓は思ったのだ。

ダメ元なのは最初っからわかっていた。雫も付き合うなら年上と言っていたし、そもそも自分のことなど弟くらいにしか思っていないだろう。

それでも、今の気持ちを伝えないでいるよりは、当たって砕けてしまった方が清々しい気分になれる。

そう思った。


しかし、彼女は楓が告白する前に姿を消した。



詳しいことはわからなかったが、家庭の事情で引っ越さないといけなかったらしい。

それにしては、急な出来事だった。

なんの報告もなく、荷物は家に置いたまま、引っ越す素ぶりなんて一度も見せなかった雫が、自分の前から突然といなくなったのだ。


言葉にできないモヤモヤが胸の中に残った。


それからは、生気が抜けたように日常を生活し、半年が過ぎた頃、楓のところに一通の封筒が届いた。

差出人は宇田葉 雫と書かれていた。


瞳が大きく開き、急いで中をあける。

封筒には黒いリングと、アリス・サーシャとプレイヤーiDそして、12月24日19時アナザーワールド-聖者の森-にて待っています。と書かれた手紙が入っていた。


意図はよくわからないが、黒いリングを見てなんとなく察しがついた。



フルダイブ型VRMMO RPG-アナザーワールド-。

一年前、無名のフリーゲーム制作者が出したゲームだ。


「自由に」と言うテーマで作られたそのゲームは、

テーマ通り自由だった。オリジナルの武器を作ろうとすれば作れる。情報に全くない街や、ダンジョン。未知なる世界感。望めばなんでも叶うのではないかと思うくらいの自由度。配信が開始されてから1ヶ月で一気に人気を集め、世界1のフリーゲームとして広まった。

しかし、一部の人たちからはそのゲームは問題視されていた。

ゲームシステムの管理者が無人。

という噂があったからだ。

どこから流れ出したのかはわからないが、ゲームのシステムにトラブルが起きれば無人だと困る。

だが、そんなことは関係ないと、多くの人間がアナザーワールドを利用しているのは、単純にシステムトラブルが今の一度も起きていないからだろう。また、噂は噂でしかなく、確証はないのだ。


学校の友達もやっているし、大丈夫だろう。

そう思い、少しの躊躇いはあったものの、楓は、リングを左腕に通した。

パソコンとリングをケーブルで繋ぎ、必要なゲームのシステムデータ諸々をダウンロードする。

いくつかの契約に同意して、準備が整う。


ケーブルを外し、楓は自分のベットに寝転がり目を瞑って、深呼吸する。


そして


「アクセス」


と一言呟いた。


刹那、意識がどこかに飛ばされるような感覚になる。

フルダイブ型VRMMO自体初めてで、緊張しながら身を任せた。


不意にあることを思う。

そう言えば、左につけたリングはどうやって仮装世界に意識を飛ばしているのだろう?

答えてもらっても、わからないだろう疑問を抱きつつ、楓はふっと目を開く。


白く。

どこまでも真っ白な世界。


ここが、アナザーワールド?と思いながら、背後から声をかけられる。


白い髪。赤い目。

人形のような女の子。

ゲームなのだから当然だが、美少女だ。


「初めまして、私は新規ログインプレイヤーのサポートを務めます。人工知能AI。イヴです」


人工知能?気になる単語がでたが楓は黙って聞く。


「アナザーワールドで冒険するに当たって、いくつか質問をさせていただきます」


すると目の前に選択画面が表示される。

男性・女性と書かれていた。


楓は、男性を選択すると、自分の目の前に鏡が現れ、姿を写し出す。


誰だ?


