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32 一度やってみたくて

 祝福平和論の教えを広める母体組織、祝福平和論国際倫理研究学会はほんの少し前まで自分達の成功を信じて疑わなかった。その教えと研究結果を世界に発信し、数多もの国や民族の間で密かにそれを広め、そして国家に実権まで握りつつあった。

 表向きには祝福の技術提供と共同研究で政治的な繫がりを作り。裏では祝福の奇跡で民の心を掴む。これが祝福平和論の戦略であり、繁栄の理由だ。

 それに加え、祝福平和論国際倫理研究学会の上層部はある世界の真理に解き明かし、その法則に従うことでこれまで成功を掴み取ってきた。


この世界には不遇の中にあっても、勝利が約束された乙女達がいる。彼女達の周りには自然と国に数えるほどしかいない有能な英傑が集まり、彼等は乙女に愛と忠誠を誓う。そして、それとは対照的に高見に居ながらも敗北が運命付けられた者達も存在する。

 これが祝福平和論国際倫理研究学会の解き明かした世界の真理だ。これを利用することで祝福平和論者達はいつも勝者の側に立ち続けてきた。


 しかし、ここに来て繁栄の基盤とも言える真理が揺らぎ始めた。

 大陸全土、それこそ北は北方大陸北部、南は南部大陸最南端の島国に至るまで大陸全土で一斉に祝福平和論が攻撃を受けたのだ。


 仮にも国に数人といない英傑を見分け集めて結成された祝福平和論国際倫理研究学会の行動は早かった。大陸各所の支部が攻撃を受けている中、先ずは足元を固めるため、多少手荒な手段を取ってでも本部のあるオヴェリアの完全掌握に乗り出した。祝福先進国であるこの国さえ押さえていれば、戦力は補充できる。

 幸運なことにオヴェリアには勝利を約束された乙女・アリスと敗北を運命付けられた者達がいた。アリスを御輿に彼等を集中攻撃し、その重罪を暴くことでオヴェリア内での力を確固たる物にしようとしたのだ。

 そのために政治や軍など、国内の要所に伏せた戦力を一斉に動かし、標的であるフット家を罠に嵌めた。危険を伴う博打のような手だが、迷いはない。アリスを自分達の側に置き、あくまで彼女の利益のためと台して行動すれば、勝利が転がり込んでくると信じて。


 しかし、いざ実行に移せば、オヴェリアの王はあろうことか世界の真理に逆らい、悪魔に味方した。これを非常事態と考え、祝福平和論は敗北を運命付けられたはずの悪魔、シャーリー・フットは騎士団を使って処刑することにした。その際、謁見の間でどのような二次災害があろうと、国王がどうなろうと、それは全て悪魔の仕業にしてしまえばいい。


 つまり、クーデターだ。


 ただ・・・

 彼等は想像すらしない。負ける運命にある者達と見下していた者達が実は眠れる虎であったことなど。

彼等は気づきもしない。大陸全土に未だ生存する悪役令嬢達が立ち上がり、目の前の敵を薙倒しながら一か所を目指していることなど。

 そして誰一人として知ることはない。後に“悪魔の大行進”と呼ばれるこの事件は、たった一人の少女が作った三体の藁人形によって引き起こされたことなど。




「ええい、構わん、狼藉者を斬れ!」


「無礼者!」

 祝福平和騎士団よりも早く、シャーリー・フットがその身を踊り出した。

 手近な騎士の顔面に渾身の右ストレートを叩き込み、仲間の下に殴り飛ばした。


「ええい、鎮まれー!鎮まれ!」

 この一言でその場にいた者全ての視線が一か所に集まった。


「こちらにおわすお方を何方と心得る!恐れ多くも先の副し・・・先の宰相、ミトミツクニ公にあらせられるぞ!ご老公の御前である、ひかよろう!」


 祝福平和騎士団の雑兵はあっけにとられ、後ろではご老公様一行が出番を取られて手持無沙汰となっていた。更に、国王陛下に至っては無言で“ちょっと早いよ”と言っていた。


 シャーリー、ゴメン。これ一度やってみたかったの。


(まあ、いいわね・・・もうこうなったら、後はお任せしましょう。それなりの効果もあったみたいだし)

 見れば、祝福平和騎士団の雑兵だけはすでに床に膝をつき、武器を投げ出していた。なおも悪びれることもなく立ち続けるのは指揮官とマティルダだけだ。


「元王女、マティルダ・グレイス。その方の悪事、しかと見届けさせてもらったぞ。かつて国と地位を捨てて男と逃げたかと思えば、己が手に権力を握らんと邪教と結託して働いたこれまでの狼藉、許し難し」

 ご老公様は、ご老公様であった。その言には力に溢れ、その表情は厳しくも何所か国と民百姓を思う優しさのような物が感じられた。それ故だろうか、祝福平和論者もご老公様に対しては一切抗うことはしなった。


「恐れながら申し上げます、私は権力など欲してはおりません。全ては民のために憎しみに溺れた悪魔と成敗するために再び祖国に帰還しただけにございます・・・悪いのは、そう、そこにいる悪魔にございます」

 この期に及んでマティルダは自分には何の罪もないと、私を指さしながら言い切った。


「ほう、では、全てはそこにいる、フット家令嬢、シャーリー・フットが招いたことと申すか」


「はい、その通りでございます。その悪魔は倒せば世界は平和に・・・」


「黙らっしゃい!・・・マティルダよ、在りし日に其の方の娘のことをその身を犠牲にして守ったのは誰か、お前は知っているか。その所為で、その者がどれほどの間苦しんだか其の方は知っているか。そして其の方がその者にこれまで何をしてきたか、それでその者は何を失ったか知っているのか。その者は今、この国のため、世のために何をしているのか、分っているのか」


「恐れながら、ご老公様はその悪魔に騙されて・・・」


「知らぬなら教えてしんぜよう、その昔、其の方の娘を庇い、代わりに馬に蹴られたのがそこにいるシャーリーじゃ。その後、このシャーリーは長い年月を孤独な療養に費やした。じゃが、傷は完全には癒えず、痕は残り、子を産む力を失った・・・そして学院に入った直後、其の方が仕組んだ小細工により、シャーリーは皆から除者にされた。其の方の娘がこの世の春を楽しむ姿を日陰の中から見上げながらのう・・・しかし、それでもシャーリーは其の方の娘のことも、其の方のことも恨む気持ちはなかった。これでもまだ、其の方はシャーリー・フットを悪魔と呼ぶか?

マティルダ・グレイス、そしてそれに付き従う者に申し渡す、追って厳しき沙汰が下る故、それでも大人しく、己の罪はなんであったのかよく考えてみよ」


ご老公様は全てご承知です。

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