絶望は無視するに限る……という事
や、やっと書けた……この三ヶ月間、柄にもなくスランプに嵌まり、挙げ句にゲームに逃げる始末、もう誰も読んでくれねーよと思いつつも、物語を進めなければという想いだけでやっちまいました。
キャラクターの心情に迷いながらも切り捨ててはいけないものが有ると信じて、これからエンジン掛けるんで宜しくお願いします。
冬の直中に在ったその日の朝を後に『彼女』は述懐する……
己を取り巻く世界がその日を境に崩されたとーー否、実感したのだと。
……陽光が寒気を和らげようとする最中、朝食を摂った後で腹ごなしをしようとターニャに誘われるまま、修道院の脇でひっそりと立つ老木まで出て来たオリハであったが『組み手』でもと言葉少なく提案した彼女へ返ってきたのは何処か素っ気ない返事であった。
「……アンタね、そっちから声掛けておいてソレはないんじゃない?」
「あはは……やっぱそやなゴメンやで、ウチは此所まで誘い出すよう頼まれたんよ。」
『誘い出す』その一言に一瞬だけ表情を曇らせるオリハ、そんな彼女へ応える様にターニャは顎を釈ってみせる。
背後から微かに霜を踏み締める音を聴き、事情を察したのだろう……オリハは無言で老木の幹を拳で叩いた。
「……その『爺さん』をあまり苛めないでほしいな。」
予想だにしない打撃音に苦笑しながら、その人物、いや猫人たるスポタマスはそう呟くと一定の距離で止まった。
「……訳の判らない事を言わないでください、それに良いんですか私に近づいて?」
「うん……実は薬がやっと調合出来てね、ホントは毛染めに使うワックスだったりするんだけど必要な処に撫で付けてあるから、今日1日位は体毛の飛散を防げるよ、それに今は君の風下で立っているし……。」
その言葉に呼応する様にオリハの後方から吹き抜けた風がスポタマスの髭を揺らす。
この時、オリハは彼の言葉に違和感ではない別の引っ掛かりを感じていたが、微笑みながら真っ直ぐに自分を見据えて歩を進めるスポタマスから何故か眼を離せずにいた。
そしてオリハへ手の届く距離にまで来て、スポタマスは残された左手で老木の幹を撫でてみせる。
「自然に明確な自我が宿る事はないーー俺達獣人の信仰ではそう教えられるが、物事には例外と誤解があるってのが大陸を旅してきた俺の実感でね……。」
……スポタマス曰く、この周辺は清謐で穏やかな気が流れているという、おそらくこの『爺さん』は修道院が建設された当初からみんなを見守ってきたのだろう、そして何時しか気の流れに乗った残留思念が滞留し老木へ宿って希薄な意思を形成したのではないかと……。
「(ありがとうよ、あの時、俺の痛みを和らげてくれただけじゃなく、おそらく彼女達を呼び寄せた物音も爺さんなんだろう。)」
「そういやウチも昔、その木から落ちたけど……怪我ひとつせぇへんかったわ。」
そうおどけて見せるターニャへ溜め息を洩らして視線を向けたオリハはそのまま口を開く。
「それで?……私を呼び出して何の用件ですか、謝罪ならもういいですから帰りますよ。」
「いや、そうじゃないんだ……すまない、その、悪いが頼みがあるんだ。」
歯切れの悪いスポタマスの言葉へ苛立ちを覚えながらも、言葉自体に含まれた感情が気になるオリハ……それが悲しみだと気付くには彼女の心はまだ未成熟だと云えた。
「連れて行って欲しいんだ……君のお母さんのお墓まで。」
その瞬間、予想だにしなかった名前を聴き、オリハだけでなくターニャも驚きで眼を見開く……修道院で暮らす年長組の子供達にとって、亡くなったイノリとは春の陽射しであり、晴れ渡る蒼空の様な存在だった。
それだけに彼女を喪ったという現実は戦禍で親を亡くした子供達にとって、抗えぬ追い打ちとなっていたのだろう。
「タマさん……あんた、イノリおばちゃんとどういう関係なん?ウチらの傷に塩塗り込む気ィなら許さんよ。」
オリハを気遣い、語気を強めてスポタマスを睨みつけるターニャ……だが沈黙を称えたそのスリットの瞳に自分達と同じ感情が深く、静かに、沈み込んで居座っているのだと即座に察する。
