57話 九死に一生
まったく、この世界では謎が多すぎる。一つの謎が生まれると次、また次とポンポンと謎が生まれる。しかも、その大半がまだ解決出来ていない。さすがに現状起こっている事の情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。
そして、今また一つ謎が生まれた。言うまでもなくこのザーガという少年の事だ。まず国が崩壊していて誰も住んでいないはずのこの場所にたった一人生き残っているし、第一ここまであの亡霊達によくも襲われなかったものだ。
現在少年はサイレンさんと横並びでぼくの前を歩いている。でもあのサイレンさんが彼を人間と判断したのだから、魔法も使えないぼくが疑う必要なんてないだろうけども。しかももうすっかりサイレンさんに懐いちゃってるし。これはこれで悪い気はしない。ここは素直にサイレンさんを信じて仲間が増えたと捉えておこう。
「……敵の気配が全くしないな。本当にここは悪霊の棲む世界か?」
サイレンさんがザーガ君との会話を切り、そう呟いた。何を話しているのかはよく聞こえなかったがサイレンさんにとって余程興味の無い話だったのだろう。
「そしてそれに比例するかのように仲間の気配も一切感じない。まるで僕達以外誰もいないみたいだ」
アニメで聞くようなセリフだったが、今の状況には本当に合っているセリフだ。上を見上げれば闇。空は無い。風も無いし、ぼくらの砂混じりの石畳の上を歩く足音以外は何も無い。あるのは蒼に包まれた廃れた街の景色のみ。この同じような場所をぼくらはどれ程歩き続けるのだろう。
「確かにそうですね。静かすぎて、逆に怖いくらいです」
「そうだな…………ん? 静かすぎて怖い……?」
「……? どうかしましたか?」
「そうか、そういう事か! おいヒロ! 今すぐ走れ!! 全速力でだ!」
「ええ!? 一体どういう……」
その瞬間、ぼくは何やら冷たい気配を感じた。背後から突き抜ける突風に紛れて、何かがやってくる……。
ぼくは恐る恐る後ろを振り向いた。そこには、ぼくの視界のギリギリに見える程度の距離の空間に、一部分だけ禍々しく青白い大きな亀裂が入っていた。
そして、それは現れた。それは白い竜だった。何とも脅威的で、おぞましい。すぐそこに存在しているはずなのに、その現実を受け止められない。
「走れ!」
ぼくはサイレンさんの一喝に我に返った。あの巨大な竜に呆気にとられていたらしい。
サイレンさんはすかさず少年を抱き上げ、それから間髪入れずに三人は街を駆け抜けた。ただ、何も考えずにひたすら走った。
「とりあえず今は走る事だけに集中しろ! 途中で脇道に逸れて、そこからどこかの建物に入る!」
「了解です!」
サイレンさんのその表情から、この状況がどれほど深刻なものなのか伝わってくる。しかしぼくは、言われた通り今は無心で青白い街をただただ走った。
だが既にぼくの息は切れかけていた。足には痺れが起き始め、前を向いて走る事すらキツかった。
でもここで止まってしまったら、今までここでやって来た事、ぼくがこの世界に喚び出された事も全ておじゃんになってしまう。この瞬間ぼくは初めて自分の限界を超えるのを感じた。
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
脛やふくらはぎにちょっとした痛みが走る。が、ぼくの足は止まることを知らない。これが俗に言う火事場の馬鹿力ってやつだろうか?
「よし、こっちだ!」
そろそろ酸素切れを起こすというところでサイレンさんが合図を出した。それに従い角を曲がると、大きな教会が見えた。
「その教会だけ他の建物とは違って全然崩れてないぞ! 結界があると信じて、一か八か行くしかない!」
言われてみれば周りの民家はほぼ崩れかけているが、目の前にある教会は不自然なくらい周りとは浮いていて、新築だと思えるほどに綺麗な状態で残っている。確かに、何かが施されていない限りここまでの外形は保てないはずだ。サイレンさんが言った結界というのはよく分からないが、この世界ではまたお馴染みのものなのだろう。
サイレンさんと考えている事が同じであれば、この一瞬でその全てを冷静に判断していて、今までに様々な修羅場を潜り抜けてきたというのが垣間見える。ぼくもその判断に身を委ねることにした。
教会の扉にサイレンさんと息を合わせてタックルをお見舞いする。思いの外脆かったらしく、突き破るというよりはぶち壊すような感じになってしまったが、無事建物内へ避難する事が出来た。
「はあ、はあ……。サイレンさん、もうぼく走れないです」
息も絶え絶えで汗にまみれながら仰向けになる。学校に真面目に通ってた時でさえ厭っていたのに、なんでこんな場所に来てまで持久走を強いられているんだか……。
「どうやら読み通りまだ結界が生きていたようだ。僕達がこの建物へ入った途端、大人しく引き返していきやがった」
「本当だ……助かった……」
サイレンさんの素晴らしい洞察力のおかげでまさに九死に一生を得た気分だ。いや、何度か例のアレガミに殺されかけてはいるんだけども。
ザーガ君は隣で涙目になりながら丸まっている。ぼくはそういう柄でもないが、この世界に来てからというもの、気持ちが分かるので優しく頭を撫でてあげた。
ぼく達よりも長らくこの場所に居るはずだが、あの竜を見るのは初めてだったのだろうか。
「サイレンさん、これからどうしましょう?」
サイレンさんはぼくの問いかけに、天井を見上げながら答える。
「とにかく、他の奴らと合流する他ない。僕達だけだと、またどんな厄介事に巻き込まれるか」
まあ、それしかないですよね。
そうですね、と一言返し、ぶるぶると震える足を無理やり立たせる。
「さっきの騒動で、近くにいるやつらが気づいてくれるといいんだが」
そう言ってサイレンさんは教会を出て辺りをキョロキョロと見回した。
「もう大丈夫だから、行こうか」
ぼくはザーガ君の手を握ると、サイレンさんの後を追うように歩き出した。




