09 ヒゲと遺跡群
ドリスがヒゲに丁寧に櫛を入れる。
ニヤニヤしながらそれを見るガラハド。
【銀階級】へ昇格した後、ささやかだが準高級料理店ご馳走を食べ、奴隷階級では宿泊できない高級っぽい宿に泊まる(ドリスとガラハドは奴隷な階級なのでオレの従者という事になったが)
清潔ばベッド。隙間風も騒音も強盗もいない睡眠。
朝、目が覚めてベットから起きると、低血圧でボーッとしているガラハドと目が合う。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
お互いを認識し、今の状況を認識すると、二人とも自然とにやけてくる。
ああ、そうとも夢じゃない。
「ほら、二人とも。顔を洗ってくる!」
先に起きていたドリスの声で、男同士で無駄に見つめあってニヤケるのをやめると、水を張った樽で顔を洗う。
「セージ。ヒゲを結うからこっち来て」
「…ああ、そうだな」
ヒゲを編み込むのは市民の印。奴隷階級から市民になったのだ。ボサボサで、不揃いで短いヒゲだが、ドリスはゆっくりと優しく櫛ですいていく。
それが今の現状だ。
【銀階級】となったオレは奴隷階級から市民階級へと昇格した。
とはいえ、これで終わりではない。というか、引き返せなくなっただけとも言える。前にも話したがドワーフ社会において仕事は固定だ。基本的に、職業選択の自由はない。
オレがトレジャーハンターとして市民になった以上、オレの仕事はトレジャーハンターとなる。それ以外の仕事をすると犯罪だ。奴隷と違い、市民であるがゆえに罰せられる。
オレには、トレジャーハンター以外の道はないという事だ。
覚悟はしていたけどな。
「これからどうする?」
手にある金は金貨2枚ほど。銀貨換算でも200枚と少しだ。まだ、タペストリーもあるので銀貨数十枚は増える計算だ。市民クラスの生活をしても1、2ヶ月は暮らせるだろう。奴隷階級なら一年は暮らせるかもしれない。3人分でも数ヶ月。
だが、そんなことはしない。
トレジャーハンターとなった以上、この金は次の準備以外に使えない。それ以外で浪費すれば先はない。
「もちろん。遺跡探索を続けるさ。その為の準備に金を使う」
「また、あの禁止地域の先に行くのか?」
ガラハドの目には光に対する恐怖はない。すでに進んだ経験と、そのリスクに見合うリターンを知ったためか。
だが、オレは首を横に振る。
「いや、新しく探索できる場所を見つける。あそこはまだ秘密だ」
「なぜだ?」
あの場所は禁止地域の先だ。他のドワーフに見つかる可能性は低い。残っている稼働機の存在はあるが、漁る事は可能だろう。
だが、漁った後はどうする?
今後もトレジャーハンターとして生きるなら、他の銀階級と同じように探索されていない遺跡を見つける必要がある。きちんと師事されてトレジャーハンターになったわけではないオレ達には、知識も経験も足りない。
「保険だ。もし、運悪く遺跡を見つけられなければ、あそこを漁って資金を稼ぐ。だが、そうでないなら、きちんと稼ぐ方法を確立させる必要がある」
そのために必要なのは試行錯誤だ。考えて、最善を尽くしても失敗する事があるだろう。最悪ではない失敗なら問題ない。
その失敗の為に、現段階ですべて漁ることは得策ではない。
「稼ぐ手段があるのか?」
「候補はな。というか、それくらいしか出てこない」
トレジャーハンターを目指して数年。オレは様々な情報を集めてきた。トレハン組合の片隅で、トレジャーハンターの会話に耳を澄ませ、少ない稼ぎの中から大枚をはたいて知識を手に入れて準備してきた。
「まず、目標を決める。オレ達は3人しかいない弱小トレハンチームだ。大きな遺跡を探索するのは無謀でしかない。だから、個人住宅を狙う。前と同じ規模の遺跡を選んで探索する」
大きな遺跡になれば、そこにある稼働機の数も規模も変わる。
その基準をオレはある程度把握していた。
繁栄した文明であるがゆえに、そこには法と秩序が存在する。孤児時代のオレが大枚をはたいて唯一購入した書籍は法律書だ。まあ、需要が皆無だったせいか、安かったというのも理由の一つだ。
ちなみに、今も服の下に巻いて防具として活躍している。
話を戻すが法治国家であったがゆえに、そこに稼働機と呼ばれる個人所有が可能な殺傷兵器の所持は重要項目だ。当然、様々な規定がある。
正直、解読するのに一年以上かかった。もう、暗号かと思うくらいに難解で回りくどい表現方法に、何度本を壁に投げつけたかわからない。
前世の記憶で規約や契約書を読んだことがなかったら、最後まで分からなかったかもしれない。
おかげで、分厚い法律書のわずか十数ページ。稼働機に関する概要だけは把握できた。
個人邸宅にはポーンタイプの稼働機までとか、付けられる武装は対個人用までといった制限を受ける事。
逆に、大規模施設になれば、ポーンタイプでも広範囲迎撃用の武装がつけられたり、複数期の連携対応や、中型稼働機ルークタイプの配備が可能であったりと決められている。
そんな大規模用稼働機に装備もない三人で挑むのは無謀だ。
もちろん、オレの持っている法律書の年代がどのあたりかは不明である。法改正だって当然ああっただろう。ただ、個人所有の稼働機にかけられる金額というのはおのずと限界はあるのだ。それはギルドといった組織とは比べるまでもない話である。
まあ、職人脳のドワーフなので、たまに趣味の粋を極めたトンデモ稼働機があるらしいが、そんな変人仕様は例外中の例外だ。
「となると、わかりやすいのはコド=ハラクシャス遺跡群だ」
「…あそこか」
ガラハドの目が厳しくなる。
コド=ハラクシャス遺跡群は、この地方でも大都市の遺跡だ。その為に、同じ遺跡を再利用したカザル=ボーダーにも、コド=ハラクシャク遺跡の記述は残されている。
もっとも、その場所は完璧に今のドワーフの統治範囲外。
そこは多くのトレジャーハンターが漁り続けている。カザル=ボーダーのトレジャーハンターなら常識の話だ。しかし、有名だからと言って漁りつくされたわけではない。
良くも悪くも、ドワーフの地下都市は広大で入り組んでいる。地上と違い、地下を掘り進む都市は全容を把握しにくい。いまだに探索されていない遺跡が数多くあるだろう。それも万人単位で生活していた大都市だ。個人住宅なら、数多く残されている…と思う。
「まあ、どのみちオレのマテリアルの充電がある。今日は準備だ。武器に食料。他に欲しいものはあるか?」
下がりそうになるテンションを上げるようにわざと明るい声を出す。