それが最初に思った言葉だ。


「これよりあなた様のアバターを制作します。指示に従い、自分好みのアバターにしてください」


そう言われ、イヴの指示に従い、顔、身長、髪型、体型、目の色、その他諸々、細かすぎるところまで、設定していく。

最終的にアバターを作るので30分もかかった。


鏡を見ると、自分とほぼ同じ姿のアバターが映し出されていた。

黒い髪、横はねした髪型。それ以外はどこにでもいそうな少年という感じだった。

楓は、まあまあいい感じ。と呟きながら、表示画面下にある完了ボタンを選択する。


鏡は地面に吸い込まれるように消え、楓はイヴを見る。


「最後に、あなたのプレイヤーネームを決めてください」


イヴがそう言うと、入力画面が表示される。

楓は、慣れた手つきで文字入力をする。


カエデ


そう打ち込んで、完了ボタンを押すとエラーと表示された。


うそ…


「今入力した、名前はすでに使われています。別の名前にしてください」

「別?」

「はい。ちなみに今のカエデと言うネームを英語にしても韓国語にしても中国語にしても…」

「わかった!別のにする」


これ以上聞いていると、世の中にある言語すべてが出てきそうと思い、楓はイヴの言葉を遮る。

少しため息をつき、再度楓はプレイヤーネームを考え始める。

ちらっと、イヴの顔を見ると、気のせいであろうか?笑っているように見えた。

楓は顔を軽く横に振り、入力画面に目を向ける。


30分後。


プレイヤーネームは決まらなかった。


「どんだけだよ…」


楓は苦笑した。

まさか、自分が考えた、名前すべてがすでに使われているなんて。


「楓さん。少し手助けしますか?」


イヴは嬉しそうにこちらに問いかける。

無性に腹がたった。

でも、これ以上名前を考えてもいいアイディアが出てくる気はしなかった楓は渋々、頷くことにした。


「では、サイト・ルクスと言うのはいかがですか?」



予想してた名前よりいいかもしれない。

そう思った。

もっと頭の悪そうな名前を出してくると思っていた。

コロコロ太郎みたいな。

楓は少し考えた後、今聞いた名前を打ち込むことにした。

ただ、イヴの言葉をそのままカタカナで打ち込むのは楓のプライドが許さず

saito-lux。


そう打ち込んで完了ボタンを押す。


「すべてのデータを読み込みました。アバターの作成に成功しました。それでは、次にチュートリアルを開始します」


イヴの言葉と同時、白い部屋は木々に囲まれたフィールドへと姿を変わる。

そしてイヴの目の前に1匹の黒い影が現れる。

黒い影の上にシャドウと表示されていた。


「それでは自分の好みの武器を選択したください。」


楓、改め、サイトの周りにいくつかの武器が現れる。

片手剣、短剣、大剣、細剣、片手棍、弓、槍、戦斧、拳、杖。

サイトは、なんとなく目の前にある片手剣を手に取る。と同時にほかの武器は姿を消す。


片手剣を構えてシャドウに向ける。


「片手剣を選択されました。この後の指示に従ってください」


少し緊張している。

正直怖いと感じた。

目の前にいる、モンスターがあまりにもリアルな感じがしたからだ。現実ではないと理解していても、少し戸惑う。

息を吸い直し、気合いを入れ、イヴの指示を待つ。


「倒してください」


聞き間違いだと思った。

指示が雑すぎる。

だってチュートリアルだよ?

こうしたら技が出るとか、こうするとガードできるとか…

頭でそんなことを考えていると、シャドウがこちらに全力で向かってきた。


反射的に片手剣を前に出す。

弾かれた。


笑ってしまうほど簡単に片手剣は自分の手から離れ地面に落ちる。

やばい。

そう思った時には、すでにシャドウの攻撃の第二波が来ていた。

腹に綺麗なパンチが入る。


それほど痛くはないが、痛いと感じる痛覚はあった。

勢いよく、サイトは後方へ吹っ飛ばされる。

ゴロゴロと土煙を上げて転がっていく。


「いって…」


身体を起こし、シャドウを見る。

5、6メートルは飛ばされた。

無意識に自分の右上の部分に表示されているHPというのを見る。今の一撃で3分の1が削られた。


チュートリアルの敵にしては強くないか?そんなことを感じながら、サイトは立ち上がる。

視界に入るイヴはこちらを見ながら笑っている。


可愛い顔してなんてやつだ。

人がやられてるのを喜んでる。これが小悪魔ってやつか?

