3話 託された使命
ほぼ隙間なく敷き詰められた石畳の道を歩く。そのまま好奇心旺盛で街を見渡す。この街に住んでいる人が、地球の生活となんら変わらないように買い物をしていたり、ベランダに洗濯物を干したりしている。これならすぐにでも馴染めそうだ。
「地球と生活の仕方はあまり変わりませんね」
足を止めて呟く。
「そうなんですか? 私は地球に行った事がないので、生活の仕方は知らなかったんです。それを聞くと、少し嬉しい気分になります。小さい頃から、地球の話をちょくちょく聞いていて地球には憧れていたんですよ」
「異世界の人でも、地球に憧れるって事あるんだなー。……あ、いや、変な意味でじゃないですよ。なんというか、こっちも地球人として嬉しいというか……」
「ふふ、大丈夫ですよ。面白いですね。裕くんは」
「え」
一瞬、ルミナさんが未来希に見えた気がした。前に一度、未来希にも同じ事を言われたような気がする。
「……? どうかしましたか?」
「あ、いえ、別に。ちょっと考え事をしてただけです」
そう言って、ぼく達はまた歩みを進めた。風があって少し涼しい。昼間は微量の風だって吹いてなかったのに。それとも、国外だけ風が無いのか? などとどうでもいい事を考えたりしていた。
「ここが、女帝様のいる城ですよ」
ルミナさんが前方を指差す。
でかい。ここまで大きい城は、テレビでも、学校の教科書でも見た事がない。もしかしたら、あの世界一大きいとされるプラハ城といい勝負かもしれない。
ぼくがお城に呆気にとられていると「見張りご苦労様」と、ルミナさんが笑顔で城の入り口へと続く階段の前に佇む銀色に光るゴツい鎧を着た大男に言った。
「おう、今日も何事もなく仕事を終わらせられたよ。……あれ? もしかして、その少年がラミレイ様が召喚なさった人か?」
ずんずんとこちらに歩いてくる。なんだ、この威圧感は。腕だけでも、ぼくの頭から膝くらいはある。しかも、筋肉もムキムキのゴリマッチョだ。こんな人に殴られたりしたら、骨折だけでは済まないだろう。想像しただけでも身の毛がよだつ。
「こ、こんばんはぁ。この度、召喚されました、神風裕といいます。宜しくお願いします」
なんか言葉おかしかったんじゃないか? と思う。しかも声も裏返ってバカ丸出しだ。
「おう! 礼儀正しくていいな! 俺はガルートっていうんだ。よろしくな!」
そう言うと、ぼくの手を握って上下に振った。これだけでも、骨がキシキシなるようで、痛い。
「ラミレイ様が待ちくたびれていたぞ」
「うーん。怒ってらっしゃなければいいんだけど……」
そのラミレイ様というのは、そんなに偉いのだろうか。まあ、この国の頂点だしな。ぼくも失礼のないように振る舞わないといけない。こう緊張していると高校受験の面接の時を思い出す。
「ナイラ、カイラ、今日はもう帰っていいわよ。明日の集合は九時ね」
「分かりました! では、また明日!」
だんだんと遠のいていく兵士二人にルミナさんは笑顔で手を小さく振った。やがて二人が路地を曲がり、姿が見えなくなるとルミナさんは再びぼくと向き合った。
「裕くんは、大丈夫ですか? 歩きっぱなしでしたし、疲れてませんか?」
「全然大丈夫ですよ!」
そう、今は休んでる暇なんてない。何故なら、ぼくにはある考えがある。ぼくを喚び出すことが出来たのなら、逆に、地球に返すことも出来るんじゃないかって。もし、その方法があればこの世界に留まる必要もない。さっさと女帝様の頼み事を終わらせて、地球へ帰る。
「じゃあ、今でもラミレイ様に会ってもいいんですね。では、行きますか」
ルミナさんとガルートさんが階段を登っていく。ぼくも慌ててそれについていく。それにしても、素晴らしいお城だ。階段のふちに生けられたキレイな花も手入れがいきとどいているし、この大階段自体も、色からして大理石で出来ているんだろう。相当金があると分かる。
階段を登りきり、金色のアーチをくぐる。そしてそのまま城内へ。
「すごい」と声がもれてしまう。
床には縁が金色の模様の赤いカーペットが敷いてあり、壁には巨大な芸術的な絵が奥までズラーッと何枚もかけられている。天井に下げられた大きなシャンデリアはこの空間全てを照らしている。ドアもありすぎて、こんな所に住んだら迷子になりそうだ。
「この城は、初代女帝様から代々受け継がれてきた城なの。ラミレイ様は七代目」
「七? そんなに続いてるんですね」
「はい。私は今年で十七になるんですけど、私が産まれた時はまだ六代目でした。ラミレイ様が女帝の座についたのは、つい最近なんですよ。……さあ、つきましたよ」
