4話 満月の夜
「まさか、ラミレイ様に向かってあんな口のききかたしたのに何のお咎めもないなんて、あなたって本当にすごい人なんですね」
「いや、自分では何がすごいのか全く分からないんですけど」
今ぼくはラミレイさんに地球の救世主の召喚祝いとかいうよく分からない宴に招待され、席に座って料理を食べているところだ。
周りには数百人の人が恐らく50mを超えているであろうテーブルで一列に向き合って座っていて、みんなワイワイと盛り上がっている。
左右にはルミナさんとガルートさんが座っており、ガルートさんは鎧を着たまま料理をガツガツ食べている。……食べづらくないのかな。
「裕、お前は食べねぇのかよ? 無くなるぞ」
そう言いながらガルートさんはぼくの分の料理まで取っていく。
「ああ! 肉がもう無い!?」
「ふっふっふ……だから言っただろう? 早く食べないからだ」
「ぐぬぬ……」
酷すぎる。なんて傲慢な人なんだ。見た目は筋肉マッチョで、ややかっこいいのに性格がそんなゴツい見た目とは裏腹で、自己中心的な子供っぽい。想像していた人と全然違って少し失望した。
「ホレホレ、どんどん無くなるぜー」
そう言いながら、ぼくの前にある輪切りにしたキュウリのような野菜をフォークで二重刺しにしてどんどん口に運んでいく。
「やめて下さいよー。ぼくは今日歩き疲れてお腹空いてるんですよー」
「じゃ、何で食べないんだ?」
「ルミナさんと話をしてたんです!」
ぼくも負けずと料理にかぶりつく。それは、想像していたよりも遥かに美味しかった。
ぼくが口にした食べ物は、見た目は極一般的なマッシュポテト。しかし味はマッシュポテトとは少し異なり、濃厚でいい具合のバター風味。微妙にジャガイモの後味が残ったため、ジャガイモがベースなのは変わりないようだ。
出来れば、レシピを教えて欲しい。
「ふ、やっと食べ始めたか」
ガルートさんの食べるペースが早まる。ついにはぼくの物だけでなく周りの人達の料理も巻き添えに奪っていく。つい先ほどまで山ほどあった料理がもう三分の二くらい無くなってしまっている。
「おい! ガルート! いい加減にしろ!」
そんな批判の声が周りから多数聞こえる。
「あの、ルミナさん。この暴走はどうやって止めるんですか?」
「うーん。いつもの事だから料理が無くなるまで食べ続けるかもしれないですね」
止める術はなしか。こうなったら、ぼくも出来るだけ食べるぞ!
その辺にある肉料理や野菜料理をバクバク食べていく。いつの間にか、早食い対決になってしまっている。
口に含みすぎてハムスターが種を詰め込む時みたいに頬が膨らむ。ルミナさんが隣でお腹を押さえて大笑いしている。
恥ずい。なんて事をしているんだぼくは。もうやめる事にした。口に含んでいる食べ物を飲み込むと、喉に詰まった。
息ができーん。飲み物が欲しい……ぼくはすぐそこにあったコップに手を伸ばした。そして、その中身を一気に飲み干す。
「あ、ちょっとそれは!」
「へ?」
急に顔全体が熱くなる。それに、視界がぐらぐらしてきた。平衡感覚が全く無い。ぼくはそのままテーブルに顔を打ち付け、眠ってしまった。
――――――――
「ん……」
ゆっくりと目を開ける。高く、赤い天井が見える。
「あれ……ここどこ?」
上半身を起こす。少しフラフラする。何が起こったのだろう?
「起きましたか。もう三時間も眠ってましたよ」
ぼくが座っているベッドの横でルミナさんが黄色い果実のようなものの皮を小型のナイフで剥きながら、そう言った。
「えっと、何があったんです? 全く覚えてなくて……」
「あなたは『ラーブル』入りのお酒を飲んだんです。ラーブルというのは、この国の外の森に生えているアルコール成分を沢山含む植物なんですけど、裕くんにはまだ早すぎたんです。私でも飲めません」
「あ、お酒を飲んだのか。まだぼくは未成年だし、いけない事したなー」
「何がいけないんですか?」ルミナさんがキョトンとした顔でぼくを見る。
「え? 何かおかしい事言いました?」
「いえ、お酒を飲むことの何がいけないんですか?」
異世界では未成年が飲酒禁止というのはないのか? なんとも恐ろしい。
「地球の日本っていう国では、二十歳になるまではお酒を飲んだらいけないんですよ」
「え!? そうなんですか!? 私はまだ十七ですけど、よく飲んでますよ。ラーブルくらい強いのは流石に飲みませんが……」
やはり地球とでは法律が違うのか。
「あれ……」いきなり視界が揺れ、枕に倒れる。
「これを食べて下さい。これは体内にあるアルコール成分を取り除く事が出来る『テキルス』という果実です。」
「ありがとうございます」手を伸ばそうとしたが、体が言うことをきかない。
「はい、どうぞ。口を開けて下さい」
「へ」
フォークでテキルスを刺したものをぼくに向けて構えている。これはまさか……あの、今流行りの……
「いやいや!自分で食べられるよ!」
「無理しないで下さい。人の親切は、喜んで受け取るものですよ」
……もう、知らん。ぼくは少し躊躇しながら口を開けた。ルミナさんが口に果実を入れてくる。……未来希がいたら間違いなく殺されている。
「にが……漢方薬みたいな味がする」
「我慢して下さい」
噛むたびに苦い果汁が出てくる。鳥肌が立ってきた。唾液もたくさん出てくる。
「むぐぐ……」
なんとかして果実を飲み込む。まだ苦みが口に残っている。しかし、その途端さっきまであったフラフラ感や頭痛が消えてきた。どうやら即効だったみたいだ。
「ありがとうございます。かなり良くなってきました」
「どういたしまして。あ、それと、ラミレイ様からの伝言があります」
「ん?」
「明日から早速任務を出すみたいなので、それまでには体調を良くしておけと」
「分かりました」
「はい。では私はこれで。時間になったら起こしに来ますので、ゆっくりお休み下さい」
そう言ってルミナさんが部屋の扉の横にあるスイッチのようなものを押すと部屋を照らしていたシャンデリアの明かりが消えた。そして部屋の扉を開けてそのままルミナさんは退室した。
「ふう。じゃあぼくも寝直すか」
ふと、窓の外を見る。暗い夜の闇に差す明るい満月が見える。地球から見る月とは違い、距離も近く、太陽程明るくはないが、直接見ると眩しい。目が慣れてくると、表面にくっきりと大きなクレーターが見える。
そんな幻想的な月を見るだけでも、突然異世界に呼び出されたという混乱と緊張感が少しずつほぐれていく。
地球に戻れるのはいつ頃だろうか。何ヶ月先、ヘタしたら何年経っても戻れないかもしれない。でも、それは単なる予想にすぎない。生きてる限り、全力を尽くす。そして、魔王Zを倒して今度は未来希にちゃんと謝ろう。
ぼくはそう決意して、深い眠りについた。
時間の関係上、少し短くなってしまいました。(前回より500文字少ない)




