5話 初めの任務
『起きてください。朝ですよ』
いつもの萌えキャラの目覚まし時計の音が聞こえる。ぼくは止めようと、目を閉じたまま体を机の向きに捻らせて手を伸ばす。
サワッ 何かに触れた。
ボタン押せたか?
『どこ触ってるんですか! 寝ぼけないで下さい!』
まずい。これは一定時間ボタンを押さなかったら早く起きるよう急してくる時の声だ。多分今触ったのは時計の隣にあるクマのぬいぐるみかなんかだろう。
仕方ない。面倒くさいけど、目開けるか。
と、目を開けると視界に女性の体が映し出された。
「やっと起きましたか。起きて早々悪いのですが、手をどけてもらえないですか。小さいからって、そんな事しても大きくなりませんよ」
「……ん?」
指先に柔らかいものを感じる。マシュマロのようにふにふにしている。ぬいぐるみの綿とは違う感じ……ええっと、これはまさか……
「…………!! すみませんでした!」
ぼくはベッドから跳ね起き、地面に頭をつけルミナさんに土下座した。いくら寝ぼけてたとはいえ、女の子のあんな部分を触ってしまうなんて……ぼくは最低だ。
「別にいいですよ。無理に起こした私が悪かったです」
昨日の時より声が低く、アクセントが強い。これは怒っていらっしゃる……?
「いえ、ホントにすみません。怒ってますよね。反省します」
「謝らなくても結構ですよ。怒ってもいませんし。では、朝食を食べに行きましょうか」
すごく笑顔がキラキラしている。その笑顔が逆に怖さを増してるんですけど……それに、態度も少し冷酷な感じ……。
「では、昨日の宴のあった大広間でまた。着替えは昨日ラミレイ様が用意してくださった服を着てください。そこにありますので。それに着替えてから来て下さい。場所は部屋から出て突き当たりを右に曲がるだけですので」
そう言って部屋の出口に向かい、部屋の外に出てバタン! と強く扉を閉めた。
「……女の人に嫌われやすいのかな……ぼく」
少し気を落としながらも、隣の小さなテーブルの上に丁寧に畳まれている服に手をつける。
あまりぼくの好みではないが、なかなかかっこいいデザインである。赤いフード付きのパーカーと、黒のジーパンだ。こんな服を着るのは久しぶりなのでちょっと気が引けるが、これはこれで結構イケてる。
ぼくは来ていた学生服を脱いで用意されていた服にいそいそと着替えた。……おお、サイズぴったし。さすがは国の女王。こういうところは気が利いてる。こんな着慣れないものを着ていたらテンション上がってきた。
「~♪」鼻歌を歌いながらそこにあった姿見を見て少し踊ったりしてみる。
「何してるんですか」
ルミナさんのその一言で一瞬で空気が死んだ。ていうか、何故居るんだ。大広間に行ったはずでは……?
「早く行きますよ」
「は……はい」
ぼくはルミナさんに半ば強引に腕を引っ張られて部屋を出た。
部屋の外は、幅広い廊下があり、その壁にある大きな窓から朝日が射し込んでいた。
その陽のあたった地面を横切る度に、ぽかぽかと暖かい。こんな場所でひなたぼっこできたら気持ちいいだろうな。
この世界に来て一夜明けた。未来希はどうしてるかな。昨日もずっとその事を考えてた。未来希もぼくの事心配してるのかな。
「裕さん? 聞いてます? 大広間に着きましたよ」
「へ?」
いつの間にか大広間に着いていた。こんなに近かったのか。それとも、ぼくの考え事が長かったのか。
「もう皆集まってます。私達が一番最後ですよ。私は遅刻したことなかったのに……これで連続記録も終わりです」
「マジ? ホント、ごめんなさい。昨日からしょっちゅう手間ばかりかけてて……」
「ホントにそうですよ」
ぐはっ……自分から言った事だが他人から言われると結構精神的ダメージがくる。
「でも、そんなおっちょこちょいなところ、私は嫌いじゃないですよ」
……なんて嬉しい一言なんだ。こんな事、一度も言われた事なかった。ただ一人を除いては。その人物は勿論、言うまでもない。
産まれた頃から親からほとんど愛情をもらっていなかったから、ぼくにとって褒め言葉はかなり尊い存在で満悦になれる。
「では、時間が少し押しているので、早く座りましょう」
ぼく達は昨夜と同じ席に座った。ずっと思っていた事なのだが、この椅子、木でできていてゴツゴツしてるから痛い。
「よお、裕。昨日は災難だったなあ。ラーブルの酒をあんなガブガブ飲みやがって。」
「そ……それには触れないで下さい。知らなかったんですから、仕方ないですよ」
「はっはっは!! 先に教えておくべきだったな!」
