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イヴ2

楓は後悔していた。

アナザーワールドで出会ったサティスというプレイヤーに会うため、現実世界にある小々波駅西口に来てしまったということに。

冷静に考えるとおかしな話だ。


まず、ゲーム世界で関わりを得た人とすぐに現実で会うなんて有り得ない。

いや、あり得るのかも知れないが自分にはハードルが高いだろ。

そもそもゲーム世界ですら、ろくに人との関わりの少ない僕が、現実世界で人と、しかも初対面の人と会って何を話すというんだ。

話を聞きたいと言われたが、何を話せと?

去年の期末テストの結果?

いや、アホか!


楓は顔を横に振りため息をついた。

今すぐにでも用事ができたと言って逃げ出したい。

しかし、残念なことに楓の今日の予定は見事なまでに何もなかった。

きっと今時の学生というのは休みの日は友達と遊びに行ったり、彼女とデートしたりするものなかもしれない。

しかし楓には休みにどこかへ行こうの言ってくれるような友達はいなかった。


あらためて思うと僕って友達少ないよな…。


ガックシと顔を落とし、その後、ポケットに入ったスマホを取り出し時間を確認する。

時刻をもう少しで13時になりそうだった。

すると、唐突にスマホの着信音が鳴り出した。

スマホ画面に、見知らぬ電話番号が表示されている。

誰だろうか?

楓は疑問に感じながらスマホをタッチして、電話にでた。

電話番号の最初の3桁からして、携帯ショップなどの営業電話ではないだろう。

間違え電話ならそれはそれでいい。


「もしもし?」

「もしもし?千崎楓さんでしょうか?」


聞き覚えのないとても落ち着いた感じの女性の声だった。

楓は「はいそうです」と返事を返すと「よかった」と女性は安心した声を出した。


「サティスです」


楓はどちらのサティスさんでしょうかと尋ねようかと思った。

サティスなんて名前の人は今のところ1人しか知らないのだが、自分の知っている彼女は元気がありすぎるくらいうるさい女性だ。

正直、現実は男の人だと思っている。


「あ、申しわけありません。アナザーワールド、喫茶店カフィースの店主をしてるサティスです。一応、菅谷くんの方から千崎さんの番号を教えてもらったんですが、聞いてませんか?」


