02 旧時代とトレジャーハンター
ドワーフはかつてこの世界の頂点に立った。
卓越した技術力で敵を駆逐し、広大な文明圏はさらなる技術の発展を促し、その技術をもって、地下と地上を支配した。
しかし、その栄華は自滅という、無様な理由で終焉を迎える。
ドワーフは地上を捨て、光の届かない地下の世界で生きている。
その地下での暮らしを支えているのが、かつての遺産だ。ドワーフの匠の指先をもってしても再現不可能な旧時代の遺物。
それは、外敵を打ち倒す武器であったり、生活を豊かにする道具であったり。
しかし、そういった物を手に入れるには旧時代の遺跡から回収するしかない。ドワーフの堅牢な都市から離れれば、そこは危険地帯だ。様々な怪物が跳梁跋扈し、彼らが好き勝手掘った不安定な坑道は、落盤など日常茶飯事だ。前に使った道が数時間後には使えないことすらあり得る。
道がわからなければ、屈強なドワーフといえども待つのは死だけだ。
その危険を乗り越えて遺跡にたどり着いても、そこも安全ではない。旧時代の防衛装置はいまだに生きており、侵入者にその強力な武器を向けてくる。
あるいは、住民のいなくなった遺跡に住み着いた怪物や、そういった場所を巣とする獣人の話など枚挙に暇がない。
そういった危険を乗り越えて、持ち帰った旧時代の遺物が高値で取引される事は当たり前といえるだろう。
高い技術能力を持ち、技術こそ至高と謳うドワーフだからこそ、回収した旧時代の遺物の量は、豊かさの象徴であり、都市を守る武器であり、ドワーフの繁栄の象徴だ。
それ故に、どんなドワーフの都市であっても、旧時代の遺品を回収するトレジャーハンターと呼ばれる仕事は、特例として多くの特権を有する。
どのような氏族であっても、どんな家の出であっても、参加することができるし、実力を示せば、誰であろうと優遇される。
当然、それは身分が奴隷階級であっても、氏族と同じ扱いをしてもらう事すら可能なのだ。
オレの住む地下都市カザル=ボーダーの坑道を通り抜ける。路地から出るたびに、道は大きくなり、だんだんと人通りが増えて行いく。
やがて、一つの坑道を抜けると視界が開ける。
高い天井に、広い整備された道。このカザル=ボーダーにある4本の主道の一つだ。
いくつもの屋根と壁を備えた立派な商店が並び、天井を支える柱には、巨大で立派なドワーフの彫刻が彫り込まれ、道を歩くドワーフ達を見下ろしている。
余計な難癖をつけられないように、主道の端を進む。やがてたどり着いた広場には、無数の屋台が並び、多くの市民が買い物に来ている。
その広場の隅。最も屋台のない、あるいは程度の低い屋台が並んでいる場所に、オレは目的の相手を見つける。
「兄弟。待たせたな」
待ち合わせ場所には、二人のドワーフがいた。
一人は男のドワーフ。名をガラハドという。黒い髪とヒゲで、屈強な体つきだ。まあ俺と比べれば誰だって屈強だけど…
とはいえ、その身分を示すヒゲはボサボサだ。つまり、奴隷階級を意味する。当たり前だ、ガラハドはオレと同じ孤児院出身。五年前に孤児院を出た兄弟のような関係だ。鉄の枠組みに、隙間を粘土で固めた粗末な盾を持ち、同じような粘土製の胴鎧を着ている。
ちなみに、粘土は地下世界しかないドワーフ社会で木材のような役割をしている。正規の武具よりは脆いが、補修は簡単。最低限の(本当に最低限だが)の役には立つ。重量が圧倒的に木材より重いが、頑強なドワーフからすれば、それはデメリットではない。
もう一人は、女のドワーフである。名前はドリス。もちろんロリだ。
赤い髪の毛を後ろでまとめただけ、当然編み込みなどしてない。ドリスもまた孤児だ。オレ達とは別の孤児院の出身。彼女は二年前に孤児院を出ていた。
こっちは軽装だ。背中に荷物を背負っているが、鎧の類はなく、粗末で補修だらけの服だけだ。
かく言うオレだって、同じような軽装で。武器となりそうなものは、腰から下げた鉄板を成形して自作した愛用のスコップ程度だ。
この二人が、今回のオレの遺跡探索に参加してくれる仲間という事になる。
