55話 仲間を探しに
ぼくはサイレンさんと離れ離れになってしまった仲間を探す為、その場を離れた。お互いにここへ来るのは初めてなので、他のみんなのいる場所は見当もつかない。不毛ではあるがサイレンの言う通り、ここは虱潰しに探すのが最善策だろう。何もしないでただ待機しているよりは断然マシだ。
「……ほう、これはすごいな」
「?」
少し歩いたところで、サイレンが足を止めて驚いたような顔をした。ぼくも合わせてサイレンの向いている方を見ると、その景色に唖然とした。
一面に広がる蒼白い銀世界。どうやらここは崖の上になっているようで、ずっと下の方に言葉では表しきれない程の大きな街が見える。まるで何かの世界遺産のような、そんな幻想的な光景だった。
「なるほど。本当の古の都市はここではなくこの下にある大きい街ということか。もしかしたら、他のヤツらはそこにいるのかもな…………だが、見たところこの世界はドーム状の形をしている。ここから直で降りるには急斜面すぎるし、何か、梯子とかがあれば……」
言われてみればそうだ。ここを道なりにずっと歩くと一周して元のこの場所へ戻ってきてしまう。しかし、現にこの崖の上にも家があるのだから、人が住んでいた事は間違いない。だとしたら何らかの手段で下に降りる方法はあるはず。
「あのサイレンさん。下に降りる方法は絶対にあると思うので、もう少しこの辺を探索してみませんか?」
「……なるほど。君も僕と同じ考えにたどり着いたようだな。それなら僕も賛成だ。だが時間が惜しい、早めに見つけるぞ」
そう言って真っ白な白衣をはためかせてサイレンさんはこの絶景スポットを後にして右方向に歩み始めた。もうちょっとだけこの絶景を堪能したい気持ちがあったが、今はそれどころじゃないと抑え込んでサイレンの後に続いた。
「さっきの場所から、下の方へ降りれそうな見つからなかった。とすると、建物の中からだな」
サイレンさんはいつものように指でチョンと眼鏡の位置を調整し、すぐそばに建っていた小さな家の中へと入っていった。ドアを開ける時、木と錆びた金属が軋むような嫌な音が鳴った。
「サイレンさーん。何かありましたか?」
ぼくはすぐには中へ入らず、様子見として外からサイレンさんに一声かけた。
「ちょっと待ってろ。今から部屋を色々と探ってみる」
と、次は腐った木を剥ぐような音が響いた。もしこの古の都市がまだ廃れていなかったとしたら、どう見ても泥棒にしか見えない。
「……ビンゴだ。床下に梯子を見つけた! ヒロ、来ていいぞ」
「ホントですか!?」
ぼくはまさか一発で当たるとは思ってなくて、びっくりして言葉より先に体が動いていた。家の中へ駆け込むと、何やらサイレンさんはしゃがみこんで床をまじまじと見つめていた。その視線の先はサイレンさんの背中で隠れていて、入り口からの角度では視認出来なかった。
「……何か、あるんですか……?」
「いや、奥が暗すぎて先が見えない。これは実際に行ってみないと分からないな」
「なるほど……」
ぼくは更にサイレンさんに近づき、隣で膝に両手をついて中腰になるような感じでその下の方へ続く梯子とやらを見下ろした。
確かに、深い穴の奥は暗闇に包まれていて何も見えなかった。梯子の方も触ってみると、穴の縁の部分に接着剤のようなもので貼り付けただけで、少し不安定だった。
「よし、僕が先導しよう。ヒロはそのままそこで待っててくれ。下まで降りて何も無かったら合図する」
そう言い残してサイレンさんは何も躊躇う事なく梯子に足をかけ、暗闇の奥底へと早いテンポで降りていった。サイレンさんの姿はすぐに見えなくなり、梯子を降りる際に鳴る靴の音だけが響いていた。その音が段々小さくなっていくにつれ、ぼくの緊張感は高まっていった。
しばらくすると暗い穴の中から突き抜けるようなサイレンさんの大きな声が聞こえてきた。
「敵は見当たらない! 降りてきていいぞ!!」
その言葉にぼくは心の底からホッとした。もしも下でサイレンさんが何者かに襲われて独りになったらどうなっていただろうか。とにかく、ここまで何事もなくて良かった。
「分かりました! すぐ降ります!」
ぼくはちゃんと聞こえたかどうか微妙な声で返事をすると、すぐに梯子に足をかけた。
下を見ると、まるでそこで世界が途切れているかのように一面の闇があった。今掴んでいる梯子でさえまともに見えない。気を抜くと足を滑らせて落ちかねない。
ぼくは一歩一歩丁寧に鉄の棒を踏んでいった。やがて視界が全て真っ暗になると、感覚のみで降りていくこととなった。そして、降りていくにつれて下の方に僅かな一筋の光が見えてきた。それでもぼくは焦らず、そのままのペースで慎重に降りていった。
やっと地に足が着いたと思うと、後ろからサイレンさんのどこか素っ気ない声が聞こえてきた。
「遅いぞヒロ。たかが梯子にこんなに時間がかかるようじゃ、足でまといになるぞ」
「う……以後気をつけます……」
ぼくからするとここは褒めてほしいくらいの場面だが、サイレンさんからするとこんなのは当たり前らしい。暗闇が苦手で臆病なぼくなんだから、少しくらい褒めてくれてもいいと思うんだけどな……。現実は甘くないことを思い知らされた気分だ。
「さて、ここからは本格的に調査開始だ。仲間を探すがてらに今後に備えて大まかな地形も把握していくぞ…………ん?」
「……? サイレンさん、どうかしました?」
「今、目の前の家の二階で何か動いたな。念のため確認しておくか」
サイレンさんが眉間にしわを寄せる。どうやら真剣モードらしい。
「いいか。中に入ったら一切声を出さずに出来るだけ足音もたてるなよ」
「了解です」
そうしてぼくとサイレンさんは、得体の知れない何かがいる家へと侵入した。もしそれが仲間だとしたら何も地形調査をしていないにも関わらずあんな場所にいる訳ないし、ほぼ敵であると考えた方がいいだろう。久々の戦闘の予感に、心臓がバクバクと音を鳴らしている。
……果たしてアレは敵か味方か。どちらにしろ、正体はすぐに暴かれる。ぼく達は二階へ続く階段に向かってゆっくりと歩みを進めた。




