51話 スフィア
──異世界時間午後三時五十分──
「ヒロくん、準備は大丈夫ですか?」
「ええ、バッチリです」
「分かりました。ではすぐに正面入り口へ向かいましょう」
ルミナさんの部屋で準備を終えたぼく達はすぐに城の入り口へ向かう事にした。
ルミナさんは以前の布面積を小さくして動きやすくしたのであろう戦闘服と戦闘の際はいつも装備している青く輝っている鞘におさめられた短剣を着用し、肝心のぼくはルミナさんから謎の腰に着ける用のポーチを渡されただけだった。
これはなんなのかと質問をしてみたが、古の都市に到着するまで待てと言って教えてくれなかった。
あのルミナさんが渡してくれた代物なので持ってて損になるという事はまずないだろうし、最終的には教えてくれるということでぼくはその場を抑えた。
「何ボーッとしてるんですか? 早く行かないと集合時間に遅れますよ!」
いつの間にかルミナさんは廊下の一番奥の角まで進んでいた。
「あ、すみません! すぐ行きます!」
考え事をする時ついボーッとしてしまうのは昔からの癖だ。次回からは気を付けないと、古の都市で足を引っ張るような事になりかねない。それに、向こうには凶暴な亡霊達がたんまりといる。いつ襲われてもおかしくないのにボーッとした状態になっては危険だ。あまり深い考え事は控えよう。
ぼくは目をさしていた邪魔な前髪を手でサッとかきあげ、ルミナさんの元へと駆けた。
──────────
ぼくとルミナさんが到着する頃にはもう入り口にたくさんの兵士達が集まっていた。その中にはサイレンさんや、ルヴィーさん、ゼノさんとガルートさんも混じっていた。
「全員揃ったようね。それでは、すぐに出発しましょう。……と、その前にヒロさん。あなたは常にルミナさんとガルートとゼノの三人と行動するようラミレイさんから言われているわ。古の都市に行くための絶対条件と言っていた程だし、くれぐれも気をつけるように」
「りょ、了解です」
たしか、ここに来た時にラミレイさんにあの三人と行動するようにと言われていた。完全に忘れていたが、こういう時のためのものだったのか。
「やあヒロさん、改めてよろしく」
と、ゼノさんが大勢の兵士の合間を縫ってこちらへ近づいてくると、そっと右手をぼくに差し伸べた。ぼくはその手を握ると、軽く上下に振って小さな微笑みを作った。
「サイレンのヤローを見なかったか?」
いきなりルヴィーさんがぼく達の熱い友情の握手を割って入ってくるかのように話しかけてきた。
「サイレンさんなら、まだ救護室でフィルマさんの傷の手当てをしていると思いますが……」
「……」
「……? どうかしました?」
「いや、別に何でもない。悪ぃ、ちょっくらアタシもサイレンとの急ぎの話があったから救護室に向かうわ。すぐ戻る」
そういうとルヴィーさんはぼくが言葉を返す間もなく救護室の方へと全速力で駆け抜けていった。今までに見た事のないようなやたら真剣な顔をしていたし、あれほどまでに慌てて一体どれだけの急用なのだろうか。
「あの、アザリヤさん。ルヴィーさん行っちゃいましたけど……」
「どのみちサイレンが来るまで待つつもりだったから、問題はないわ」
後を追いかけたいところではあるが、アザリヤさんが言うのならその必要性はなくなった。でもまあルヴィーさんの事だし、万が一何か起こっても切り抜けられるはず。
「ヒロさんも、ルヴィーさんの事が気になる?」
ゼノさんが訪ねてくる。
「ぼくも、ということは、ゼノさんも何か引っかかる? あんな顔をしたルヴィーさんなんて初めて見たよ」
「ただ単にサイレンを他の女の子に取られたくないだけなんじゃない?」
「うーん、仮にそうだとしてもあんなに全速力で突っ走って行くかなぁ…………って、ルヴィーさんはサイレンさんとそんな関係……!?」
「いや、あくまで予想だよ」
「はは。やっぱりそうですよね……」
あの性格が対称的な二人がくっついているとは、とてもとまではいかないが有り得ない。初めて二人とご対面した時も何やら難しい話でケンカしていたし。
猪突猛進タイプと冷静判断タイプはこれ以上にない悪い相性なのかもしれない……。
「気を取り直して、あの二人が戻ってくる間に作戦についての話を進めるわよ!」
手のひらを口の横に当て、この場にいる全員の兵士達に聞こえるようにアザリヤさんは大声を出した。
「護衛兵は一番戦闘の時間が長いので『スフィア』を使用すると有利になる。今の内に生成しておいた方がいいわ」
「「「ハッ!」」」
ルミナさんを含む護衛兵全員が息を揃えて敬礼をする。今まで全然気にしてなかったが、こう見るともしかしたらアザリヤさんって結構地位の高いお方……?
「そうだヒロくん。この機会にスフィアについても覚えておいた方がいいと思いますよ」
「スフィア?」
今アザリヤさんが口にした専門用語っぽい物の事か。
「とりあえず、見てて下さい」
そう言うとルミナさんは怪我をしていない方の手を出し、手のひらを上にして何やら気を集中させた。
すると、ルミナさんの手のひらが眩い黄色の光に包まれたかと思うと、いつの間にか手の上には黄色の丸い水晶玉のようなものが乗っかっていた。
「……これが……スフィア?」
「そうです。手のひらに気を集中させる事によって、魔力を物体化させたものなんです。もっと近くで見てみますか?」
ルミナさんはぼくに今創り出した手のひらサイズの水晶玉を手渡した。
よくよく見てみるとただの黄金の光ではなく、透明の水晶玉の中に小さな雷が巻き起こっていた。これが細すぎて遠目では光のように見えていたのだ。
「しかし、このスフィアを生み出す事によって何かメリットでもあるんですか?」
「このスフィアに凝縮された魔力の量は生成者の魔力の三分の一は秘められています。すなわち、魔力を余分に所持できる、……という事なんですが、分かりますかね……?」
「ええ。大体分かりました」
まとめて言うと、自分の体内にある魔力を外に創り出す事で、その創り出した分の魔力が体内で時間経過でまた再生して元々100%の魔力が最大値を超えて約133%まで所持できるという事だろう。
「……という事は、一度にスフィアを生成出来るのは三つまで、と考えてもいいですか?」
「さすがヒロくん、なかなか鋭いですね。その通りです。スフィアを使用する際に原則で一度に生成出来るスフィアの数は三つまでと決まっています」
「なるほど。では、最後に一つだけ質問いいですか? 体内の魔力が底を突くとどうなるんですか?」
「通常の人間と似たような形になりますね。それ以外は特に不便になる事はないですし、時間が経てば魔力は自然に回復してきます」
「…………ありがとうございます」
ぼくはルミナさんから再度手に乗っている黄金色に輝くスフィアに視線を移した。
……確かに、長期戦などの大幅に魔力を消費するであろう戦いに打って付けのアイテムかもしれない。場面によって色々な作戦が考えられそうだ。
この戦いで、絶対に死人は出さない。皆で無事に戻ってくる。ぼくはスフィアを軽く握ってそう心に決めた。




