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08 トレハン組合と階級

トレジャーハンター組合は、カザル=ボーダーの主道沿いに作られた立派な建物だ。

坑道を掘り進むドワーフの都市において、広大な空間に壁と屋根を備えた建造物は高級住宅の代名詞である。

トレジャーハンター組合の看板の下には、カザル=ボーダーの5大氏族の紋章が刻まれている。それは、この都市のすべての庇護を受けているといっても過言ではない。

ドワーフ社会におけるトレジャーハンターの重要性がわかるというものだろう。




扉を開けて3人のドワーフが入ってきた。

視線を投げかけて、その一人がバケツのヘルメットをかぶっているのを見て、受付のホリィの口元に笑みが浮かぶ。


あの少年が初めてここに来たのは、もう何年も前の事だった。まだ、ヒゲも生えていない子供だった頃にトレジャーハンターになりたいとやってきた。

トレジャーハンターの最低ランク【鉄階級】になるための条件は存在しない。誰でも、どんな身分でも申請可能だ。

だが、さすがに年齢を理由に押しとどめたが、あの時は泣きわめいて迷惑だった事を覚えている。

それから一週間。毎日同じような事をされて、最終的には根負けした。


【鉄階級】になって最初、大量のガラクタを持って来た。ほとんどがゴミで換金できずに、絶望的な表情でそれを持ち帰っていった。

泣きわめかなかったことにほっとしたくらいだ。


「どんな物を買い取ってくれるんだ?」


次の日の早朝。いきなりやってきてそう聞いてきた。こちらも職務だ。とりあえず一通り買取価格の粘土板を渡すが、文字の読み書きができなかったのだろう。眉間にしわを寄せて無言で帰って行った。


その週は組合にやって来る事はなかった。


彼が次にやって来た時、曲がりなりにも少額の買い取りを行った。あの時の笑顔は今でも忘れはしない。わずか数枚の銅貨をキラキラした目で見て、満面の笑みで出て行った。

不覚にも、その日一日は私も機嫌がよかった。

それから、定期的にガラクタをも持ち込む様になった。買い取れないゴミの割合は極端に低くなった。


三年ほど前に、あのバケツヘルメットを作ってきて「格好いいだろう」と得意満面で言う彼に、正直苦笑しかなかった記憶がある。


定期的にガラクタを持ち込む少年の話は【銀階級】や【金階級】のトレジャーハンター達の耳にも入るようになった。もっとも、それは目をかけるというよりも話のタネとしてだ。秘密だが、少年がいつ死ぬかといった賭けが行われていたらしい。

彼らだってわかっているのだ【鉄屑拾い】では先はないという事を。


はっきり言って無謀だ。

持ち込んだ物の買い取り額は、毎回銅貨数枚。週で合計しても銅貨十数枚。

奴隷の子供には大金だろう。だが、それはあくまでも孤児院という施設があっての事。年齢制限により孤児院を出れば、生活ためにその金を使わなければならない。その為には、その金額では明らかに足りない。

何とかする方法は二つ。組合ではなく業者に売却するか、探索頻度を上げるかだ。

業者に売れば収入は増えるが、実績には反映されない。いつまでも【鉄屑拾い】のままだ。

後者になれば、危険が増すだけ。


だから、彼が仲間を伴って入ってきた時、少し安堵した。一人より二人、二人より三人。分け前は減るが危険度は下がる。

仲間を募ることで何とかしようというのだろう。それはそれで大変で、やっぱり難しい事なのだが、それでも現状よりは…


「お姉さん。買い取りお願い。あと、申請も」


いつものセリフの後に、聞かない言葉が付いた。

いぶかしむ前に、カウンターにズタ袋が置かれ、中から組合でも高額買取りの対象であるマテリアルが顔をのぞかせる。それも小型だけではなく、中型のタイプもだ。

そこで申請の意味を察する。この中型のマテリアルの買取りだけで、必要な申請条件の額の半分に匹敵する。

彼らはさらに荷物をほどいてカウンターに乗せる。


少し驚いて彼の顔を見る。短くだが髭の生えた顔のその目は、

あの時のようにキラキラと輝いていた。


どうやら、彼は予想を裏切る人材らしい。




トレジャーハンターには3つの階級がある。

金、銀、鉄だ。


【鉄階級】は誰でもなれる。申請すれば、その場で登録される。身分も年齢も関係ない。その分、得られるものも、自由に町の外に出られる許可だけだ。特権と呼べるようなものは何もない。

【鉄屑拾い】などと呼ばれる最下層のゴミ拾い達だ。


一般にトレジャーハンターと呼ばれるのは【銀階級】からだ。

市民階級と同じ権限を得て。武具や遺品の購入にも特典が得られる。

【鉄階級】から【銀階級】に昇格するには二つの条件を満たせばよい。

ひとつはマテリアルを所有する事。遺跡を探索するうえでマテリアルは絶対に必要なものではない。しかし、マテリアルを持つことで格段に楽になる。ましてや、マテリアルを所持し使いこなせないような者がトレジャーハンターとして生きることは不可能だ。

