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俺の青春の1ページ

作者: 田中

「お前好きな人とかいないのかよ」


そう聞いてきたのは同じ野球部の村山。


「は?別にいねえよ」


俺は素振りをしながらそう答えた。

県大会をかけた決勝前夜。俺たちベンチ組のメンバーは練習後残って素振りをしていた。レギュラー組は部室で談笑している。何人かはもう帰ってしまっただろうか。俺たちベンチ組にはそんな余裕はない。結果が全て。そう思っていたからだ。


「昨日佐々木に告白されたよ」


丸山も同じく素振りをしながらそう言った。彼もベンチ組のメンバーだ。そして佐々木は、この野球部のマネージャーだった。


「佐々木に告白されたの?なんか気まずくね……付き合うの?」


俺の質問に丸山は答えなかった。聞こえていなかったのか、聞こえていたのに黙っているのか分からなかった。でも俺はそれ以上を口にする事なく、素振りを続けた。田舎特有の夜の虫の声を遮るように、バットが空を切る音だけが聞こえてくる。

明日試合に出れるのだろうか。この素振りが無駄になる事はないが、試合に出るチャンスがあれば、1打席だけでもチャンスがあれば、俺はそこで必ず結果を出したい。そう強く願いながらまた一回、バットを強く振った。






試合当日


決勝との事もあり、相手はもちろん強豪校だった。快速球をコントロールよく決めてくる左ピッチャーにことごとく打ち取られ得点できず、逆にこちらのピッチャーは不調気味とあって1失点。完全に負けの流れだった。

昨日談笑していた奴らになぜ試合を任せなければならないのか。そんな思いを押し殺しながら俺は大声でレギュラーメンバーを応援していた。だが、その応援も虚しく、ついに試合は最終回を迎えた。9回裏1-0。そこまでこちらのチームにはヒットが出ておらず、僅差とはいえ絶望的な状況だった。


「丸山。代打」


監督の言葉に、はいと大きな声で答える丸山。恐らく、3年生はできるだけ出してあげよう的なよくある考えだろう。でも、丸山は諦めていない。昨日あれだけ素振りをしたんだ。きっとやってくれる。

ベンチに座っているレギュラーメンバーは負けムード。でも俺は立って身を乗り出すように応援した。


「丸山あああああ!!!!打てるぞおおおお!!!!」


俺の応援が届いたのか丸山はピッチャーを見ながら少し笑った。そして初球だった。

甘く入ったストレートに合わせ丸山は全力でバットを振った。





------


「田中。俺さ、やっぱり夏の大会はレギュラーとして試合に出たいな。レギュラーってさ、やっぱかっこいいじゃん?」


素振りをしている最中に言っていた丸山の言葉を思い出した。彼は誰よりも本気で野球に打ち込んでいた。




彼がストレートを打ち返すとベンチに座っていたメンバーが一斉に立ち上がった。打ち返した打球はピッチャーのグローブの下を抜け、そのまま一直線に飛んでいった。センター前ヒット。俺たちにチャンスが生まれた。


「丸山あああああ!!!ナイスバッティング!!!!!」


丸山は一塁ベースからこちらのベンチへガッツポーズを見せた。監督は控え選手を出すのをやめ、このチャンスを生かそうとそのままレギュラーメンバーをバッターボックスへ送った。


俺も試合に出たい。そんな気持ちを押し殺して、一生懸命応援した。だって、この試合に勝てば県大会に出場できて、試合に出れるチャンスが増えるから。


だが、9回まで相手の左ピッチャーを打ち崩せなかったレギュラーメンバーは次々に三振していき、ついに2アウト。次の打者が打ち取られたらゲームセットだ。談笑していた時間を練習に使えなかったのかよ。俺はつかんでいる柵を強く握った。


打席に向かう金子に俺は一言告げた。


「絶対打てよ」


俺のその言葉に金子は答えた。


「俺は打つ。だからお前も打て」


金子は幾多の強豪校の推薦を蹴ってこの弱小野球部に入ってきた。理由は野球を楽しみたいからだそうだ。でも彼は談笑していたレギュラーメンバーとは少し違った。毎日周りに流されずに自分を高めていたんだ。野球の腕前はピカイチだった。大会になると必ず、あれ金子じゃね?と他のチームがざわつくほどだった。


金子は左のバッターボックスへ入ると、ピッチャーを睨みつけた。金子がノーヒットで終わるはずない、そう思った。


それもまた初球だった。

低めに入った変化球を綺麗に打ち返した。打球はライトへ。1塁にいた丸山は3塁まで進塁。これで2アウト1、3塁。金子がホームベースを踏めば、逆転サヨナラ勝ち。クールな金子はヒットを打ってもガッツポーズはおろか、笑顔すら見せなかった。あたかも打ったのが当たり前かのような表情だった。


「田中。代打だ」


ベンチが静まり返った。


「田中いるか?」


監督の2度目の問いかけに俺は俺が呼ばれたんだということに気づき大きな声で返事をした。

3年生は他にいるし2年生のいいバッターもいた。その中で俺が代打に選ばれたのはなぜだろう。恐らく俺以外の代打要員が全員左打者だからだ。

左ピッチャーには右バッターが有利と言われている。俺はバッティンググローブをきつく締めると、バッターボックスへ向かった。ベンチからの仲間の声が聞こえる。スタンドからは1年生の応援が聞こえてきた。


俺は叩くべきは初球だと思っていた。丸山も金子も緊張しているはずなのに初球から思い切り振っていった。なぜ、そんなことが出来るのか、それは自分の振りに自信があったからだと思う。毎日毎日素振りをして、バットの振り方を身体に覚えさせる。そんな地道な積み重ねがこのチャンスを生み出している。俺も、俺のスイングを思い切りぶつけるんだ。


そして初球。やはりストレートは早い。だが、この場の緊張感もあってか、高めにボールが抜けてきた。チャンスだ。自分の今までの行いに後悔でもあるのか、ドラマチックな展開を期待しているのか、ベンチからは泣きながら応援しているメンバーもいた。


答えてやるよ!!その気持ちに!!!!


俺は全力でバットを振った。

心地よい金属音の後に続いて、ランナーが一斉に走り出した。俺の打った打球はレフトとセンターの間を抜けていった。長打コースだ。俊足の金子は3塁ベースを蹴ってホームベースへ走った。間に合った強肩のセンターから強烈なレーザービームが返ってくる。これはキャッチャーへストライクが返ってくる。頼む金子。間に合ってくれ。



その時だった。普段クールな金子が両手を前に伸ばした。そのまま頭から滑り込んでいった。ヘッドスライディング。彼のそれはメンバーの誰もが初めて見た光景だった。



「セーーーフ!!!!ゲーーームセット!!!!」




汗と涙に紛れたその試合はチームそのものを変える一試合になったのである。


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