07 獣人と魔砲術
とりあえず、足早に歩く。
正直、もっと漁りたい所だったが、手に入れた高額買取り品だけを回収する。
理由は、タイムリミットだ。
帰りも天蓋の崩れた危険地帯を通る。そして、オレ達が通れるのは夜だけだ。
この世界の昼と夜の正確な時間をオレは知らない。そもそも、正確な時計をもっていない。一日が二十四時間かも不明。ここ数年、おりを見て危険地帯を調査して、確実に夜である時間帯を割り出して今回はここに来た。だが、それは正確な日の出を知らないという事だ。
この星の大きさ、太陽からの距離、この地域の場所、そもそも天動説なのかすら不明な異世界だ。
もたもたしていたら、日が昇る。次に日が沈むまで、まともな装備もないオレ達が未探索地点にとどまるのは自殺行為に等しい。
一刻も早く危険地帯を通って戻る必要があるのだ。
急いだおかげか、危険地帯の空はまだ夜だった。
同じように目隠しをしてロープを結ばせる。
はやる心を抑えつつ、慎重に危険地帯を抜けて、入る時に準備した場所までたどり着くと目隠しをはずさせる。
最後の難関をクリアした。
探索は大成功。
後は帰るだけだ。
休憩を終えてオレ達の表情は明るい。テキパキと荷物を整えて歩き出す。
正直、オレ達は油断していた。
カザル=ボーダーまで数時間の距離。いつもの距離だ。しかし、そこは間違いなく町の外。危険な場所であることに変わりはなかったのだ。
「きゃっ!!」
後ろを歩いていたドリスが悲鳴を上げて倒れこむ。
同時に飛んでくる石つぶて。運良くそれらは外れたが、ドリスに当たった石が転がっている。
「ドリス!」
ガラハドがドリスの前に出る、オレもドリスに駆け寄って起こす。ドリスの額から血が流れている。だが、意識はあるようだ。ふらつきながらも体を起こそうとしている。
「クソッ!トゥースだ!ドリス、セージ。通りの角まで下がれ。このままじゃ一方的になぶられる」
奥を見たガラハドの言葉に、ドリスの肩を支えるように起こすと、引きずるように坑道の奥へと運ぶ。ガラハドはオレ達との間に立ちふさがり、飛んでくる石つぶてを戦槌で叩き落としている。だが、飛んでくる石の数が多すぎて、すべては落とせない。それを体でガラハドが体で受け止めてくれている。
途中でドリスも自分の足で歩きだし、すぐに坑道の角を曲がる。
「横道に入った。もういいぞ!」
角を曲がってガラハドに声をかける。走ってガラハドが戻ってくる間にドリスの様子を見る。
「大丈夫。石は背嚢に当たったの。頭は倒れた時に打っただけ。すぐ血も止まるわ」
そういうと、立ち上がって片手で額の傷を押さえつつ、手斧を引き抜く。ガラハドが角を曲がってくると、ドリスの傷を心配したが、意識がはっきりしている事がわかると、安堵の表情を見せる。だが、すぐにそれは厳しいものに変わった。
「トゥースの群れに出会っちまった。見えただけでも10匹近く。奥にはもっといる」
こっちは三人。10匹程度なら勝てない相手ではないが、20や30となれば、頑強なドワーフといっても無茶な話だ。
「…ドリス。荷物をもって先に行け。カザル=ボーダーの城門前で待ち合わせだ。ガラハド。オレの用意が済むまで頼むぞ」
オレの言葉に、ガラハドも覚悟したように荷物を下ろすとドリスに渡す。
泣きそうになりながら首を横に振るドリス。
「そんな、ガラハド。あなたを置いては行けないわ」
「頼むドリス。オレの為にも行ってくれ。そしてもし帰れなかったら…幸せになってくれ」
「ガラハド!!」
「お前らラブってないで、さっさといけ!!一緒に吹っ飛ばすぞ!!」
通報されろリア充!
オレもドリスに荷物を渡すと、こちらに向かってくる足音から離れるようにさらに奥へ進む。相手の方が数が多い、さらに細い坑道まで下がって待ち構える。
「さあ、来い。出っ歯野郎!お前の歯より硬い物がある事を教えてやるぞ!」
坑道の真ん中で戦槌を両手で握ってガラハドが迎え撃つ。稼働機の攻撃に石つぶてのダメージもあるが、その足取りはしっかりしている。
ドリスを先に行かせて、オレは背中の荷物から秘密兵器を取り出す。それは円筒状の筒だ。遺跡で倒した稼働機の腕に似ているが、それよりもボロボロで、壊れた外装を粘土で補強しており正直みすぼらしい。だが、それだけ慣れ親しんだものであるという事だ。
そこから伸びたコードの束をほどきながら、ポケットからマテリアルを取り出す。
「うおおおお!!」
ガツン!