どうやら、自分の知っているサティスさんのようだったが、それよりも個人情報を明日斗が許可なく教えたということのほうが楓にとっては気になる話だった。


「ああ、後で確認してみますね」


後で説教をしてやると心の中で決意して、楓は笑いながら誤魔化した。


「千崎さん。もう駅についていますか?」

「はい」

「申しわけありません。実は少しトラブルが起きまして少し遅れそうなんです。西口の近くに有名なケーキ屋があると思うんですがわかりますか?」


楓は辺りを見回すと、確かに聞いたことのある有名なケーキ屋が近くにあり、少しだが列ができている。


「はい。わかります」

「良かったら、そちらの中で待っていただけますか?こちらもすぐに向かいます」

「じゃあ、出来るだけ入り口から見やすい席を取れるようにしますね」

「ありがとうございます。私の服装なんですが黒いスーツに鞄に熊のキーホルダーがついているので、たぶん分かると思います」

「了解です。ぼくは赤いパーカー着てるのでわかりやすいと思います」


軽く挨拶した後楓は電話を切り、ケーキ屋へと向かう。店の中を覗くと、奥でお茶ができるよう喫茶店みたいになっていた。

そしてどうやら、列のできているのはテイクアウト用のものだと理解して楓は店の中に入る。

すると、店員がやってきて「お一人様でしょうか?」と訪ねてくる。


「後からもう一人くる予定なので二人です。あと、できれば入り口から見える席でお願いします」


そう返すと店員は少しお待ちくださいと言ってその場からいなくなった。


先に入っていた数人のお客さんが会計を済まして、横を通り過ぎていく。

その時、今話題の映画の話が聞こえてきた。



そういえば、この近くの映画館で上映してるんだったな。



テレビでも今一番話題になっていて、映画ランキング1位なのだとか。

せっかくなら見てみたいが、確か恋愛ものと聞いた。

さすがに1人でそれを見に行く勇気は楓にはなかった。


店内に視線を移すと驚いたことに、男女のカップルや女の子同士がほとんどだった。

いや、驚く事なんてないのかもしれない、逆に1人でケーキ屋に来る方がおかしな話だ。

少しすると、店員の人に席を案内され歩き始める。

ちらっと、通路を歩いていると同い年くらいの女の子に不意に目がいった。


顔立ちが整い、綺麗な長い髪。そして綺麗な瞳。

ほんの一瞬だが、楓は雫のことを思い出した。

なんというか、複雑な気持ちだ。

そんなことを思いながら楓は女の子の横を通り過ぎる。


見た目や服装から、ああいう子はすごくモテるんだろうなと思った。

自分とは違い、ゲームなどは軽く嗜む程度で休みの日は友達や家族で出かけたり現実を満喫しているに違いない。彼氏とかもきっといるのだろう。


そんなことを考えながら、楓は案内された席へと座る。入り口からでも見やすい位置。少し安心しながら、楓は少し辺りを見回した。


1人でいるのは自分だけのようだ。少し場違いなのではないかと思いながら、楓はサティスが来るのをまだかまだかと待った。


スマホを開いて、いつも見ているアナザーワールド情報掲示板を軽く確認する。

未だにチート野郎という話題は治まっておらず、逆に最近天輪の舞姫、アイナといることで変な噂が流れ始めていた。

天輪の舞姫がチート野郎とパーティーを組んでいるのは弱みを握られているからとか、ゲームに負けて奴隷にされているとか。

不思議なことに恋人関係なのか?というものは全くなく、自分の悪評ばかりだった。

最近のことを考えると、気が重くなる。

テーブルの上にあるメニューを見ながら楓はため息をつく。


「千崎楓さんですか?」


不意に声をかけられた。

席のすぐ横、1人のスーツを着た女性がそこに立っていた。

肩くらいまである髪に、お淑やかな雰囲気の女性。

一瞬誰なのかわからなかったが、鞄に着いた熊のキーホルダーを見て楓は「あっ」と声を出して気がつく。


「サティス…さん?」

「はい」


正直、驚いた。

アナザーワールドで出会ったサティスというプレイヤーからは想像もつかないほど、真逆の雰囲気の女性だったからだ。

黒髪に長いまつ毛。凛とした顔立ちに穏やかな目。

美人かと言われるとそうではないが、大抵の人なら、かなり好印象を持てる雰囲気をした女性。

彼女がサティスとはあまりにも信じられなかった。


「すいません。遅れてしまって」

「あ、いえ」


サティスと名乗る女性は椅子の横に置いてある荷物置きに鞄を入れ、空いてる席に座った。

女性は横の髪をかきあげ、楓に向きあう。


ここで楓は所持スキル。

人見知りを無意識に発動させた。


このスキルによって、楓はろくに他人と話すことができないという能力を得る。


と、馬鹿みたいなことを考えながら楓は苦笑した。

身体が強張り、顔が硬くなる。

もしここがアナザーワールドなら、今すぐ転移結晶を使って逃げ出すところだ。


軽く息を吸って覚悟を決める。


その行動を最初から最後まで見ていた女性は優しく微笑み口を開いた。


「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」


楓は引きつった顔で笑う。


「今日は会っていただきありがとうございます。」


女性は礼儀正しく頭を下げると楓も反射的に頭を下げた。


「改めて自己紹介させてもらいます。私は、涼峰(すずみね) 紗江子(さえこ)と申します。いつもはVRゲームの開発やシステムの管理、その他色々なことを仕事にしております」

「はぁ…」

「ゲームを作ってる会社でクロック・スフィアって聞いたことありませんか?」


株式会社クロック・スフィア。

世界初、フルダイブ型VRゲーム機を開発させ、数多くのゲームを作り上げてきた大手のゲーム会社だ。

アナザーワールドにアクセスするための腕輪のようなリングもクロック・スフィアが作っているものだ。


楓は思わず口を開いて質問する。


「あの、そんな大手のゲーム会社で働いてる人が、僕に何のようですか?」

「そうですね。まずは、色々と話さないといけないことがあるんですが…」


紗江子はテーブルの上にあるメニューを手に取り一通り眺めたあと、楓の顔を見ながら無邪気な笑顔で


「まずは、ケーキ。食べてもいいですか?」


と、言った。


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