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彼の猫は其の髭に誓う   作者: 下心のカボチャ
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始まりのはじまり

「商いは何だい?」


肌寒い冬の空気と何処までも広がる蒼い大空の下、国境の番人は眼前の男へ訝しげにそう声を掛けた。


「……。」


……その右腕の無い男は珍しい東方の衣服を纏い、編み笠を目深に被ったおおよそ役人から怪しまれても仕方のない出で立ちと云えたが背負った大棚から行商の類いであるとも推し測れたのだろう。


「……生薬や漢方等を扱っております、どうでしょう酔い止めの試供品がございますが如何ですか?」


その時、僅かに上向いた編み笠を目にし役人は驚きの表情を浮かべる。


「あんた獣人か……。」


「……ええ、可愛いの象徴である茶虎の猫ですが何か?」


「いや、そこまでは聞いてないが……獣人の大半は傭兵だろう、北方へ行くんじゃないのかね。」


北方……その言葉に思わず一笑し、左手で髭を揺らす猫人。


「おおっ……お役人様、私は視ての通りの隻腕ですよ戦場には活きませんや……南東部の街へ買い付けに行くだけですよ。」


『戦場に行かない』……そう捉えた胸中に沈黙と云う違和感が芽生え始めた数秒後、彼等の世間からの処遇を鑑みた番人は思わず目を伏せてしまう。


「アクアノーか、行商人が出向く程の特産品は無かったはずだが……まぁいい引き止めて悪かったね、善き旅をな……。」


半歩下がって見せる番人へ一礼をし、その猫人はひとつだけ白い息を吐くと視界の端で焦れた様に揺れる髭に気が付く。


「………。」


その瞬間、番人はすれ違った猫人が何処か自嘲気味にはにかんで見えた……気がした。


二拍の呼吸の後、彼が改めて振り返ると関所の石垣の先へ延びる街道で小さく、隻腕の右袖が寒気を割いてたなびいていたという。



~ かつて、大陸に永く続いた戦乱の世は列強と呼ばれし五大国の宣誓により、終わりを告げた。


しかしそれは、まだ過度期の最中の出来事でしかなく……あらゆる種族が時代の夜明けを待ち望んでいた。


そして此処にもまた ~



小高い丘へと続く石畳に響く凄まじい靴音。


年の頃で云えば七十代程であろうか……両手で裾を掴み、全てのシワを眉間へと寄せたかの様な形相で激走するワシ鼻の修道女。


眼を剥き、糸を引く唾液を覗かせながら理解に苦しむ絶叫がのどかな筈の街へ拡散してゆく。


だが途中ですれ違った羊飼いの青年はおろか、羊の群れさえ修道女に見向きもしない。


青年はパイポを燻らせながら、小さくなっていく背中を呆れた表情で見送った。


「……またか。」



「このっクソガキャアアアァァ!!」


重厚な扉を蹴り開けて鳴り響く、老婆(修道女)の口汚い絶叫。


「………。」


殺意が集約された視線の先には……修道士長執務室の床に正座している十代前半程の少女が不貞腐れた表情を浮かべていた。


「あれほど!あれほど!あれほどぉぉおぅ!酒とクスリと喧嘩はフッかけるなと……何度も言ったよなぁぁぁっ!?」


「い、いやシスターファベーラ……まずは貴女がお、落ち着きたまえ。」


背中を駆け上がる悪寒と怯えに耐えながら、神に頼る様に十字を胸の前で切る修道士長。


「ふしゅ……るるるる……。」


「………。」


何とも言えない重苦しい空気の中……ファベーラの息切れが次第に小さくなっていく、やがて頃合いを見て、というか耐えきれなくなった修道士長が口を開いた。


「……どうやらオリハの方が先に街の住人を襲ったようで、相手方が大怪我をしたと苦情を申しておりまして……。」


「そんな事は判ってるわっ!」


「ひぃっ!?」


オリハ……そう呼ばれた少女を怒りの形相で見下ろすファベーラ。

対してオリハも負けじとファベーラを見据えたまま、微動だにしない……。


「……。」 「……。」


「(もうヤダ……この空気。)」


「オリハ……お前、何で手を出した?」


その問いに暫く間を置いて、少女は途切れがちに言葉をぽつり、ぽつりと紡ぎ始める。


「……アイツらが、何時もターニャにしつこく絡んできてて……でも今日は何時もよりもしつこくて、ターニャも嫌がって抵抗したんだけど……向こうは四人居て、止めに入ったワタシも何処かに連れて行かれそうだったから……。」


「ほう……要は、ダチもろとも拉致られそうになったから、だからゴロツキ共をブチのめしたと……使うなと戒めて教えたアタシの護身術を、約束を破ってまで使ったと……お前はそう言いたいんだね?」


そう捲し立てながら、首を『コキコキ』と鳴らずファベーラ……オリハは黙って、小さく頷いた。


「(……ブチのめしたって、四人を!?……何なんだこの娘、恐ろしいだろ、護身術!?初耳だぞ。)」


今にも泣きだしそうな表情のオリハ……その噛み締めた唇の端につけられたアザを凝視するファベーラ。


生傷はそれだけではない……おそらくは一度突き飛ばされ、転倒した時に擦りむいたであろう肘の傷、また掴まれた手を振りほどこうとしたのだろう、二の腕に浮かぶ手形の鬱血跡。


「後悔しているのかい?」


「してない……約束を破った事以外は。」


そうオリハが断言した瞬間、一転して重苦しい空気を吹き飛ばす様に大口を開けて高笑いを上げる老婆……その表情からは怒気が消え失せていた。


……やがて一頻り笑った後、再びオリハを見据えてファベーラのワシ鼻が鳴る。


「ああっ気に食わない、気に食わない、気に食わないねぇ……アタシが一番気に食わないのはアンタだよオリハ。」


「………!?」


呆気にとられているオリハの両肩を抱き上げる様にして起たせるファベーラ。


「後悔してないのなら、出来る事をしたと思うなら……不貞腐れるんじゃないよ、正座までしてさ堂々としてな。」


「だって……正座は修道士長様が……シスターファベーラだってイジワルするから……。」


「バカだね、他人のせいにする奴はキライだよ……。」


言葉とは裏腹にその余韻は何処か涼やかさを含んでいた。


痩せた手が、肩まで伸びた少女の黒髪を穏やかに撫で回す。


「ほら、いいから……もう行きな、今日は礼拝堂の掃除当番だろ?」


「うん……ありがとうシスターファベーラ。」


「ああっ、ちょっとお待ち。」


「……?」


「掃除へ行く前にちゃんと傷薬を塗っとくんだよ。」


その言葉に笑顔で応え、オリハは『半壊』した扉を飛び出していった。


……後に残され、清々しい笑みを浮かべるファベーラの横で溜め息をつく修道士長。


「事情が判っていたのなら、あそこまで怒る必要はなかったのでは?」


当然と云えば当然の指摘にファベーラは鼻で笑いながら、嬉々として答える……。


「本気で怒って、そして褒めてやる……それが親代わりのアタシ達があの子らにしてやれる事でしょう。」


「なるほど……ところで、誰があの扉の修繕をするんですかね?」


「……。」


つづく



これが初投稿になります……。


拙くて不慣れな文章ですが見捨てずに読んでくれたら……嬉しいなぁ。

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