8話 『アレガミ』
「ヒャッハアアアー!! 久々に大暴れするぜー!!」
……なんだこいつは。こんなのがアレガミ? 異世界に出てくる敵はもっと化物とかドラゴンみたいな感じかと思っていたが、普通の人型だ。
容姿は金髪で長身。黒いスーツで、鎌を持っている。
アレガミはあちこちの家の屋根に飛び移り、鎌で破壊していく。破壊した屋根の瓦の破片が、ここまで飛んでくる。
「そこまでだアレガミ! 俺達が来たからにゃ、これ以上暴れさせねぇぜ」
「へっ……ぶぁーか。てめーらごときに殺られる訳ねぇだろ」
アレガミはぼく達の目の前の家の屋根に飛び移ってきた。
「……私達も随分となめられたものね」
「まずは、てめーらがどれほどの戦闘力か、コイツらで確かめてやる」
アレガミは指をパチンと鳴らした。それと同時にここいらの地面に多数の魔法陣が現れた。そこから、大量のゾンビのようなものを召喚してきた。
「さあ、イッツショータイム!!」
なんて陽気なやつだ。コイツの神経もよく分からない。
兵士達が一斉に武器を取り出した。ルミナさんは短剣、ガルートさんは斧、サイレンさんは太刀を取り出した。ぼくは何も無い。丸腰。
召喚されたゾンビ達が掠れた声をあげながら次々に襲いかかってくる。当然、ぼくの方にも寄ってきたが、ルミナさんがそれを阻止してくれる。ゾンビの頭が切り裂かれ、血が飛んでくる。何かの腐った、嫌な臭いがした。
「ヒロくん! もう少し離れてて!」
そう言われてぼくは後ろに下がった。そこからアレガミのいた場所を見上げた。いない。どこか行ってしまったようだ。
このまま野放しにしておくのはまずいんじゃないか。そう思い、みんなの輪から外れ、隣の脇道に入った。単独行動はもちろん怖いが、アレガミを見つけてルミナさん達の元へおびき寄せる事が出来ればお手柄だ。
住宅街を駆け抜ける。周りの家のほとんどが無惨に破壊されており、ただの瓦礫の山となっている。
「あのー。誰かいませんかー?」少し震え声で言う。
アレガミを探しながら、取り残された人がいないかも確認する。
「ぇー……」
微かに声が聞こえた。ぼくは足を止めた。その辺をキョロキョロしてみたが、しかし人の姿は見当たらない。
「えーん……怖いよぉ……痛いよぉ……」
子どもの泣き声だ。右の方から聞こえる。その辺りを見渡すと、ある一軒の家に目が留まった。その家に近寄ってみると、崩れた瓦礫に囲まれるように小さくうずくまっている女の子がいた。膝を擦りむいていて、そこから血が垂れている。
とりあえず、こんな危険な場所に小さい子ども一人でいておかせる訳にはいかないと思い、声をかける事にした。
「ねぇ、大丈……」
そう言いかけた時、すぐ近くから瓦礫の転がる音がした。びっくりして、反射的に音のした方を振り向いた。しかし、誰もいない。瓦礫の山で隠れて見えないだけかもしれない。
ぼくは隣の木の柱の陰に隠れた。その瞬間、そいつは現れた。
「ヒヒヒ……まだ生き残りがいたねぇ~……処分し損ねてたかぁ」
アレガミだ! 目の前のうずくまる子どもを見て、不敵な笑みを浮かべている。アレガミは、鎌を取り出した。
「ひぃっ!」
女の子が恐怖に満ちたような声を上げる。それに続き、ごめんなさいや許して下さいなどの事を言う。しかし、アレガミはその言葉に見向きもせず、片手で女の子の頭を掴み、持ち上げた。
「いやっ! やめてください! パパ! ママ! 助けて!!」
……ぼくはこんな光景を目にしているのに、恐怖感に負け、出る事が出来なかった。
アレガミは鎌を振りかざした。
「…………!!」