自分で何をいってるのかよくわからなくなり、考えるのをやめた。


とりあえずはあのシャドウってやつを倒さなければいけない。

前方の敵を気にしながら、サイトは周りを確認する。

すると運がいいのか、サイトの足元のすぐ近くに先程弾かれた片手剣が落ちているのがわかった。

少しずつ、片手剣が落ちている場所に向かい体制を立て直そうと試みる。

しかし、もう少しのところでシャドウが再びサイトに向かってくる。

歯を食いしばり、シャドウを見る。


思い出せ。

さっきのあいつの動きを。

片手剣を弾いた時あいつは、左の手で剣を弾いた。

どんな風に?

顔の横にまで左手を持っていて、裏拳するみたいに弾いていた。


一瞬の出来事のせいで、確証はない。

でも…


サイトは、シャドウが攻撃を仕掛ける瞬間にタイミングよくしゃがんだ。左腕からの裏拳をうまくかわし、視界に入った片手剣を反射的に掴む。

そこまでは良かった。


ハッとあることに気がついた。

さっき自分は何で吹っ飛ばされた?


顔上げた時にはすでに遅かった。目の前には多分拳しであろうものがサイトの顔に直撃する。


そのまま、同じように吹き飛ばされ、土煙を上げて倒れ込む。砂が口に入り、口のなかが砂利つく。


またやられた。

HPは赤く表示されていた。

たぶん、攻撃を受けた場所でダメージの割合が違うのだろうと理解する。


「あと一回食らったら終わりだよな」


ボソッとサイトは呟いた。

片手剣を地面に突き刺し、それを支えに立ち上がる。

息を吸い直し。シャドウを見る。


「よしっ」


覚悟を決め、短く声を出して気合いを入れる。

サイトは両手で片手剣を握り、足を開き、腰を落とす。

剣を自分の腰あたりに持っていき、胴切りの構えをする。

そのタイミングで、シャドウがこちらに向かってくる。さっき全く同じ、左腕を顔の横まで持ってきて裏拳の構え。その動作を見逃さず、サイトは地面を蹴った。

シャドウの裏拳が不利抜かれた瞬間に懐に入り、勢いよく剣を横に振り切る。

攻撃ヒット時に起きるであろう黄色いエフェクトが発生する。

サイトはそのまま前進、シャドウと距離をとって、再び剣を構える。予想通り、シャドウはまだ倒せていない。HPが、少し削れている。

あと4回くらい当てれば倒せそうだ。そう思った。


シャドウはゆらゆらとこちらに振り向き。

刹那


「きいぃぃぃぃぃぃーー!」


まるで、金属と金属が引っ掻きあった時に聞こえるようなノイズの音がフィールドに響く。

シャドウの影はゆらゆらと揺れながら、先程の大きさとは3倍も違う姿に変化する。


サイトの頭の上にクエッションマークがたくさん現れる。

「なにこれ」

たまらず呟いてしまった。


「ボーナスステージですよ!サイトさん」


イヴはご機嫌がよろしいようで、今日見せた中でも1番いい笑顔を見せている。

サイトは頬に嫌な汗が流れるのを感じた。

横目でシャドウを見て苦笑する。


無理だろ。


まさか、チュートリアルでこんな絶望感を味わうと思わなかった。そもそもこれがチュートリアルと言うことは、このゲームかなり難しいのではないだろうか?

そんな疑問が湧いてくる。


「ちなみに、このチュートリアル失敗したらどうなるの?」

サイトはイヴに問いかけた。

「それはもちろん設定からやり直しですよ?」

なにを当たり前のことを言っているんですか?