(おばちゃんの代わりは出来ひん、けど、けどな、ウチはオリハを独りに絶対しないから……安心してな。)
かつて、最期に棺へ横たえられたイノリと勝手に交わした約束が脳裏に過った……。
「……オリハ、案内したらエェやん。」
一拍の沈黙の後、そう軽快に言葉を紡ぎ手の平を返すターニャ。
「何を勝手に決めてんのよ!?」
その瞬間、視線を足下へ落としていたオリハであったが怒りを露にしてターニャを睨みつけようとするーーが、そこには何時ものような柔和でというより『締まりのない』笑顔は成を潜めていた。
「あんたがやらないなら、ウチが案内したる。」
「……なんで……。」
「なんとなくや……おばちゃんの事を悼むヒトを無下に出来るんか?あたしらが……。」
瞳を一切逸らさず、真っ直ぐに言い切ってみせたターニャ……その言葉の音色がただ、ただ静かにオリハの背中を撫でた。
結局、オリハは案内を了承し、スポタマスは安堵の溜め息をひとつ洩らす。
そして視線だけを一度、猫人へ向けて踵を返すと墓地へと続く庭園の坂道へ歩き始めるオリハ……。
「……。」
まだ幼さを残すオリハの背中を眺め、眼を細めるスポタマス……。
肌寒い木洩れ日を感じながら、連なって歩く二人……それは穏やかで、そして彼が望んだ時間に他ならない……のだろう。
この街に辿り着きイノリの死を最初に知った時、残されたオリハの孤独を想像しタマは胸が張り裂けそうだった……。
だからこそ、何を於いても彼女を引き取り何処か戦争の影の及ばぬ地に根を降ろそうと考えていたのだが……実際にオリハと再会しタマは己れの判断が分からなくなってしまった。
彼女の周囲にはイノリを悼み、彼女を気に掛けて家族同然に慕う人間達が居る……其処から連れ出す事は間違いではないのか?
また、寄り添いたいと願うのはオリハのためでなく、自分を満たすためではなかろうか?……イノリの身代わりとして彼女を求めているのか?
ロクにオリハに近づけぬ身体で……残された左手さえも血で汚れているというのに……。
堂々巡りする思考の果てに、出した答えは区切りを付ける事……都合の良い『逃げ』と知りつつも遠くから彼女を見守ろう、その切っ掛けとしてせめて最後にイノリの墓前で許しを請うつもりだった。
「(認めたくなかったんだろうな……何気なく、墓地へ足が向かなかった。)」
「ひとつだけ、聞いてもいいですか?」
「……?」
「ママ……じゃなくて、母とは何処で知り合ったんですか。」
霜を踏みつける音が庭園へ溶けてゆく中でオリハの白い吐息を見詰めるスポタマス……。
無言が応えを促すかの様に思え、僅かな戸惑いを感じたがオリハと自分の繋がりを彼女に話す事は不必要な禍を呼ぶだろうととうの昔に理解していただけに彼に淀みはない。
「君が生まれる以前、イノリさん……お母さんは獣人の里へ身を寄せていた時期があってね、彼女にはマチカント語を教わった縁と恩がある。」
「そう……ですか、じゃあ私と会った事はないんですね。」
「この街に来て君を知った……残念だが面識はなかったよ。」
そう断定し、溜め息を洩らすと不意に、いつの間にか比較的に拓けた場所へ出た事に気付くスポタマス……前方になだらかな坂道が広がり眼下に墓地を見渡せた。
「良い街だな此所は……彼女が根を降ろしたワケが分かる気がする。」
何気なく呟かれたその感想を耳にし、一瞬だけ肩越しにではあったがオリハはスポタマスを見た……。
穏やかであるはずのその表情に……彼女は訳も解らぬまま胸が苦しくなったという。
何か言葉を掛けなければいけない、不意にそんな思いに囚われていたが結局、声を発する事は出来なかった……何故ならばそんなオリハの停滞を打ち破るかの様に次の瞬間、突如として鐘の音が三回、風景へと鳴り響いたからだ。
「……。」
それはスポタマスにはのどかな街の風情に思われたが街の住人達にとっては異なる実状であるのだろう……その事を彼はオリハの反応から違和感という形で察知する。