そして、【銀階級】に上がる為に、何よりも重要なのは、もう一つの条件。

実績を上げる事だ。

実績とは要するに、組合へ一定額の買取りをしてもらう事。一定額になるだけの価値あるものを手に入れられる。そう実力を示せばよい。

昇格に対して、この実績が最大のネックである。

【鉄屑拾い】になって6年。オレは超小型マテリアルを3個入手した。幸運もあるし、同業者ですらしないような危険な事をして手に入れた3個だ。そのうち一つは同業者に強奪され、もう一つを孤児院の院長に渡し、最後の一つがオレのポケットに収められている。

そして、この三つを組合に提出しても、必要額の半分にも到達しない。孤児院を出て、生活の為に【鉄屑拾い】を始めれば、状況は悪化こそすれ良くなる事はない。

普通の方法では、いつまでたっても【鉄屑拾い】のままだ。

その答えが出た所で、オレは今回の博打を打つ決断をしたのだ。


「お姉さん。買い取りお願い」


受付の一つにいるお姉さんの窓口へ行く。トレジャーハンターの申請をした時以来の仲で、おなじみさんだ。茶色の髪を編み込んでアップにしている。大きなはちみつ色の瞳とそばかすがチャームポイントらしい。よくトレジャーハンターからモーションをかけられているところを見ると、ドワーフ的に美人なんだろう。

オレから見れば、相変わらずロリである。

ついでに言うと、結構頑固で性格がキツイ。ただ、顔なじみで、手馴れているし、信頼はできる。


いつものように、ズタ袋をカウンターに置くが、中から取り出すのはいつもと違う。手に入れたマテリアルだ。組合で何よりも重要視するのがマテリアルの買取りで、カザル=ボーダーの他の店では基本的にマテリアルの買取りはしていない。

そこまで力を入れているせいか【銀階級】への昇格査定にもボーナスが付く。


「あと、申請も」


そう言うと、お姉さんは少しびっくりしたようだ。自分の【鉄階級】のカードを出して、査定を待つ。オレの6年間の地道な努力と、今回の収集品で、目標額は達成されているはずだ。

一応、組合内にある掲示板にも目を走らせるが、買取り価格変動のお知らせはない。

穴が開くほど見た実績評価価格と、今までの買取り総額。そして、今回の戦利品。

問題はない…はずだ。


ドキドキしながら待つと。査定に行っていた受付のお姉さんが戻ってくる。手には見慣れない黒いオーブを持っており、戻って席に座ると、オーブはひとまず脇に置く。

いつもの通り、お姉さんが買取り査定後の価格の書かれた黒板を差し出した。


・中型マテリアル     金貨一枚

・小型マテリアル     銀貨三十枚

・稼働機部品       銀貨二十枚

・水ジェネレーター    銀貨六十枚


…予想はしていたけど見た事のない額になっている。今までの銅貨数枚の買取り額なんて、誤差だ誤差。金貨って実在していたんだ。

ちなみに、ドワーフの通貨は金貨、銀貨、銅貨の3種類だ。銅貨1枚が10円くらい。換金レートは金貨1枚=銀貨100枚。銀貨一枚=銅貨100枚が目安だ。

金貨一枚10万円くらい。普通の生活にはまず必要ない貨幣だ。

普通に生活するだけなら銅貨だけで事足りる。銀貨だって高額商品を買う時くらいだ。

額を見て固まっているオレに受付のお姉さんが聞いてくる。


「昇格しますか?」


もちろんだ。大きく何度もうなずく。お姉さんは登記板を差し出す。

書いた後焼き入れし保管する登録板なんて生まれて初めて記入したわ。

【鉄階級】の申請の時は、口頭で言った名前と書かれたカードの名前を確認するだけだったからな。

書き損じをしないように、わからない所をお姉さんに聞きながら記入する。


「では、このオーブを右手でつかんでください」


用紙を回収しつつオーブを出す。台座に固定されたオーブを右手で握る。


「ちょっと痛いですよ」


バチィ!


「っ!」


突然の激痛で右手を話す。見ると、手のひらに複雑な模様が焼き付いている。

焼印かよ。


「今後、その印とカードが【銀階級】の証明となります。印が消えそうな場合はカードと一緒に再度組合で申請してください」


差し出されたカードを受け取る。ドワーフの技術をもってすれば、鉄製のカードの偽造なんて楽なものだ。だが、他人の右手を偽造することはできない。


「銀階級のトレジャーハンターとして、カザル=ボーダーの全氏族があなたの後援となります。おめでとうございます。セージさん」


受付のお姉さんが笑顔でそう告げる。そういえば、お姉さんの笑顔を初めて見た気がする。


「ありがとう」


お礼を言って振り返ると、笑みを浮かべたガラハドとドリスがいる。

自慢するように焼印の入った右手を上げてみせる。二人の右手が上がりハイタッチ。


「おめでとう」

「やったな」

「ああ、だがまだまだこれからだ。次は二人の階級を上げるからな」

「おう。頼むぜ兄弟」

「まずは、この金で飯を食おう。いつか入ってやると誓った店があるだろう」


とりあえず、今日くらいは贅沢をしても罰は当たらないだろう。


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