見たいな風に言わないでほしい。


目の前にいる敵を見ながら、サイトは半分諦めようかと考える。

しかし、そこであることに気がついた。


今日の日付が視界の斜め上に表示されていた。

12月24日18:43。

息を飲んだ。

あれ?今日って、24日?しかも…


サイトは片手剣を強く握りしめ、視線をシャドウに向けて構える。

心臓の音が聞こえてくる。

仮想世界でも心音はするのだと思った。

沈黙。

そして、地面を蹴る。

シャドウの攻撃が、サイトの頬をかすめた。HPはほんのわずかだが削れるが躊躇なく進み続ける。

最初と違い、シャドウの大きさが高くなってる分狙いやすい。

素早く、剣を振るい二回切り込む。

ヒット時のエフェクトが発生した。すぐに視野を広くしてシャドウの攻撃を予測する。

地面に映る自分の影が覆い隠されるのがわかった。

勢いよく後方に下がり、元いた場所を見る。

数秒後、黒い腕が地面ぶつかった。その腕目掛けて、剣を一閃。さらに、切り込む角度を変えて斜めに一閃。

シャドウの声であろうノイズが再度響きわたる。


距離を取り、サイトは切っ先をシャドウに向けて構え直す。


あと一撃。


シャドウのHPは赤くなって、わずかに残っている。

息を整え、切り込もうとした時だ。


シャドウの大きさが小さくなり、元の姿に戻った。

右腕以外は。

周りの木々よりも大きくなったシャドウの右腕は空に一直線に伸びていた。

まるで、右腕に力を溜め込むように。

サイトは腕からシャドウの本体へと目を向ける。


動く。そう思ったとき、シャドウは右腕を振り下ろした。


早い!?


サイトは、片手剣を頭の上に持っていきシャドウの攻撃を受け止める体制にはいった。

膝が崩れる。

ギリギリのところで、受け止めはしたものの状況は好ましくない。

シャドウは振るった腕を少し上げて、そこからもう一撃振り下ろす。

サイトを叩き潰すように、何度も何度も同じことを繰り返した。


HPは減らないにしても、やばい。

一回でも受け止めるのを失敗すれば、ゲームオーバー。

HPが0になって、やり直し。

時間が18時50分を迎えていた。


負ければ間に合わない。


サイトは歯を食いしばり、思考を巡らす。

どうすればいい?

どうしたら、この状況から立て直せる?

考えろ。

考えろ。


その時だ。


シャドウの攻撃受け止めるたサイトはそのまま片手剣を斜めに傾けた。

シャドウの腕が地面に落ちた。

片手剣をシャドウの腕に突き刺し、本体に向かって走り出す。

突き刺した剣はシャドウの腕を切り裂きながら、エフェクトを発生させる。


シャドウとの距離が縮まると、シャドウは左手をサイトに向けて伸ばしてくる。


右腕に刺さった剣を瞬時に抜き、シャドウの

左手を上に弾く。


大きな隙ができたシャドウの首目掛けてサイトは

再度剣を強く握り、横に振り抜く。

今まで発生したエフェクトとは少し違って、赤い光が発生する。


シャドウは動きを止め光のかけらとなって消えた。

サイトの目の前に、チュートリアルクリアという画面が表示される。


剣を地面に起き、深い深いため息を吐く。

「終わった…」

疲れ切った、声を出しサイトは可笑しくて笑ってしまった。

まさかこんなにも難しいとは思わなかった。

色々な感情が混ざりあい一周回って面白いと感じてしまう。


「お疲れ様でした」


イヴは笑顔でサイトに声をかけ、拍手しながら近づいて行った。


「これで終わり?」

サイトはそう聞いた。

「チュートリアルはこれで終わりです」

「良かった。まだ終わりじゃないって言わ…」

「まあ、このゲーム世界のチュートリアルはですが」

サイトは「えっ?」と声を漏らす。


「さて。これより、ボーナスステージをクリアしたサイトさんを特別に聖者の森へ転移して差し上げます」

「え?ちょっと、まて!今のどう言う!」

「また会いましょうね?サイト()()


