48話 古の都市
後ろから服と肌が擦れ合う音がしている。ぼくは顔を真っ赤にしながら必死にアザリヤさんに背を向けていた。
……まったく。これは一体どういう状況なんだ。もし仮に今他の人がこの部屋を訪ねてきたらどうする? 他の人からはぼくがわいせつ行為などをしていると誤解されて牢屋にぶち込まれるか?
そう考えると何故か身震いしてきた。頼む。アザリヤさん早く着替えを終えてくれ……。
「終えました。もう見ても大丈夫です」
「はあ……やっとですか…………って、ええ!? 変わってなくないですか!?」
アザリヤさんは着替えが終わった後にも関わらず、着替え前と同じく白いローブを着ていた。一体これで何を着替えたというのだ。
「……何ですかその不潔そうな目は。ちゃんとローブもストックしてあったものに着替えましたし、下着の方もしっかりと……」
「も、もういいです! 着替えの話はもういいですから、アザリヤさんはぼくに何か話があったんじゃないんですか?」
「あ、そうでした。それじゃあ、こんな入り口で立ち話をするのもなんですから、そこのソファに座って下さい」
ぼくは言われた通り今いる短い廊下を通過して、奥のリビングへと進んだ。そこはいかにも洋風って感じの部屋だった。部屋のど真ん中には少し高さの低い木製のテーブルに、そのテーブルを挟むように一人用のソファが二つ。一番奥の壁の方にはレンガで出来た暖炉。
同じ城なのでどの部屋も内装は同じかと思ったが、以前のルミナさんの部屋同様ぼくの部屋と全く違う。しかし、広さはさほど変わらないように見える。
「では失礼します」
ぼくはソファに腰掛けた。座った途端に安心感のあるフカフカ感に包まれた。ぼくの家のソファはゴワゴワしていて安心感もクソもない。安物だから仕方ない事なのだろうけども。
「紅茶入れてくるので少し待ってて下さい。あ、それともコーヒーの方がいいですか?」
「ありがとうございます。では紅茶でお願いします」
アザリヤさんは無言で頷いて暖炉の側のドアの方へと歩いていった。そしてそのドアを開けて向こう側の部屋へ入っていくと、ぼくはふぅ、と息を漏らした。
他人の部屋へお呼ばれされるのは今までに一、二回程。だから、あまりそういうものには慣れていないので変に緊張してしまって体がこわばってしまう。
そして今までに経験した事のない状況が今の状態。誰もいない他人の部屋の空間に一人ぼっち。もちろん、すぐ隣の別室にアザリヤさんがいる事は分かっているのだが…………そういえばラザルーさんは何処にいるんだろうか? ここにいないという事はラザルーさんも隣の部屋にいるっていうことか……。
何だかあれこれ考えて落ち着かない。他人の部屋でソワソワして落ち着かないのは失礼だ。……こういう時は何か一つのものを考えて集中するのがベストだ。……。
――――
素数が無限に存在する事の証明をあれから数分考えていると、アザリヤさんがティーカップを二つのせたトレイを持って部屋から出てきた。その姿はレストランなどのウェイターのようだった。
「遅くなってしまってすみません。紅茶を作っている時にラザルーのワガママの世話をしていたので……」
そういうとアザリヤさんはティーカップを一つぼくの目の前のテーブルに置き、ぼくと向き合うようにしてソファに座った。
「いえ、そんなお気になさらず。ところで、そのラザルーさんは……?」
「今は疲れているのか眠っています。あの子、実は年齢の割に随分とやんちゃでしてね……暴れてはすぐに疲れて眠っちゃうんですよね。世話も大変なのにこっちの方が疲れてるっていうのに……あ、なんだか愚痴っぽくてすみませんね。本当はあの子はすごくいい子なので優しくしてやって下さい」
「はい! もちろんですよ! ……それより、少し引っかかったところがあったんですけど、『年齢の割に』ってラザルーさんは今いくつなんですか?」
言い方は悪いが身長からしてどう見ても小学低学年くらいに見えるが、年齢の割にとはどういう事だろう? わんぱくでワガママと言ってもそれで妥当だと思うのだが……。
「あれ? 言ってませんでしたっけ? あの子は今年で二十歳になるんですよ。私も双子の姉として同じ二十歳です」
「…………えええええええええええええ!? とと、年上だったんですか!?」
明かされる衝撃の事実。人は見た目で判断するものではないとよく言うが、これはそれとはかけ離れすぎている。普通の人なら気づくはずがない。
「……気に障るようなことかもしれませんが、その体格と年齢の比が見合ってないのでは……? 何かの病気かなにかですか?」
「今までに耳にたこができるほど聞かされた質問ですね。ですがそれにお答えするまえに、私からのお話をしてもよろしいですか? それを聞いた後の方が、私達のこの体格についても理解しやすいはずなので」
「は、はあ。構いませんけど……」
「ありがとうございます。……ヒロさんは、さっき受託室で起こった事を覚えていますか?」
「ええ。覚えていますよ。あんなショッキングな事、忘れようとしても忘れられませんよ……」
アザリヤさんの話したい事ってさっきの事件の事? これがどうアザリヤさんやラザルーさんの体格に直結するのか。
「ルミナさんの傷を見て思ったのですが、もしかして攻撃をしてきた敵って不可視能力を持ってたんじゃないですか?」
「えっ!? どうして分かったんですか!?」
あの時アザリヤさんはどこにもいなかった。ましてやぼくとアガンテスさんの会話を聞いていた訳でもないのに、どうして傷を見ただけで分かったんだ?
「やはりそうでしたか……。伝えたい事は山ほどあるんですが、全てひっくるめて言うと、私は彼……いや、彼らの正体を知っています」
「な、何だって!?」
ぼくは勢い余ってソファから立ち上がってしまった。
「あう……すみません」
「それで、それに比例して私は彼らのアジトも知ってる。恐らく、この国では私しか知らないでしょうね」
「……それを、わざわざどうしてぼくに?」
「あなたが、私達にとって希望の存在だから……と言った方がいいでしょうか? だから伝えたかっただけの事です。ついでに言うと、この情報はもう外に漏らしても大丈夫です。もう隠す必要も無くなったので」
「な、なるほど。……それで、そのアジトというのは……?」
「この世界の裏に存在する裏世界の都、古の都市という場所よ」
ニブルヘイムという単語が好きすぎてギリシャ神話になんら関係のない小説に登場させてしまった……
そしてヒロの数学の見せっぷり。恨みたいですわ