つい着いた先は、これまた巨大な扉だ。いかにもこの扉の先に女帝様がいそうな雰囲気を出している。
「ラミレイ様! ガルートでございます。召喚者を連れて参りました」
ガルートさんの低い声が響く。
「分かりました。お入りなさい」
勝手に目の前のドでかい扉が開く。どういうマジックだろうか。
「裕くん、あの方がラミレイ様ですよ」
この人がこの国の女帝様か。言葉にしにくい程の美人だ。白いドレスのようなものを着ていて、黒くて長い髪は後ろで束ねられ、スタイルもいい。国の女帝様というより、貴族のお姫様だ。
「えっと、何を言えばいいのかな」
ぼぞっとルミナさんにそう言った。
「ここはあなたの思考力だけでどうにかできないかな。私も直接お目にかかるのはあなたを探しに行く任務を課せられた時だけなの」
えぇー。ちょっと困る。いやいや、とりあえず落ち着こう。こういう場合はまず自己紹介からだ。
「えっと、神風裕と申します。この度はどういったご要件で?」
今の敬語は完全にアウトだ。震え声のうえに完全に上から目線だ。これは終わった。
「くすっ……そう無理に敬語で話そうとしなくてもいいのよ」
「あ、すみません……何からどう話せばいいか分からなくて……」
「いいのよ。私から急に呼び出したんだのですから、混乱していてもおかしくないです」
なかなか優しい人だ。女帝様というぐらいだからもっと厳しくて、少しでも自分に気にくわない事があればすぐにでも罰を与える。みたいなイメージだったけど、そうでもないらしい。少しホッとした。
「今回、他の世界から人を喚びだすのは初めてなんです」
「え? という事は、この国には地球人はぼく一人しかいないと?」
「そうです。あなたには本当に申し訳ないと思っています。しかし、どうしてもあなたの力がこの国には必要なのです」
「どういう事ですか?」
いきなり異世界に喚び出された。その理由がやっと分かる時が。
「あなたに、この国を救ってほしい」
「……え? ぼくが? どうして……」
「あなたじゃないと、この国を脅かす『魔王Z』を倒す事が出来ないのです」
「あの、話がよくみえないんですが、簡潔に言うとぼくがその魔王を倒してくる。そういう事ですかね?」
「そうです」
冗談じゃない。ぼくにはお化け屋敷に入る勇気すら欠片もないのに、いきなり魔王退治なんてそんな事、到底出来っこない。それに、関係ない話ではあるがZなんて名前なんだか中二くさい。
「……ぼくについて、何か知っているんですか」
「いえ、何も。ただ、あなたが魔王Zを倒せるという事だけは知っています」
「ふ……ふざけないで下さい!」
その言葉に少し怒りがわいてきた。ぼくは滅多に怒らないのに……何故……。自分で自分にびっくりする。
「!? ……ちょっと! 裕くん!」
ルミナさんがぼくを注意したが、それはぼくの怒りには勝てなかった。
「ぼくは何も出来ません! 小さい頃からずっと一人で、何かあったらすぐ泣いて、お化け屋敷にもロクに入れないようなこんなどうしようもないぼくを、どうして選ぶんですか!? 何故ぼくじゃないとダメなんですか!」
涙が出てきた。自分の意見を言っているだけなのに、どうして泣くんだろう。
「……魔王Zを倒すという事は恐ろしいともちろん分かっています。だけど、あなたが魔王を倒す唯一の方法なんです! どうか、この国を救って下さい……」
ラミレイさんが泣いている。なんてこった。まさか女の人を泣かしてしまうなんて、自己中にも程がある。ぼくはやっぱり最低だ。反省せねば……。
「……ぼくは具体的に何をすればいいんですか」
「引き受けてくれるんですか?」
「そこまでお願いされたら、断れないですよ。まだ、状況をしっかりと把握しきれてないですけどね」
「ありがとうございます。今の状況についてはまた後々お話します。それとあなたには、そこにいるルミナとガルートとあと一人ゼノという人と共に魔王Zと戦って欲しいのです」
「それだけですか」
「はい」
魔王Zを倒すのが最終的な目標だな。だけど、そう簡単には殺らせてくれないだろう。手強い手下とかを使ってぼく達を必死で食い止めようとするだろう。もちろん、魔王Z自体もかなり強いだろうし、ヘタすればこっちは死ぬかもしれない。なんてたって、ぼくはただの人間なんだから。
ルミナさんやガルートさんは戦闘訓練とかやって敵とかにも立ち向かえるだろうけど、ぼくは怖がり。足でまといになる可能性だってある。そうならないように、事前にルミナさんから基礎的な戦闘方法を学んでおくとしよう。
そして、魔王Zを倒して地球へ戻るんだ! 確信はないけど…………って、やる気満々じゃねーかよ。




