08 撤退
実家には手紙を書き、アレキシスとは交友関係を持ち、エドワードは使いっぱしりに出した。それから数日、そろそろ何か変化があっても良い頃だ。
この数日間はずっとシャーリーの普段通りのスケジュールで行動していた。
朝は夜明け前に起床、昼は授業、夕方は森で藁人形を打ち、夜は勉強、深夜は藁人形を打つ、貴族の令嬢としては模範的な学院生活だ。
唯一欠点があるとすれば睡眠時間が不足気味な所だろうか?睡眠不足はお肌の敵。
だが、断る!
このサイクルこそシャーリーをリスペクトする上で最も重要な環だ。これを乱せば立ち待ちシャーリーはシャーリーでなくなる。
変化と言えば友人ができたことと、最近夜な夜な森でグレンデール先生を見るようになった。
『弾けろズラ野郎!』の掛け声とともに等身大藁人形にラリアットしていた、何度も。
あれは凄かった、年季の入った綺麗なラリアットだった。
グレンデール先生を見るに、やはり、呪使いの立場が悪いのは本当なのだろう。
売店では近頃、藁人形が品薄だとも聞く。もしも藁人形の供給が滞るようなことがあればグレンデール先生を始とした多くの人間の生活水準が著しく低下するだろう。
自分も夕方と深夜にやることがなくなってしまう。
ふだん、ごく当たり前のように消費する藁人形。だからこそ、その大切さをしっかりと理解する必要が人間には求められている。これを気に今一度藁人形の重みを考え直したほうが良いかもしれない。
何はともあれ、いい加減実家に書いた手紙の返事が届いても良いはずだ。学院も実家も、どちらも王都にあるのだから郵送に時間が掛かる事もあるまい。
(ああ、お父様、早くシャーリーをこんな藁人形にすら事欠く場所から連れ出してください)
グレンデール先生が学院内における藁人形の不足とそれに対する学院側の対応の遅さに嘆き、急遽カリキュラムを変更して手作り藁人形の特別授業をした日、やっとお父様、ヘンリー・フット伯爵が学院に訪れた。
込み入った話になるかもしれないのでと、お父様は気を利かせて馬車の中を会話の場所に選んだ。
「シャーリー、息災だったか?」
「お父様、それは手紙の通りです」
はい、周囲からは嫌われています。
「・・・学業の方は順調か?」
「お父様、それも手紙の通りです」
はい、“祝福”以外は全て順調です。“呪い”に関しては学院ではトップです、一科目だけ最下位ですが。
重苦しい空気が馬車の中に充満する、お父様には申し訳ないが、こちらも絶対に頼みを聞き入れてもらいたい。
「・・・・・・」
ヘンリー・フットは言葉を失った。さきほどから娘に投げかけていた言葉がすべて地雷を踏み抜いていたからだ。
「お父様、大事な話がございます」
「どうしたんだ、シャーリー。その、もし、お前がどうしてもと言うなら学院のこと、考えてやっても・・・ただな、私はお前に学院を卒業してほしい」
「お父様、では、マティルダの娘を見つけたと言ったらどうです?」
「なんだとっ!!」
「お父様、声が大きい。下手をすれば極秘事項にあたる重大な情報です、気をつけてください」
「あ、ああ。そうだな・・・念のため聞く、そのことを誰かに話したか?」
「いいえ、これまで誰にも。ずっと胸の内にしまっていました」
アリスの出生について知る者はそう多くはないはずだ。いや、知られては不味い。シャーリー友好エンドを始、ゲームでも多々アリスの出生が元で命が狙われるシナリオがあった。今の自分にとってアリスに死なれるのは不味いが、それ以上にアリスの出生を知り、それを利用しようと企む者が増えては困る。利用して甘い汁にありつくには自分一人で十分だ。
「そうか、それならいい」
それを聞いて安堵したのか、落ち着いたように深呼吸をした。
「お父様、急ぎこのことを国王陛下にご報告なされたほうがよろしいのでは?後の調べは全てあちらに任せてしまえばいいのです」
「いや、しかし、まだ確認も取れていないのに陛下に伝えるなど、少し気が早くないか?」
「では、お聞きします。例えば明日、マティルダの娘が殺されて死んだとします。お父様はそれを知らぬ顔で、ただの平民の娘が殺された殺人事件として処理できますか?お父様のことです、できるはずがございません」
そう、アリスに万が一のことがあった場合、いかに自分達に不利益が生じないよう立ち回れるかが重要だ。もし、なにもしなくても、マティルダが動くようなことになればなにが起きるかも分からない。
「ん・・・シャーリー、イザベラに似たな・・・分かった、すぐに陛下に進言しよう。マティルダ殿の娘と思われる者を発見したと」
「それがよろしいかと、それともう一つ」
「なんだ、まだなにかあるのか?」
「私の退学届けを出してください、マティルダのおかげで私はあそこで居場所を失いました。このことは当然ながらお母様には伝えておりません、その意味をよくお考えになってください」
お母様が知ればどうなるか?親子二代続く因縁に終止符を打つべく、自ら参戦するだろう。そしてそれの分からないお父様ではないはずだ。
「・・・そうか、分かった。一度寮まで送ろう、荷物を纏めて帰る準備をしていなさい。後は私がやっておく」