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彼の猫は其の髭に誓う   作者: 下心のカボチャ
5/12

日常の最中

冬らしからぬ快晴の日差しが夜からの冷気を追い払う最中……オリハとターニャは朝食が入ったバケットを受け取り、庭園を抜けて離れの前まで来ていた。


そこには煉瓦造りの古い煙突小屋が建ており暖炉はあるものの、普段は造園に必要な用具の置場であるため、およそ生活に適した場所とは言えなかったが急遽ベットと最低限の用品が運びこまれタマへ開放された。


あまり人の出入りがないためか、庭園とは違い小屋周辺は雑草が生い茂り石段の隙間からは苔がむしている。


視線を屋根へと向けると煙突から立ち上る煙りが頼りなく朝焼けへ溶けてゆく……。


「猫さん起きとーかな?」


「スポタマスさんね……。」


その何気無い物言いに僅かな棘を感じ、溜め息をつくターニャ。


「朝っぱらからピリッとしてんの。」


「別に何でもないから……ほら、行くよ。」


そう言葉だけを紡ぎ、離れのドアをノックしようとするオリハ……だが不意に途中で手を止める、小屋の裏手から物音が聴こえたからだ。


無言で顔を見合せ、小屋の裏へと回り込むオリハとターニャ。


「……。」「ここに居たん?」


其処は、其処には……修道院の西角に位置する石垣の手前、独りで守護するかの様に枝葉を延ばすその大木の幹へと背中を預け、猫人は座していた。


「こんな寒いトコで何しとるの?」


何気無く声を掛け近づいていくターニャ、その背中越しに視えるスポタマスへ何処か言い知れない不安を感じたのか躊躇いながらオリハも遅れて歩み寄ってゆく……だが次の瞬間、淀みにも似た眼光がオリハを捉える。


「来るな……君は私……に近づくな。」


眼を伏せたまま荒く強い口調でそうタマから制され、拭いきれぬ不安感が彼女の足を留めた。


重苦しい空気と悼たまれない数秒の沈黙、否、ターニャは瞬時にフォローしていたがオリハの耳には届いていない。



……彼女の心に貼り付いた『拒絶』がそう推したのか、『戻るから。』と一言だけ絞りだし、オリハは踵を返して走り去ってしまう。


その様子に一瞬、呼び止めようとするターニャであったが『こうなった』オリハには言葉は通用しないと悟り、差し向けた手を留める。


「……ちょっとは聞けやアホォ。」


小さくなってゆくオリハの背中へそう愚痴を溢してから、改めてタマへ猛烈にそしてネチっこく抗議してやろうと意気揚々、ヤル気満々で向き直るターニャ……であったがある違和感に一瞬、感情が停滞する。


「…………。」


「もしかして……調子、悪いんか猫さん?」


二拍の間の後、僅かに開いた眼光で心配そうに覗きこむ少女を見上げ、タマは途切れがちに口を開く。


「すまな……い、外気に触れて、ればじき治まる。」


「そうなんか、でもな、今のは……言い過ぎと違う?オリハは昨日のお礼を言いたいってついて来ただけや……。」


切々とした少女の染み込む様な言葉へ微かに咽を鳴らし頷いて見せる猫人……。


「すまなかった、認めるよ、今のは言い過ぎた……ただあまり……私に近づくのはあの娘の、体に善くないと思った、だけなんだ。」


「……?」


「昨日、彼女のクシャミが止まらなく……なったのは見ただろう……あれは空気中に飛散する私の体毛を吸い込んで、しまうのが原因だろう。」


「体毛……人間には毒なん?」


そうあっけらかんと呟くターニャに眼を伏せながらも髭を揺らして笑うタマ。


「いや、それ自体に害はないよ……私達『猫人』の体毛は普通の猫より……細かくてね、だから過剰免疫(アレルギー)や気管支等の……呼吸系の疾患を持つ人間が吸い込むとクシャミや、重度に……なると発作を引き起こす事があるんだよ。」