本当は候補が五人いたのだが、色々な理由で三人は不参加となった。まあ、彼らを臆病者と罵る事はできない、危険は大きく成功するかは不確か。
それでも参加しようというのは、夢見ガチなガキだけだろうし、そういうガキは奴隷階級で社会を数年経験すれば、嫌でも現実を知る事になる。
それでも、ガラハドとドリスが参加してくれたのは、彼らが恋人同士だからだ。
奴隷階級での結婚は幸せな未来を築くことは難しい。何とか暮らしていけるだけの生活に明るい未来を見る者は少ない。
一発逆転を夢見て、遺跡探索に参加しようというのだ。
当然、オレが彼らの参加を断る理由はなかった。
別にうらやましくはない。オレはロリコンではないからな。
「大丈夫だ。そっちの準備は?」
「全部済ませてある。行こう」
オレの返事に、真剣な顔でうなずき、深呼吸をする二人。
もちろんオレだって、緊張しっぱなしだ。
オレは、この日の為に準備を進めてきた。あの日、人造人間ヒューリーを手に入れると決めた日から、その方法を模索し、トレジャーハンターになるしかないと答えを出して、六年をかけて準備したのだ。
ドワーフの町は、旧時代の地下都市を再利用している。しかし、当然だがそのすべてを使っているわけではない。そこまで人口がいるわけでもないし、守るための兵力もあるわけではないからだ。だから、都市の近隣にはいくつもの遺跡が転がっている。
もちろん、そんな遺跡は漁り尽くされた後で、ゴミの山でしかない。
ただそれは、普通のトレジャーハンターにしてみればだ。オレたち奴隷階級からすれば、数少ない金を手に入れる手段だ。規格のあるネジや鉱物を含んだガラクタは、市民にしてみればはした金だが、奴隷階級からすれば立派な金に代わる。
もちろん、それは楽な仕事ではない、近隣とはいえ廃棄された遺跡はドワーフの支配地域の外だ。怪物に襲われる事もあれば、せっかく手に入れた物を同業者に強奪される事だってある。
ガキだったオレも、そういった危険な目に何度もあってきた。不幸な同業者の痕跡や、怪物の痕跡などを注意深く調べ、時には怪物が諦めるまで丸一日飲まず食わずで隠れ続けた事すらある。転生者でなくただのガキなら死んでいただろう。
しかし、そこまでの危険を冒す価値はあった。
でなければ、六年目の孤児院を出る今日この日に、オレはトレジャーハンターになる準備を整える事はできなかっただろう。
大通りを進み、カザル=ボーダーの城門を抜ける。そこから別の都市への危険な道が続いているが、もうすでにドワーフの支配範囲外だ。武装した護衛の守る武装キャラバンの後ろに続くように進む。
しばらく進んでから、逸れるように枝道へ。
緊張しているせいか、誰も軽口をたたくこともせずに数時間無言で進む。
オレにとっては何度も来た道ではあるが、今日のこの日は、その道も特別に思える。
目的付近の場所についたところで足を止め、口を開いた。
「周りを警戒してくれ。誰もいないな。」
「…ああ。少なくとも見える範囲にはいない」
オレの質問にガラハドが注意深く周囲を見回し、耳を澄ませてそう返事をする。
ここは地下世界であり、地上の平原でない。オレ達がいるのは狭く曲がりくねった坑道だ。隠れることは簡単である。目で見るのはもちろん、壁に触れて振動や、音や匂いにも注意を払う。
オレ達はそのまま周囲を警戒しつつ坑道を進んでいく。ある程度進んだ坑道の壁に、オレは自分が付けた印を見つける。
そこを起点にさらに奥に数歩移動。スコップを抜き、秘密の隠し場所に埋めた、秘蔵の品を掘り出し始める。
すぐに目的の物が出てくる。それはまとめられた布の山。古着だ。だがそれだけではない。いくつかのズタ袋。その小さい方の袋に手を入れ、厚さ数㎝ほどの円盤を取り出しす。円盤の外周にはいくつかのスロットが付いており、ただの金属ではないことがうかがえる。
「セージ。これが…」
興奮するように、ガルベドとドリスがのぞき込む。
オレが直系10㎝ほどの円盤の表面をなでると、そこにいくつかの文字が浮かび上がる。よしよし。きちんと起動するな。
「そうだ。これがマテリアルだ」
オレの六年の集大成にして、博打を打つためのチップだ。