「この鐘は……」
そう言葉を言い掛けた時、後方からターニャが神妙な面持ちで駆けて来た。
「聞こえたやろ今の、院へ戻るで!」
息を切らせたまま、おもむろにオリハの腕を掴み踵を返そうとするターニャ。
「タマさんも早よ、あれは警鐘や二回で屋内避難、三回目で自警団へ招集を掛けとるんや。」
次の瞬間、何かへ反応したかの様に墓地へ、否、街並みへと振り返り風に髭を靡かせるタマ。
「(アルコールと興奮物質が咥内で混ざったクサイ匂い……それと鮮烈な血か。)」
風に乗ってきた微かな匂いの種類を記憶から引き出し、表情へ現れそうになった不快感を瞬時に笑顔で抑え込むタマ……。
「君達は先に戻りなさい。」
そう一言だけ呟き、振り切る様に二人を置き去りにして、坂道を駆け降りて行くスポタマス……見る間に彼の姿は遠く、小さくなってゆき墓地へと入っていった。
おそらくは墓地を通り抜けて街へ入る気なのだろう。
微かに残されたスポタマスの余韻に、オリハはまたも自身が感じている奇妙な苛立ちに気付く……。
「しゃーないな、うちらだけでも戻ろうや。」
「……。」
「……オリハ?」
~ アクアノー中央広場 ~
怒号、悲鳴に混じる、低く内側へ響く鈍い音……それは聴く者を狂気へと駆り立てる音。
そこには約五十名程の男達が数名の男女を取り囲み、鬱憤を晴らすかの様に私刑を加えていた。
酒をあおりながら奇声を発し、遊び感覚で代わる代わる殴り付けてから小便を掛ける者までいる……下卑た笑みで数名の男達が女性の髪を引き回し、衣服を……ナイフで引き……裂く。
一方的な暴力に曝されながら、数名の者達は何事か叫んでいる……それは明らかに異国の言語であり、汚泥にまみれ不衛生であったが身に纏う衣服は特徴的な意匠が視られ胸にはブリニガン聖教とは違うシンボルが掛かっていた……のだが自警団という名の凌辱者達には関係なかった。
数人に抑えつけられた女性の上に一人の男が舌舐めずりで覆い被さろうとする次の瞬間!
女性の悲鳴よりも早く、乾いた炸裂音が響き渡る……。
静まりかえる広場の中、全員の視線が集まった先に起っていたのは……オリハとその背中に隠れるターニャであった。
鼻が陥没し顔面を抑えて悶絶する凌辱者へ続けざまに放たれるオリハの飛び膝蹴り、綺麗な破砕音と共に180㎝程の巨漢の男は宙で弧を描き飛ばされる。
と同時に虫を見る様な冷たい表情のターニャが両靴のつま先に仕込んだ短刀を展開し、女性を抑えつけている男達の顔を十字に斬りつけていた。
「……あんた、何時からそんな物騒なもん履いてたのよ。」
「ん……オリハよりはか弱いからな~ウチの護身術は『武器』やで、間違っとるか?」
そう言いながら女性の上半身を起こし、後方へ引き摺りながら距離を取るターニャであったが未だ自警団に取り囲まれている事態に変わりがなかった。
「(思わず飛び込んじゃったけど……最悪だ、巻き込んでごめんターニャ。)」
「……んな後悔を顔に出す位なら、ハナから動くなバカオリハ。」
男達の下卑た怒号を一身に受け、尚、鋭い眼光で睨み返すオリハではあったが内心では背筋を駆け巡る悪寒を必死で抑え込んでいた……無理もない、彼女は今日初めて、街の、人間の負の面をまざまざと見せつけられたのだから。
「んだぁ、コイツら修道院のガキ共か屋内避難を無視して余計なトコ視られたな。」
「構わないだろ、俺達は正義の自警団なんだ……街に侵入してきた難民に修道院の子供が不幸にも殺されたって事にしようぜ。」
「その前にタップリと可愛がってやるぜターニャ。」
「誰かと思ったら、この間、ウチを拉致ろうとしたゲス野郎共も自警団のメンバーかい……。」
じりじりと両者の距離が詰まってゆく……難民と思われる者達は過度の暴力に曝され最早動く事すら儘ならないようで、全員両手を組んで祈っている。
「(やるしかないか……最悪、ウチを盾にしてオリハだけは逃がせばいいとして、タマさんは何処行ったん、先に行ったやろうがっ。)」
