07 男はヒロイン用の生餌
アレキシスの協力のもと、男子寮の前に本日の獲物、エドワード・パーソンズを呼び出すことに成功した。
三人の候補者の中でエドワードが唯一シャーリーと面識があること、近衛騎士の家なら仮にも王族の血が流れるフット家を蔑ろにはしないだろうと思ってのチョイスだ。
男子寮門の周りで待っていると、ドレス着た友人に手を引かれるエドワード・パーソンズが見えた。
背が高く、茶色のクセっ毛が特徴的で女子生徒から人気のある人物なのだが、今見ると我侭な飼い主に引き回される大型犬のようだ。
「シャーリー隊長、捕虜を連行して参りました!」
「誰が捕虜だ、無理やりお前が連れて来たんだろうが」
「そうね、エドの所為で女の子が悲しんでるって談話室で報告したら喜んで力になってくれたのよね」
「大勢の前で俺を脅迫したの間違えだろう」
「お久しぶりです、エドワード殿。アレキシスも態々ありがとう」
「どういたしまして、よ」
「シャーリー・殿か、これはいったいなんの真似か説明していただきたい。まさかアレックスの言う女の子とは貴女のことか」
エドワードは疑いの目でシャーリーを見る。
シャーリーの記憶ではエドワードはシャーリーの幼馴染、昔は仲もよく、一緒に遊ぶこともあったようだ。そんな友人が学院で冷たい態度を取るとは、よほどの怨みがない限りは普通では考えられない。
「まあ、そうおっしゃらずに。私達だって別に今知り合った仲でもないでしょう」
「そうだな、初対面の方が好感を持てた」
これは相当な嫌われ方だ、もしかしたらジュリアンの方がよかったかもしれない・・・
「実は折り入ってエドワード殿にお願いがありまして」
「そうか、俺にそれを聞く理由はない」
バッサリと切り捨ててくる。が、ここで退くわけにはいかない。自分が撤退するのはもっと後だ。
「実は古い友人と仲直りがしたいんです。それに当って相手方の伺いを立ててほしく、本日エドワード殿を訪ねました」
「貴女の古い友人?俺の知っている者か?」
「はい、比較的身近な方かと思いますよ・・・アリス・グレイス様、この名前に聞き覚えがあると思います」
アリスの名を聞いた瞬間、エドワードは目を細めて警戒心を強める。
「アリスになんのようだ、お前をアリスに会わせる気は俺にはないぞ」
さっきまでシャーリー殿と呼んでいたのを“お前”か、ずいぶんな口の聞き方をしてくれる。
そう言えば、エドワードエンドではシャーリーはエドワードの手で処刑されるのだった。
「私は只、古い友人と仲直りがしたい、それだけです。それだけを望み、それだけを求め、それだけのために本日貴女の時間をお借りしに参りました」
「用件は分かった、アリスには俺から伝える。ただし俺からもいくつか条件がある、それが呑めるなら力を貸してやろう」
「私にできることなら」
一つ、会うか会わないかはアリスが決める。
一つ、もし会うなら場所はアリスが指定する。
一つ、エドワードを自分の幼馴染として同行させること、またエドワード以外には誰も連れて行かないこと。(アレキシスも絶対に連れて行かないことも含まれている)
一つ、アリスには一切危害を加えないこと。
アレキシスは自分がついていけないことにブーイングを飛ばしたが、条件は呑める。呑めるのだが、突っ込むべきだろうか。最後のは信用が問題としても、三つ目がおかしい気がする。
「あの、ひょっとしてエドワード殿は・・・いえ、止めておきましょう」
「誰にも言うなよ!いいな!アレックスお前もだ!」
「え~、エドワードの愛の告白よ、こんな珍事はそうないわ。私としては皆に教えてあげたいくらいなのよ」
「まあ、可哀そうだからその辺にしてあげましょう、それに周囲は薄々感づいています。口にしないだけで」
エドワードは片思いだけど、相手にはすでに彼氏がいて、誰かに便乗しないと自分からはアポもとれない。
いくらなんでもこれを広めるのは酷だろう。なにせ相手は乙女ゲームのヒロインだ、存在そのものがチートなのだ。イケメン共は砂糖に群がる蟻にようにヒロインの周りに侍り、オオカミのような欲望を抱えたまま、犬のように従順になる。この世界の理であり、運命なのだ、仕方が無い。
この哀れな幼馴染もまた、そんな運命の激流に流されてしまった。ああ、なんとこの世は無情なのでしょう。
「・・・・・」
「・・・・・」
「おい、そんな哀れみに満ちた目で俺を見るな!」
「エド、貴方さっきからシャーリーに対して失礼よ!ダブルデートがふいになるわよ」
「良いですか、エドワード殿」
「なんだ」
「亦復如是と言う言葉があります」
「「亦復如是?」」
「かくもごとしと言う意味です。心には実態がなく、実態がないからこそ、それは心なのです。私達はその心で物を感じ、行うのです。
ならば貴方の想いもまた実態がない物から来ているのです、この意味、後でよく考えてください。きっと役に立つ日が来るでしょう」
アリスは、第三作〈ギフテッド・チルドレン~祝福された贈り物~〉で妊娠する、それもゲーム序盤で。なお、出産は終盤に起き、エンディングは別にある。
エドワードは恋が成就しようが、しまいがその日を見届けることになるだろう、一人の近衛騎士として、それもとても間近で。
そしてこのままでは家臣としてその日を迎えることになるだろう。
その場で慰めてやりたいにも、残念ながらシャーリーがそこに居合わせるには越えなくてはいけない山があるのだよ。