ガルートさんは飯食べながら話してるから、色んなところに米粒が飛んでいる。
「もう! ガルートさん! 食べながら話さないで下さい!」
ルミナさんが困窮したような顔で言う。
「おー、それは悪かった! 癖がついちまってるな」
そう言うと、また食べ始めた。ぼくも昨日はあまり食べれなかったので、少しお腹が空いていたから食べる事にした。
皿に盛ってある赤い木の実のようなものが目に入った。それに手を伸ばす。
「ルミナさん、これ何ですか?」
「これはチーレの実です。少々苦いですが、一度食べるとなかなかクセになります」
「へー」
興味深い。ぼくは早速それを口に入れた。……苦い。だけど、ほんのり甘い。その絶妙な味が更に美味しさを引き立てている。グレープフルーツに近い感じ。確かに、これはクセになる。
次はその隣にあるピンク色の実を食べた。……うげ。イチゴみたいな味がする。ぼくはイチゴ苦手なんだ……
そのままたくさんの食べ物に手をつけて、お腹がいっぱいになるまで食べた。
「ふぅ~、食った食った」
ガルートさんがよくおっさんが言いそうなありきたりな台詞を言う。
「では、これから仕事の発表があるので二階の広場に行きますよ」
「あ、はい。分かりました」
他の席に座っていた人達も、一斉に大広間から出ていく。異世界の人達は、思っていた事を行動にするのが早いな。
ぼくもルミナさんに連れられ大広間を後にした。
たくさんの人がお喋りをしていてとてもにぎやかだ。元々人混みは苦手だが、今はそうでもなかった。むしろ、何故か楽しかった。
短い距離の廊下を渡り、そのまま階段を登ってゆく。
「それにしても、神風裕って名前なんか変わってますよね」
「そうですか? 日本ではこういうのが普通ですよ」
「へぇー。知らなかったです。やはり地球は奥が深いですね」
「こっちからすると、この世界の方が変わってる名前だと思いますよ」
「お互い様ですね」
そんな話をしていると、時間が短く感じる。もう階段を登りきっていた。
「ここが仕事を受託する場所です」
そこは、簡単に言えば学校の視聴覚室のようだった。広場の奥には黒板のようなものがあって、それを取り囲むように弓なりに長い机が並べられている。一つの机に三人ぐらい座れそうだ。
一風変わった所が窓が一つも無いところだ。なので室内は壁に掛けてあるランプのみで照らされている。意図的にそうしたのかは分からないが少し空気が悪く感じられる。
「任務は、そこに立ててあるボードから自分宛の任務用紙を取って、そこの任務受付係の人に渡すと受けられますよ」
「ほう。結構ちゃんとしてるんだな。さて、早速任務とやらを受けてみるか」
ぼくはボードを見た。たくさんの紙が貼られていて、どれが自分のなのか分からない。しかしそれ以前に文字が分からない。歴史に出てくる甲骨文字みたいだ。
「あの、ルミナさん。どれがぼくのですか?」
「えっと……あ、ありました」
ボードから一枚紙を剥がすと、それをぼくに渡した。
「えと、なんて書いてあるんですか?」
「えっと、『カミカゼ ヒロに与える。 自己防衛の基礎を学べ』だそうです」
「え? それだけ? つまりは、ぼくは敵から身を守る方法を学ぶと?」
「はい。そのようです。私も初めて任務を受けた時はこれでしたよ」
はは、なんだか本格的だな。ぼくは任務中は他の人から援護してもらえるのかと思っていた。そういう特別扱いはないのか……
「あれ? 私のもある……?」ルミナさんはボードからもう一枚剥がした。
「えっと……『カミカゼ ヒロの訓練の支援』? ……え? 私が? 今まで人を手伝う任務なんてなかったからな~……出来るかな」
「なんだよ! 楽しくねーな! 俺のは無いのかよ」
ガルートさんの雄叫びのような声が聞こえた。何で皆そんなに任務をしたがるんだ……神経おかしいんじゃないか?
「では、任務用紙渡してきますね」そう言ってルミナさんは小走りで任務を受付する場所へ向かった。
ルミナさんはすぐに戻って来た。そして、判子の押された任務用紙をぼくに渡した。
「これは任務が遂行するまで、無くしたらダメですよ」
「分かりました」
ぼくはその紙をボタン付きのポケットに四つ折りにして入れた。
「三十分後に訓練所に集合ですね。私は準備をしてくるので、訓練所でまた。あ、ヒロさんは時間まで暇をつぶしてて下さい」
「は、はあ」
ルミナさんはとてとてと可愛らしい走り方でこの受託室を出た。
「さて、時間まで何をしようか。城の中でも見て廻るか」
そしてぼくも受託室を出た。




