03 マテリアルと太陽
マテリアルは、旧ドワーフ文明の根幹ともいえる超技術だ。
エネルギー源としてまた制御装置として、様々な用途で使われている。
オレの手にあるのは最小のマテリアル。俗に小型と呼ばれる物だ。いくつもの危ない橋を渡ってオレはこれを手に入れた。正直これだけで奴隷の数ヶ月分の生活費になるという超高級品だ。
だがオレはこれを大事に隠しておいた。理由は簡単だ。
これこそがトレジャーハンターに必須の遺物なのだ。現代でいうコンピューター。この大きさからして携帯端末といった所か。マテリアルの中にはアプリとよばれるソフトが入っている。様々なソフトを入れ替えて、多種多様な機能を持たせることができる。
旧時代の繁栄の象徴ともいえるだろう。
もっとも、この最小のマテリアルの中に入っているアプリは、一つだけ。その内容を確認して、オレは今回の計画を実行に移したのだ。
それがどれほど危険な計画なのかは承知している。
だからこそ博打なのだ。
マテリアルにつけた皮紐を、腰のベルトにしっかりと結び付け、そのままマテリアルをポケットに入れる。
もう一つのズタ袋を背負い、自分の分をより分けて残りの古着を二人に渡す。
「わかっていると思うが、着混んで顔と体に巻くんだ。肌が出ている所をなくすんだぞ。特に首の後ろ、腰回り。手首と足首を確認するんだ」
今までのオレの経験談を話しつつ。落ち着かない雰囲気でガラハドとドリスが古着を着こんでいく。
緊張するのはわかる。ここから先はドワーフにとって恐怖の権化だ。
オレも同じように古着を着こみ、最後に一番奥に隠したオレの相棒を取り出す。
それは、バケツだ。探索中に見つけたバケツを改良してヘルメットを作ったのだ。そこには一つの奇妙なゴーグルが付いている。
粘土で作られた目隠し。このままでは前が見えないので、横に1本の細い切れ込みが入っている。そんな奇妙な目隠しが皮紐でバケツに括りつけられている。
慣れた手つきで頭にかぶる。中には使い古したぼろ布が入っており、上からの衝撃を(たぶん)軽減してくれる。
二人も古着を着こみ、顔を覆って、目の部分だけ出している。
準備ができた事を確認して歩き出す。
更ににいくつ目かの角を曲がった所で、一枚の看板が出てくる。
『立入禁止』
足を止めて振り返る。目を残して布で覆っているで顔色はわからないが、その眼は明らかにおびえていた。
「安心しろとは言わない。だが、オレは生きて帰れた。ロープでお互いを結ぶ。オレが先導するから信じてついてこい」
「…おう」
ドリスからの返事はなかったが、ガラハドが無理やり自分とドリスにロープを腰に結び付ける。その端をオレに結び付けて数珠つなぎにする。
「目隠しはオレがいいというまで取るな。何かあればオレが声を出す」
「「…」」
二人からの返事はない。二人に目隠しをすると、ロープを握ってゆっくりと歩きだす。
いくつ目かの角を曲がったところで、坑道の先が白くなっている。
バケツに括りつけたゴーグルもどきを引き下ろす。切込みから狭くなった視界を頼りに進む。
角を曲がった先は、落盤の後だ。
大きな落盤だったのだろう。天井が崩れ落ち、周囲を巻き込んで広い空間を作っている。あたりには大小さまざまな破片や残骸が散乱し、いくつもの通路や遺跡の跡が見える。
トレジャーハンターからすれば、絶好の探索場所なのだろうが、見たところほとんど人の手が入っていない。
当たり前だ、オレは細いスリットの奥でさらに目を細めつつ見上げる。
見上げると星空があった。
危険な空。星々が瞬くだけの夜空だが、それでも強烈な光がオレの目を焼く。視線を外して、前を向く。
ドワーフの致命的な欠点。
それは高性能すぎる暗視能力だ。地下世界に適応し光のない世界に適応した暗視には、太陽の光は強烈を通り越して有害なのだ。
光の下では視力を失い、何も見る事はできなくなる。それどころか、太陽の強烈な光は激痛となる。長時間そんな場所にいれば失明。瞼を閉じても隙間から入る光で、時間稼ぎにしかならない。
太陽の脅威は光だけではない。先祖代々地下に住み続けたドワーフは太陽への耐性すら失っていた。アルビノが太陽光で肌が焼かれて赤くなる。それをさらに酷くした様なものだ。直射日光はドワーフの肌を文字通り焼く。
外で光に目をやられ、動けなくなったところでじっくりローストされるわけだ。
それ故にドワーフは地上を捨て地下世界に逃げ込んだ。太陽の下は、ドワーフにとって生きる事の出来ない危険な世界なのだ。
地上を探索する一流のトレジャーハンターでも、活動するのは夜だ。太陽の周期はトレジャーハンターにとって死活問題でもある。
ドワーフにとって太陽とは、その存在自体が天敵なのだ。
今回の探索で、一番問題となったのが、この立入禁止地区への立ち入りだ。ガラハドとドリスも、この危険な場所を通り抜けるといった時は、正気かと疑われた。
オレは前世の知識がある。光がどういうものか知っている。太陽を知っている。昼と夜も知っている。だからこそ、こうやって対処できる危険と認識して来られるのだが、太陽を見たこともないドワーフにしてみれば、抗う術のない未知なる恐怖だろう。
説得に説得を重ねてガラハドとドリスに承諾させての危険地帯踏破だ。さすがに、この地域を探索するわけではない。
腰に結んだロープを握り、一歩一歩慎重に進む。天蓋(地上との境目の地層)が落ちた場所で、足を取られないように慎重に安全な道を進む。目隠しをして無防備ではあるが、地下に住む怪物もドワーフと同じような欠点を抱えており、この辺りを縄張りにする怪物はいない。
それが唯一の救いだ。
落盤跡は、それほど広い場所でもない。狭い視界でゆっくり移動しても三十分も歩けば、踏破できる。
目印を付けた目的の坑道を見つけ、そこに入る。いくつかの角を曲がると、光も入ってこなくなる。
「もう大丈夫だ。目隠しをとってもいいぞ」
ゴーグルを上げながらそういってロープを外す。見ると、二人が恐る恐る目隠しを取っている所だ
「少し休憩しよう。周囲を警戒してくれ」
緊張しっぱなしでさすがに疲れた。目が少しチクチクするが、少し休めば戻るだろ。
「わかった。ドリス。武器を用意する」
「そうね。いったん休憩にしてお腹に何か入れましょう」
二人の言葉を聞きながら、目を閉じる。