女の子はもう声すら出さなくなった。恐怖に囚われ過ぎて、声が出せなくなったのだ。アレガミはそれを楽しんでいるような表情をしている。
……ここでぼくが出なくては、間違いなく女の子は殺されてしまう。ぼくは竦んで動かなかった足を無理矢理動かし、柱から飛びだした。
「おい! アレガミ!」
「あん? てめぇ、さっきのガキ。なにしてやがる」
すごい気迫だ。泣きそうになる。しかし、ここで負けては意を決して出てきた意味が無くなる。
「……狙うならぼくを狙え! ぼくは地球の人間だ! お前はこの世界の人を殺し飽きただろ!他の世界の人間、殺してみたいと思わないか?」
「ほう、そりゃあ随分と良いことを聞いたな」
ぼくは来た道を全速力で戻った。このままルミナさん達の所までおびき寄せる事が出来れば、アレガミなんてすぐにやっつけてくれるはず。ここまでは作戦通りだ。
「ハッハー!! 鬼ごっこか? 面白ぇ!」
ぼくとアレガミには既に結構距離は離れていた。まさか、この距離で追いつかれるという事はないだろう。
先程のゾンビの召喚された場所が見えてきた。あともう少し、という所で、いきなり強風が吹き、ぼくは派手に転んだ。
早く起き上がろうとしたが、右脚にまるっきり力が入らない。どうかしたのか、手で触ってみる。生暖かいドロっとしたものに触れた。その手を顔の前にもってくると、何やら、赤い液体が付着していた。
息を呑む。ぼくは右脚に視線を移した。その光景は、ぼくに死への焦りを与えた。
ぼくの脚は、ふくらはぎから脛辺りにかけてザックリと裂け、大量の血が出ていた。激痛が走った。あまりの光景に、呼吸が荒くなった。それに、すごく寒い。
「オレから逃げられる訳ねぇだろうが!」
アレガミはまだ随分と遠くにいる。なのに、この斬撃はどこから……?
「オレは真空波を出すのが得意でね。てめぇがどんなに離れてたってな、外さねぇよ」そんな事って……
「……あああああ!!!」
痛みが耐えられない。悲鳴が出てしまう。その間にも、アレガミは迫ってくる。
「フフフ、死ね!!」
鎌をその場で振ったかと思うと、先程の強風が襲ってきた。ぼくは目を閉じ、死を覚悟した。
……衝撃がない。もう既に死んでしまったのか。ぼくは目を開けた。
そこには、ルミナさんの後ろ姿があった。
「大丈夫ですか」背を向けたまま言う。
ルミナさんは手をアレガミの方に向けていた。なにをしているのだろうか。
「防御魔法で、真空波を防ぎました。すぐに決着を着けてくるので、少しだけ待ってて下さい」
「ちっ……邪魔だ! どけ!」アレガミが怒り溢れた声で言う。
「どけと言われてどく訳ないですよ」
ルミナさんの伸ばしている手の人差し指にはめられた指輪が、黄色に光った。
「雷のフェアリーよ、私に雷の力を与えたまえ!」
中二っぽいセリフを言ったと思うと、綺麗な一直線を描いた雷が、高速でアレガミめがけて放たれた。
それは見事アレガミに命中した。巨大な爆発が起き、黒煙が発生する。アレガミの悲痛な叫びが聞こえた。その声に、何故か耳が痛くなった。
「終わりました。離れる時は、ちゃんと言って下さいよ。酷い怪我じゃないですか! ……サイレンさん! お願いします」
「やれやれ。面倒な世話を焼かさせないでくれ」
サイレンさんは、ぼくの足に手を翳した。指輪が白く光る。途端に、痛みがスッと消えて無くなり、切れた脚も、少しずつ治ってきた。どうやらこれは、回復魔法のようだ。
「これで応急処置は終わりだ。後で城で手当てを受けるといい」
「ありがとうございました……」
ルミナさんはぼくの腕を自分の肩にまわし、起こした。
「私にもたれても良いですからね。無理はしないで下さい」
そのままぼく達は城へと帰還した。




