04 悪役令嬢二日目
シャーリー・フットとなって二日目、この世界で迎える初めての朝だ。
自分も生前は毎朝定時に起きていたが、シャーリーも生活習慣を大事にする早起きのようだ。朝はまだ暗い内から目が覚め、身体に染込んでいた習慣通りに身支度を済ませる。
学院指定の魔法使いのローブのような制服を纏い、シャーリーの長い一日が始まる。
早朝の食堂にはほとんど人がいなく、出来たばかりの温かい朝食がすぐに食べられた。他に学院の生徒は居たが昨日のような視線や態度を取る者はいなかった。
なるほど、シャーリーはこれが目的で毎朝早起きをしていたのか。
たしかにこれなら落ち着いて食事ができる。
今朝のメニューはパンと芽キャベツのスープと、伯爵令嬢が食べるには質素な朝食だがシャーリーはこれに満足していたらしい。
食前の感謝を述べ、食べてみれば味は良いし、栄養もありそうだ。なにより朝からお腹がほっこり温まる。多分シャーリーもこの感覚が好きだったのだろう。
「ごちそうさまでした」
食後はできるだけ早く移動する、他の生徒達が来たら厄介だからだ。
色々考えて、今後の作戦としてはやはり自分の首を絞めかねない強行な手段は取らないことにした。できるだけ穏便で、できるだけ平和的な方法で確実に没落を回避するのが最良な策かもしれない。
もしも自分が“呪い”の力で人を傷つけたなら、アリスは私を殺しにくる可能性がある。そこで戦えればいいが、アリスとアリス率いるイケメン軍団に孤軍奮闘して勝つ自身はない。
ここは敵に付け入る隙を与えないようにするのが得策だ。
となれば手は一つ。
「触らぬ神に祟りなし、撤退だ!」
裁判官を務めるお父様に手紙を書こう。
学院での生活にはもう耐えられません、どうか家に帰ることをお許しください・・・と手紙を通してはっきりと伝えよう。考えてみればこの閉鎖的な環境がいけないのだ。狭い空間に国中から魔法を使える者が集められ、将来国を背負って立つような貴族や王族の子息令嬢が集うこの学院が悪い。
閉鎖的な環境では魔女狩りが横行しやすい。人間は誰か悪者がいないと生きてはいけない、ときに自分達でそれを捏造することもある。その対象として選ばれたのがシャーリーだ。
つまり、ここから逃げれば学院の人間は皆シャーリーのことなど忘れ、こちらも最悪のシナリオだけは回避できる望みが生じる。
ただ没落が回避できる望みが生まれるだけで、完全に回避できるとは言い切れない。
ここで重要になるのは、やはりヒロインであるアリスの存在だ。
アリスは実は“祝福”の才能に溢れた平民出の男と現国王の妹との間に生まれた娘だ。もちろん身分差の駆け落ちと言うやつだ。
そして現国王には子供がいない。密かに信頼できる従兄弟のフット伯爵に妹を探すように命じている。
お約束ではあるが、アリスは次期女王候補。ゲーム第三作目も王位継承編だった。
それに対して誰よりも怒りを覚えたのがシャーリーの母、イザベラ・フット伯爵夫人だ。これからは便宜上お母様と呼ぼう。
お母様は平民の出だった。しかし魔法の、それも取り分けて“呪い”の才能があった。彼女はその才能と美貌を武器に出世を求め、見事に前国王(現国王の祖父)の信頼を勝ち取り、その孫の一人であるヘンリー・フット伯爵の妻に納まった。
ただ、夫と同じく前国王の孫であるアリスの母、マティルダとは反りが合わなかった。マティルダからすればイザベラは“怨み”の塊でとても王族の妻に相応しい女ではなかった。なにかとイザベラを敵視し、周囲の人間には彼女には注意するように警告までしていた。
挙句の果てにマティルダは国王となった兄に頼み、フット伯爵家から領地を没収し、王都での官職に縛り付けた。
確かゲームでは、『ヘンリーがあの女に毒されないか見張るために。それに彼ならきっと良い裁判官になれるし、本人もそれを望んでいる』が表向きの理由だった。
実際にお父様、ヘンリー・フットは裁判官として従兄弟である国王の役に立ちたかった。それはそれで良いが、お母様は納得しなかった。夫は領地を奪われた上、官職に就く名目で監視されるなど屈辱でしかなかった。
そして極めつけはマティルダの平民の男との駆け落ちだ。それは出世のためにお見合い婚したお母様に対する最大の宛て付けだった。この部分に関してはシャーリーの記憶でも十二分に確認できた。
結果、お母様はアリスの命を狙うも失敗し、国王にはその罪を問われ、一族は没落、お家は断絶の上、シャーリーは母と共に処刑される。
だから家に帰ることが叶えば、そこでお母様をヤル。そしてお父様を通してアリスを国王に献上すれば全ては丸く収まるはずだ。
「そうだ、献上するときに使うラッピングを考えないといけない」
この傷の借りはきっちり返してもらうとしよう。