光に包まれイヴの姿が見えなくなる。

目を閉じて、再び目を開けたときにはサイトは、まったく別の場所にいた。


辺り一面、雪が積もり目の前には20メートルくらいの巨大なモミの木が一本。それを囲うように円状に木々が存在する。


「ここが聖者の森?」

疑問に思い、サイトはそう呟いた。


「そうだよ」


聞き覚えのある声だった。

透き通るような凛とした声、優しく温かい。


サイトは思わず後ろを振り返る。

白銀と黒に彩られた、少し露出のあるファンタジーならではの衣装。クリスタル色の剣と真っ白な剣を腰につけ、首には氷と十字架の模様したネックレスがついてる。

輪郭が整い、綺麗な赤い瞳、腰まである黒く長い綺麗な髪。


雫だ。

息を飲んだ。

初恋の相手。突然姿を消した好きな人。

その相手が今、目の前にいる。


「し、雫」

声が出た。

雫はクスッと笑い、首を横に振った。


「違うよ?この世界では、アリス。アリス・サーシャだよ。封筒にプレイヤーネーム入れたんだけどなー」

「ご、ごめん」


雫、改めアリスはサイトの目の前まで近づいてくる。


そして


ギュッと強く抱きしめられた。

顔が熱くなる。パニック。


「え?ええ?えええ?」

あたふたしながら、サイトは声を漏らす。

サイトが困っているとアリスはサイトの耳元で囁く。

「ありがと。来てくれて」


まるでそれは、弱り切った人が囁く、本当に弱々しい声だった。

その声を聞いて、サイトは冷静さを取り戻す。

息を整え、口を開く。


「どうして、何も言わないでいなくなったの?」

ずっと思っていた。

ずっと聞きたかった。

今日まで、聞けなかったその一言をサイトはアリスに向かって質問する。


しかし、アリスは質問には答えなかった。

「それは言えない」

「何で?」

「だれにだって言えないことはあるよ」

「……」

至極まっとうな答えだ。

サイトは息を吐き質問を変える。


「今日、僕を呼んだのはどうして?」


アリスは、サイトを抱きしめるのをやめて、少し後ろに下がる。


「私を助けて欲しいから」

「?それって…」


言葉が終わる前に、アリスは白い方の剣を抜いてサイトに突きつける。

先程とは違い、真剣な表情でアリスはサイトを見つめた。


「じゃあ、本当のチュートリアルを始めよっか」


そうアリスは言った。


意味がわからなかった。

何がしたいのか。サイトには理解することができなかった。


「剣を抜いて。楓。ううん。サイト」

「ちょっと…」

「私に勝てたら全部答えてあげる」


アリスの瞳にサイトの姿が映っているのがわかった。

覚悟を決め、腰についた、片手剣を抜きサイトは構える。



「いいよ」



サイトの返答に少しだけ優しく、それでいてとても悲しそうな、寂しそうな表情をアリスは見せた。


雪に覆われたその場所で2人は剣を構え向かい合う。


「雫」

「なに?」

「僕さ…」

「…」


なにを言おう?ただなんとなく、言葉を発したくなった。

この状況で、自分は何かを伝えたいと。

言葉にしようしても上手く言葉にならない。伝えないと。

気持ちが前に出た。難しいことが言いたいのではない。

シンプルに。今この瞬間伝えたいことが確かにある。


少しの間が空いた後、サイトは口を開き彼女を見てそれを伝える。


「雫が好きだ」


アリスは真剣な表情を崩し、笑顔を見せて答える。



「知ってるよ」



沈黙。

再びアリスは真剣な表情をサイトに向けた。


「楓」

「なに?」

「私に勝てたら」

「付き合ってもいいよ」

「なんだよ、それ」

「私、自分より強い人が好き」

「そっか」

「うん…」

「じゃあ、約束」

「…うん」


その言葉を最後にアリスはその場から姿を消した。


腹部に軽く痛みが生じ、視線を移すと黄色いエフェクトが発生していた,

HPゲージを見ると0になっている。

気づけば、アリスが後ろにいるのがわかった。

サイトはアリスの方に振り返り、彼女を見る。

視界が赤くなり、you're deadという文字が表記される。

文字の奥。

アリスはこちらを、見ていた。


「またね」


視界が真っ暗になり、次に自分の視界に光が差したときには、また別の場所にいた。


サイトの瞳にはたくさんの行き交う人たちが映る。

視界の上あたりに、アスタリテ

と書いてあった。

たぶんこの街の名前だろう。


H Pが0になると自動的にここに転移させられるらしい。


行き交う人たちを見ながら、不意にアリスの顔を思い出す。

寂しそうに、でも笑っていた。


アリスがなにを言いたかったのか伝えたかったのかは分からなかった。

だから知りたかった。

もう一度会って話がしたい。


聞きたいことがたくさんあった。


「私に勝ったら全部答えてあげる」

その言葉が蘇る。


強くなろう。

彼女に勝つために。そして、全部を教えてもらうために。


それが楓の。

サイト・ルクスの始まり。


アナザーワールド、始まりの街アスタリテ。

サイトはそこから、第一歩を踏み出した。



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