「かじょう……めんえき?」


腑に落ちないといった様子の少女へ首を傾げる仕草でおどけてみせるタマ……人心地付いたのか呼吸の乱れが穏やかに是正されてゆく。



「いや、すまない、やはり君の言う通り……彼女個人にしてみたら確か……に私は毒にしかならないのかもな。」


何気無く呟かれたその言葉には何処か心を撫でる様な響きを含んでいる気がして……一拍の間の後、少女は一息つくと微笑みと共にバケットを差し出した。


「とりあえずゴハン食べ、何もかも、それからでいいんやない?」


「そう……かな……?」


「うん、多分ええよ。」


「だな……(君があの娘の、オリハの友達なんだな……)。」


穏やかな笑みを浮かべ空を仰ぐタマ、流れゆく雲の向こうへ眼を細めて微かな雨の匂いを嗅ぐ……。



それからの五日間、タマはターニャを通じてこの『アクアノー』の街で緩やかな時間を過ごした……緩やかと言えば聞こえは良いが結局の所、やはり行商として仕入れる特産物等なく、特別観光できる場所もないのどかだけが売りの田舎で暇をもて余すだけであった。


それだけにターニャに街の案内を頼んだのは初回だけであり、その後は気が向けばブラブラと街を散策し、また気が乗らねば修道院で怠惰に過ごしている。


ただあれ以来、タマは何度かオリハへ一定の距離を保ちつつ、謝罪を試みたがターニャの援護やお膳立ての甲斐もなく無視され続けていた。


頑なまでに無視を決め込むオリハと遠くから身振り手振りでアピールするタマ……その様子が可笑しかったのか、修道院内に漂っていたタマに対する忌避感は薄れているようにも見えた。


実の所、一部で忌避感は確かに薄れている……手荒れに効く薬用ハンドクリームに始まり、修道院では禁じられている化粧品や冷え性等の女性特有の悩みに則した商品を試供品として修道女達へ配り、修道士達には秘密厳守の誓約と共にある商品を贈呈した……等と噂が一人歩きし始める始末である。


「火の無い処に煙りは起たず……か、怖いな。」


「うらっ!猫のおっさん!!」


「あっ!?いだだだっ……。」


修道院裏庭で呆けていたタマに突如として襲い掛かる『ヘッドロック』。


「隙あり!」「もらった!」


「っ!?」


ここぞとばかりに見舞われる『左腕肘十字固め』と『ヒールホールド』……幼年組の子供達三人による関節技が炸裂し、地べたに貼り付けにされもがくタマ。


「………。」


そんなタマ達の様子を眼下にカーテンの隙間から微笑ましく捉えている視線……ファベーラだ。


彼女は微かにワシ鼻を鳴らし、カーテンを閉めると鋭い眼光で振り返る。


そこにはデスクを挟み、アビゲイルとターニャの姿があった。


「それで……この五日間、奴さんに怪しい動きはなかったと?」


「ええ、うちが張りついとる間中しまりのない顔で街をうろつくだけでした。」


「やはり彼は『改宗者』ではないのでは?」


アビゲイルの問い掛けに溜め息を洩らし、デスクへ豪快に腰掛けるファベーラ……その表情はまだ消化しきれていない感情へ苛立ちを覚えているようであった。


「ここ数年、手を広げ過ぎたツケかね……どのみち暫く『出荷』はしないと皆に伝えとくれ、それと当座の資金も配るんだよアビー。」


「彼はどうします?」


「引き続き世話してやんな、警戒は解くんじゃあないよ。」


その言葉の余韻を引き摺りながら……眉をひそめ、カーテンを一瞥するファベーラ。


「あだだだっ!?ギブ!ギブだって!?」


屋外では未だ絶叫が響き渡る……耳をヒクつかせ、子供達に顔を引っ張られながらタマは修道院を仰ぎ見た。



つづく

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