切実な……あまりに切実な心中からの愚痴であった。
スポタマスと別れた約二十分前、彼が気になるからと連れ戻すために後を追った二人であったが、どうやらスポタマスより先に広場へ辿り着いてしまったようで、その異様な修羅場に当初は自重を促し引き留めるターニャであったが、次第に悪化してゆく事態へ重しを弛めていったのも彼女自身だった。
もしオリハが動かなければ、ターニャだけで奇襲を掛けていたかもしれない。
或いは本能的にターニャの怒りを察したが故に飛び出したのか……それを考える時間は残されていない様に思われた。
最初から勝負にすらならない……先程鼻を陥没せしめた男も立ち上がり、怒りと凌辱に燃えた眼光をオリハへ向けている。
均衡が崩れた瞬間、難民だけでなくオリハ達も呑み込まれるのは火を見るよりも明らかだろう。
だが衝突は避けられない、賽は振られてしまったのだから……そう意を決し、拳に力を込めるオリハ。
しかし、またも事態は彼女達の予期しない方向へ展開するのである……。
次の瞬間、裂迫の気合いが込められた咆哮が自警団の怒号を打ち消した。
瞬く間に青褪めてゆく団員達を余所にオリハは咆哮の主へと視線を向けると……。
其所には長身ではないが凄まじい体格で髭を蓄えた、お伽話で読んだドワーフの様な壮年の人物と……連なって後を歩くスポタマスの姿があった。
「これはどういう事でぇ?」
呟きと共に口端から洩れる歯軋り……おずおずと壮年の人物へ近づいてゆく自警団の一人。
「だ、団長……これは違うんです、街外にいる奴らへのみせしめのためで……。」
「無抵抗の女を犯すのがみせしめか?」
鋭く疾走る眼光、次の瞬間。
言い訳に終始した団員の顔面へ凄まじいまでの轟音を上げ、鉄球を想起させる裏拳が炸裂し、団員を同じ穴のムジナ達の群れへと吹き飛ばした。
「で……タマさんよ、あんたの申し出通りコイツらは無害なのかい?」
「ええ、間違いありませんよガストン団長。」
ガストン……壮年の男をそう呼び、タマは前へと進みでると一瞬、冷たい視線をオリハとターニャへ向けるがやがて倒れている難民の一人を抱き起こすと異国の言語を呟き始める。
スポタマスの言葉に驚きを隠せない難民達……中には涙を流して彼を拝む者すらいた。
「……彼等はヤハヌの民、『非暴力』を掲げるミンプット教に帰依している北方の民だね。」
「北方!?今まさに戦争中だろう、非暴力じゃあねーじゃねーか。」
「彼等の中にも故郷を守るために戒律を破った者達がいる……だがこの地方へ辿り着いた者達は戒律を守り、外に大半を残して助けを求めるためにアクアノーへ入ってきたんだ。」
「それを信じる根拠は?」
「俺の言葉が通じた事実と、後はあなたの団員達に訊いてみてくれ、彼等から暴力を受けた者がいるのか?その娘らが打ちのめした者以外でね。」
滔々と流れるタマの言葉が終わった後、周囲の団員達を見回すガストン……誰一人としてガストンの眼光を正面から受けようとする者が居なかった事が返ってタマの正当性を裏付けている様であった。
「情けねぇ腑抜け共がっ!……で、実際問題、街の外に何人いんだよ。」
その問いに再びヤハヌの民と言葉を交わすタマ……だが一瞬、彼の表情が曇る。
「破壊された北方の関所とこの地方の間には広大な砂漠地帯があるが大半の民はそこを越えられず息絶えたらしい……だがそれでもアクアノーの外に八百人、周辺の町へ流れた者も含めれば千数百にはなるだろうと……言っている。」
「分かっていると思うが、連盟騎士団の件がある以上、彼等を受け入れる事は出来んぞ。」
その瞬間、ガストンの威圧を込めた眼光を正面から受け、尚、不敵に笑ってみせるスポタマス。
「俺は気ままな猫の行商でね……売りつけたい奴に売りつけるだけさ。」
続く
えーどうでしたでしょうか、話の展開がかなり歪であると自覚しておりますが、今後の課題という事でぇ許してつかぁさい。
あ、ダメっすか、すいません……どうか見捨てずに読んでやってください、お願い致します。