硬い音を立ててガラハドの戦槌が化け物に打ちつけられる。
見れば、身長1mほどの人型の化け物がガラハドと戦っている。化け物は全身毛だらけでドワーフ達は獣人と呼んでいる典型的な敵対種族だ。獣人といってもオオカミやネコ科の生き物ではなく、その顔はネズミだ。ネズミ人間である。鋭い前歯からトゥース(歯)と呼ばれている。
基本的に知性は低く。石を投げる程度の知恵はあるが、武器を作る技術はなく。鋭い爪とげっ歯類特有の牙が武器だ。
一体一体はそれほど強くない。身体能力的にも武装的にもドワーフの方が圧倒的に有利である。だが、相手が10匹20匹となったら話は別だ。
ネズミ特有の多産で、倒しても倒してもはびこる厄介な脅威だ。
ガラハドの奮闘をよそに、オレはほどいたケーブルを確認しながらマテリアルのスロットに差し込む。ケーブルにつけた印を間違えないように、一つ一つ慎重につなぐ。正しい差込口を見つけるために、何度暴発してひどい目にあった事か。
ここでのミスは致命的だ。
最後のケーブルを差し込んだところで、腰だめに構える。
ガラハドはすでに3匹の獣人を倒しているが、敵は後から後からやって来る。今直接戦っている二匹に、その奥に5匹。さらにその先の曲がり角の向こうにも獣人の気配がある。
「またせたな兄弟!」
構えたまま声を上げると、ガラハドもこっちを見て準備が済んだことを確認する。
一、二度武器を大きく振り回して獣人を牽制、それに驚いた隙に、くるりと身をひるがえしてこちらに走ってくる。
当然、獣人は追いかけてくる。オレは切れ目の入ったゴーグルを下して、ガラハドと体を入れ替えるように前に出る。そして、マテリアルの起動ボタンを押す。
ドゴーーーーン!!
「ハイホォー!!」
銃口から真っ白い本流がぶちまけられる。その反動にオレの口から歓声が上がる。軽く左右に振って角度をつけると、坑道中に光のエネルギーをばらまく。
【魔砲術】
そう呼ばれる旧時代の技術だ。
ぶっちゃけると、マテリアルのエネルギーを発射するだけの単純な代物である。稼働機が光弾を放つのも魔砲術だが、オレのはそれよりももっと“原始的”だ。
見た目は派手だが、それほど便利なものではない。
わずか数秒で、マテリアルの全エネルギーを放出してしまう。
銃口から光が消えると同時に、ゴーグルを外して砲を肩に担ぐ。
ガラハドを追っていた最前線の獣人は完全に死んでいた。しかし、それはわずか3、4m程度の距離までだ。それより奥にいた奴は、ダメージこそ受けて転げまわっているが、まだ生きている。
確認するが、持っていたマテリアルの表面から文字は消えている。なぞってみても何の反応もない。
全エネルギーを使ってしまったためだ。マテリアルはもう使えない。エネルギーの最充電がされるのは半日から一日くらいかかる。
そして、オレの持っているマテリアルはこれ一個だけだ。
つまり、オレの魔砲術はこれで打ち止め。
「ボヤボヤするな。いくぞ!」
オレの魔砲術に驚いて足を止めたガラハドを怒鳴りながら走り出す。
確かに、あの坑道にいた獣人には有効打を与えた。しかし、角の向こう側には何のダメージも与えていない。光の奔流に驚いただけだ。もしかしたら目を焼いたかもしれないが、致命傷ではない。
この隙に逃げるしかない。
「目がチカチカする」
「こっちを見るなって言ったろ!」
「言ってねぇよ!!」
涙目で目を細めるガラハドを怒鳴りながら走る。
魔砲術には弊害が多い。光に弱いドワーフの目に魔砲術のエネルギー光は有害だ。オレだって、この簡易ゴーグルがあっても至近距離で使うと目がやられる。だから、魔砲術使用時はゴーグルをした上で目を閉じる。当然、その間に細かい対応はできない。
低射程、単発、術者が無防備となる、仲間への影響と、魔砲術の欠点といえるだろう。
とりあえず、最後の切り札まで使った以上、もう後は逃げるしかない。
カザル=ボーダーまで、もう少しだ。
「ああ、ガラハド。無事だと信じていたわ」
「ドリス。もう会えないかと思ったよ」
ヒシッ。という音が聞こえそうな熱い抱擁。銃砲を向けるオレ。今ならおれの嫉妬の心で魔砲が撃てる気がする。(※嫉妬の心で魔砲は撃てません)
あのあと、獣人たちの追撃はなく。オレ達は無事にカザル=ボーダーに帰る事ができた。城門の前でドリスがオレ達を待っていて、現在感動の再会というヤツだ。
言い直そう、ガラハドを待っていて、現在感動の再開というヤツだ。
マテリアル。マテリアルの充電早う!
バンバンとマテリアルをたたくが、残念なことにマテリアルはうんともすんとも言わなかった。