47話 アザリヤ
「それで、フィルマの処置の方はどうだ?」
「今、別室でサイレンさんに容態を確認させてもらっています。それと、魔法だけでは完治するまでは治せないとの事です」
救護室に着くとぼくが聞こうと思っていた事をアガンテスさんが先に部下の兵士に聞いた。もっとも、コミュ障であるぼくからすれば少し喜ばしい事ではあるが。
一方ルミナさんはすぐ近くの椅子に座ってアザリヤさんに手に包帯を巻いてもらっているところだった。今回はフードを外していて、銀色のネックレスが見えていたのですぐに分かった。
「……えっと、アザリヤさん? どうしてここに? ……もしかして、ここで仕事をなさってるんですか?」
ぼくがそう聞くと彼女は一度チラッとだけぼくを見てこう答えた。
「…………まあ、大まかに言えばそうね。細かい説明をするのは面倒だから、今はそうだと思っておいて頂戴」
「は……はあ」
初めて会った時よりだいぶ態度が違う。今の質問が良くなかったのか? それとも、根っからぼくに興味がないのか。どちらにしろ、悲しいがあまりぼくとは関わりたくないのだろう。
とてつもなく理由が知りたいが、ここで余計な詮索をすると今以上にぼくを避けていってしまうかもしれない。そんな聞きたい気持ちをグッと堪えてアザリヤさんとの会話はお開きとした。
「困惑したような顔をしているな」
「え?」
アガンテスさんが小声で言う。確かにアザリヤさんの事で困ってはいるが、どうして分かったんだろう?
「アザリヤが礼儀正しい仕草を見せるのは初対面の時だけだ。だがそれ以降はいつもの冷静かつクールな性格に戻る。……何とも都合の良い奴だ」
なるほど。ひとまず避けられている訳じゃない事がわかったので少し安心した。……にしても性格変わりすぎだ。初めて会った時のあの几帳面そうな面影が全く感じられない。改めて人って怖いと思った。
それよりも気になっていることは、ラザルーさんの姿が見当たらないことだ。またどこかで迷子にでもなっていなければいいのだが。
「はい。これでルミナさんの治療は終わり。ではそろそろラザルーの顔も見てきたいのでこれで上がらせてもらいます」
「ん? ラザルーさんの顔を見に?」
「知らなかったのですか。あなたがラザルーを城に連れてきたあの日、あの子は街で騒動を起こしたそうじゃないですか」
「まあ、確かに……。不良を三人も…………」
ぼくはハッとしてその続きの言葉を遮った。ここで『殺した』なんて言葉を使ったらその後の気まずさが目に見えてくる。
「…………そんな訳で私の判断でラザルーはこの城の一室に泊まらせてるんです。また街に行かせると同じ事を起こし得ないので」
アザリヤさんは座っていた椅子の隣にあった黒いトランクに医療品などの荷物を詰め込んだ。辺りが静かすぎるせいか、詰め込む際の物と物がぶつかり合う音が孤立して聞こえた。
荷物をまとめ終えたアザリヤさんはトランクの取っ手部分を引き伸ばしてガラガラと引いて救護室のドアへと歩いていった。そしてドアノブに手をかけるかかけないかの所でぼくの方を振り返った。
「ヒロさんも、時間が空いていれば一緒に来ませんか? それに、色々とお話したい事もありますし」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「では着いてきて下さい」
アザリヤさんはそう言うと再びドアノブに手を伸ばし、ドアを開けて部屋を出ていった。
「本当にアザリヤさんってしっかりしてますよね。さっきも治療してくれた時出来るだけ痛みの無いように気遣ってくれましたし……」
治療を終えたルミナさんが口を開いた。
「しかし、その優しさをもっと表に出さない所がもったいないな……ん? どうした召喚者。行かないのか?」
「あ、いえ。今から行きますよ」
ぼくは急いでアザリヤさんの後を追って救護室を出た。本当はフィルマさんの回復を待っていたいところだが、部屋に連れていくほどの大事な話ならば聞いていても損はない。むしろ聞かない方が損な気がする。
フィルマさんもサイレンさんの手当てを受けているようだし、少しくらいは席を離れても大丈夫……。
「ちょっ……アザリヤさん!?」
廊下に出た途端、信じられない光景を目の当たりにした。アザリヤさんの姿がどこにも見当たらなかった。
「いやいや、いくらなんでも歩くの速すぎでしょ!?」
ぼくの頭の中で、幼女失踪事件が成立しつつある。
いや、落ち着け。冷静に考えよう。まずあの身長の低さでこの短時間で長距離をこんなにも速く移動するのは前にルミナさんが使っていたような疾走魔法を使わない限り無理だと思われる。しかしわざわざ魔法を使う理由も思い浮かばないし、一番考えられるのはラザルーさんの部屋はこの近くにあるという事だ。いや、そうとしか考えられない。
ぼくはここいらの部屋をキョロキョロと見渡し、ラザルーさんやアザリヤさんに関係するようなネームプレートが飾られたドアを探した。
そして一つのドアが目に入った。そのドアのネームプレートには、『クライガー』と刻まれていた。そういえば前にラミレイさんが言っていたような記憶がある。
『あれ? 珍しいですね。クライガー姉妹じゃないですか』
良かった。ここだ。今日何度ホッとさせられた事か。
ぼくはその扉に近づき、コンコンとリズム良くノックし、「ヒロです。入りますよ」と一声かけてクライガー姉妹の部屋へ入室した。
だが、そこに待っていた景色もまた驚愕ものだった。なんとアザリヤさんが白いローブを脱いで、下着姿全開だった。
「!!!! すっ、すみません!! お着替え中失礼しました!!!」
「…………別に、構わないですけど」
「……え?」
ぼくはその一言で思考が停止して頭が真っ白になり、口をあんぐりと開けて硬直してしまった。
……アザリヤさんが良くてもぼくの目のやり場に困るんですけど。
「とっ、とりあえずぼくはあっちを向いているのでちゃっちゃと着替えちゃって下さい!」
「分かりました」
誰か……この状況をどうにかしてくれぇ……。
久しぶりのサービスシーン。




