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天輪の舞姫8

時計の針の音が静かに部屋に響いていた。

閉じていた目蓋を開き、見慣れた天井が目に入る。


千崎(ちさき) 藍那(あいな)は、ゆっくりと寝ていたベッドから起き上がり、洗面所へと向かった。

蛇口をひねり、水を出す。

冷たい水で自分の顔を洗い、用意しておいたタオルで顔を拭く。


目の前にある鏡に自分の姿が映る。


焦茶色の長い髪。

整った顔立ち。健康的な肌に綺麗な瞳。

まるで、人形のように可愛らしい少女。


藍那は鏡に映る自分の頬を触り、髪の毛に視線を向けた。


「ブリーチして、真っ白にしたいなー」


学校の校則上、髪が明るすぎたり、目立ちすぎるのはいけないとわかっていながら藍那はそう呟いた。


アナザーワールドでは、あんなにも自由な世界なのに、どうして現実はそうではないのだろうか?

門限や校則、法律。

自分を守るためのものとは理解していても、納得できない部分は少なからずある。


鏡から手を離し、洗面所をでる。

リビングにでて、誰もいない広い部屋を見渡した。

片付いた部屋の机の上に手紙が置いてあり、藍那はその手紙を開く。



明日、明後日と帰れません。

ご飯はバランスよく食べてください。


母より



「大っ嫌い」

手紙を置いて、藍那はため息をついた。


テレビをつけて、薄暗い部屋で1人有名なアイドルの冠番組を流し見する。

番組の途中にCMが挟まれ、不意にアナザーワールドでのことを思い出した。


サイト・ルクス。

チート使いのプレイヤー。


たった1人でレイドボスを撃破し、アナザーワールドに名を挙げた有名人。

今日、共に冒険し戦って、沢山の疑問が生まれた。


彼が本当にチート使いなのか?

どうして、本当のことを教えてくれないのか?

なぜ攻撃をせず守るばかりなのか?


氷雪の魔女の部屋に行くまで、サイトがモンスターに攻撃したところを一度も見なかった。

否、氷雪の魔女やクリスタルゴーレム、今回の冒険で彼が攻撃を仕掛けたところを見なかった。

攻めるチャンスはいくらでもあった。

それなのにどうして?


防御特化型プレイヤーだとしても、受けるだけのプレイヤーはいない。


「アクセスリンク…」


いくつも存在するユニークスキル。

藍那は自分が知らない特別なスキルをサイトは持っているとふんでいてた。

それが防御特化型プレイヤーに似たステータスを所持している理由だと思った。

サイトのことがもっと知りたい。

もっと話してみたい。


次から次へと湧いてくる好奇心を抑えることができなくなっていた。


「明日はどこに行こう」


1人部屋の中藍那はそう呟いた。






アスタリテ。

喫茶店の名前はカフィース。


サイトはアイナと別れてから、ナッツというプレイヤーと会うため、その喫茶店に向かった。


「あれ?あんたさっきの」


二度目の来訪ということで、店主のサティスに顔を覚えられたようだった。

サイトは一言、「どうも」と挨拶して、店の奥の方にいる男の元に向かった。


ナッツ・ナッツ。

アナザーワールド、有名な情報屋の1人。

そして、サイト、もとい楓の現実の友達である明日斗本人だ。

フードを被り、首にはゴーグルをかけてある。

フード越しに見える顔の左頬には赤い線が二本引かれている。髪は金よりは少し暗いイメージ。

装備は腰に二本の短剣に、動きやすそうな軽装備となっている。


「よっ!お疲れ」


フード越しからでもわかる笑顔に、呆れながらサイトは口を開いて、今回のクエストについて語り始めた。

隠し部屋の場所、モンスターの名前、攻撃のパターン。

監視役のアイナについて。


ある程度話し終わると、注文して運ばれたコーヒーカップを手にして、ナッツはクスクスと笑い始めた。


「やっぱりお前最高」

「は?」

「それ俺がお前に渡した情報と違う場所だぞ」

「どういう事だよ」

「だから、お前たち情報とは違う隠し扉を見つけてるって事」


サイトは首を傾げた。


「俺も情報の伝え方が悪かった。氷雪の魔女のいる部屋に入って左手の方にあるって伝えるべきだった」

「いや待てよ。隠し扉は入って右手にあったぞ」

「俺は部屋にあった玉座から見て右って伝えたつもりだったんだよ。だから、簡単に説明してしまえば、お前たちはまだ、誰にも知られていない隠し扉を見つけたって事だ」


軽く声が漏れる。

ありえない話じゃない。ダンジョンに潜れば未だに発見されていない部屋を見つけることは多い。


「どうりで、情報と違うわけだ」

「いやー。思わぬ情報が手に入って儲けもんだな」

「報酬は…」

「今度のテスト対策をまとめたノートでいいか?」

「決定」


サイトたちのところにサティスがやってきてコーヒーを運んでくる。


「頼んでないんですが…」

「あんたセナの友達だろ?なら、私にとっては大事なお客さんさ。今回は私からのサービスだよ」


大きな声で笑いながらサティスはそういった。


「ありがとうございます」

「いいって事さ!!!」


そう言ってサティスはその場から立ち去る。

運んできたコーヒーカップに視線を移すと受け皿に2つ折にされた一枚の紙が置いてあることに気づいた。

紙を開き中を確認する。


今度の日曜に小々波駅近くでお話があります。

13時頃、西口改札を出てすぐのコンビニの前で待っています。

時間の都合が合えば来てください。


サティス


サイトはこれが何を意味するのか理解できなかった。

すると、ナッツはサイトの表情から察して口を開いた。


「暇なら行くといい。あの人悪い人じゃないから」

「知り合いなのか?」

「先月からな」

「先月?」

「俺も似たように誘われた。まぁ、俺の場合は告白されるのかなって思って行ったんだけど」

「…これって、リアルの話だよな?」

「小々波駅がこの世界にあるなら行ってみたいな」


小々波駅は現実世界にある駅の名前だ。

しかも、サイトが住む家から歩いて行けるほどの距離。

多少の不安を感じつつ、サティスが話したいと言うことについては気になった。

奥の方で、コーヒーカップを丁寧に拭いているサティスを見た後、2つ折の紙を見る。

目の前にいる彼女からは想像がつかないほど、丁寧な字と文面。


単なる気まぐれ、興味本意。

サイトは次の日曜にサティスに会う決意をした。


コーヒーカップを手に取り、口にする。

コーヒーの香ばしい香りと程よい苦味。コーヒー好きにはたまらないだろう。

サイトはカップを置いて舌を出してこう言った。


「苦い…」


どうやら自分にはコーヒーは早いようだ。

そう心の中で呟いた。





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