30 桜吹雪を背負った親子
森からの帰還を成し遂げ、王都の屋敷の扉を潜ってようやく私は肩から荷が下りた気がした。
早朝から敵の刺客に襲撃され、助けが入らなければ今頃どうなっていたことが分らなかった。今、こうして無事に帰れたことが奇跡のようだ。
祝福平和騎士団の迎撃に成功した後、私達は指揮官のみを連行して、残りは裸に向いて簀巻きにした上で森の中に放置してきた。本当は全員連れて行きたかったが、あれだけの人数を護送するのは三人では不可能だ。だから、責任者を一人連れて行き、残りは後から回収することにした。幸い、あの森の中に入るのは呪いを志す者だけ。簡単に祝福平和論者に見つかるとは思えない。
結果的には森への巡礼は危険なものに終わってしまったが、リスクを負うだけの価値はあった。
私はシャーリーの藁人形を手に入れたし、何よりもこれまで音沙汰なかった“シャーリー”に変化が見られた。彼女はあの時、涙を流したのだ。それも現在身体を動かしている私の感情は意思に関わりなく。これは彼女がまだどこかに存在している証拠だ。
もしかしたら、まだ彼女を呼び戻すことが出来るかもしれない。
私も別に見返りが欲しくてしているわけではない。ただ、一度死んで、その巡り合せでシャーリー・フットと言う人物を引き継いだに過ぎない。シャーリー戻り、自分がまたどうなろうと気はしていない。しかし、もしも彼女が復活することで自分がこの世界から消えてしまうなら、その前にやっておきたいことがある。
すでに乗りかかった船だ、祝福平和論を討ち取り、首を土産にあの世へ行かねば私も義理が通せない。何よりも、あんな連中を野放しにした世界にシャーリーをほっぽり出すのも心が痛む。
もしも、シャーリーが甦るなら、彼女が見るべきは祝福平和論が一掃された世界だ。そうでなくても、彼女は苦労する運命にあるのだから。
在りし日々に抱いたささやかな夢が絶対に叶わぬ人生だ、その生きる苦しみは消えることがない。
私はシャーリーの為にそれをどうにかしてあげることはできない。しかし、せめてもの餞に手を合わせ、経を読んだ。
御経というのは面白いもので、使われている漢字にはあまり意味がない物がある。代わりに、呪文のように読み上げる御経の音に意味がある場合がある。
その最たる例が、般若心経だ。音が重要視されるこの御経は世界中何所に行っても大体は通じる。そしてその用途も根本的な部分は不変的だ。
そう言えば、この呪文のような御経は、もしかしたらシャーリーとの相性が良いのかもしれない。
「摩訶般若波羅蜜多心経」
『摩訶般若波羅蜜多心経』
(っ!?どういうことかしら)
経を唱えようとしたら、遅れて私の言葉を真似るように復唱された。その声は聞き覚えのあるものだが、耳を通してではなく、私の中から湧き出るように聞こえてきた。
まさかっ・・・
「観自在菩薩」
『観自在菩薩』
「行深般若波羅蜜多時」
『行深般若波羅蜜多時』
間違えない、私に続くように復唱されている。そしてこの声は私の中から、来ている。そんなことの出来るのは、一人しか思い当たらない。シャーリーだ、彼女が目覚めた!
その後も私が唱える経の後から復唱が続き、全て唱え終えると、後から復唱が続き、止んだ。
『ありがとう、私を見つけてくれてありがとう』
「おかえりなさい、シャーリー」
この日、思ってもいなかった成果が得られた。この世界で最もタフな生物の一角、悪役令嬢;シャーリー・フットの復活だ。
ただ、浮かれている暇はないようだった。その日の挽、内々の報せによってフット家が反逆の罪を問われるかもしれないと分かった。
突然の報せとそのあまりに突拍子のなさに何事かと思ったが、今朝の出来事から察するに決して起こりえないことではないとすぐに理解できた。
「どうやら、敵が動き出したようだ」
昔の感を取り戻してか、ヘンリー伯爵には微塵の同様も感じられない。むしろ、何時でも来いと言わんばかりの強気な姿勢を見せていた。
「王宮内にマティルダが居た時点で敵方の陣営は未知数だったが、我が家を冤罪で嵌めようしている所を見て、かなりの自信があるのだろう」
「今日のお父様はずいぶん勇ましいですわね」
「なに、昔を少し思い出しただけだ。それよりもこれから祝福平和論とそれに加担する逆賊に一泡吹かせてやろうと思うが、シャーリー、何か面白い策はないか」
「でしたら一つ、前々からやってみたいことがございます」
シャーリーとはすでに相談が済んでいて、本人からのゴーサインも出ている。少々、というかかなりぶっ飛んだ手だが、それが反って彼女の関心を引いたようだ。
ただ、ヘンリー伯爵からは真っ先に「止めてくれ」と止められたが、シャーリーのアドバイスを得ながら根気強く理解を求めたことで説得に至った。
それから暫くは慌ただしいもので、フット家は表では敵勢力の調査とその動向、フット家に掛けられた反逆罪の噂の審議などを各所で調べ。裏ではこの事態の打開策の準備を進めた。
少し、急ぎ足になってしまったが、仕込みが完了すると同時にこちらから動いた。
やることは一つ、フット家は父と娘の二人で現国王に謁見し、自らに逆心がないことを明らかにするだけだ。しかし、ただ口で言うのではなく、それなりの態度で無罪を主張する。
登城したフット伯爵親子は宮内でおおいの人目を集めることとなった。すでにフット家反逆の噂は流れ、上層部ではその処遇について議論される段階となっていたが、それ以上に彼等の目を引いたのが、フット親子の姿だった。
自らに後ろ暗い所など一切無いと言わんばかりに堂々と歩くフット親子の衣装には袖がなく。また、娘のシャーリー・フットのドレスに至っては肩を大きく露出させていた。そして露出した二の腕や肩にはこれでもかと言わんばかりに青を背景として桃色の桜吹雪の入れ墨が咲き狂っていた。
先頭を歩くフット伯爵に至っては普段持ち歩くこともない王家の家紋が入った剣を腰に帯びていた。
その姿はあまりに堂々とした物で、見た者は言葉を失った。
タイトルでお分かりの方もいらしたでしょうが、そのままです。
そして元ネタは某時代劇に登場するあのお方です。本当は桜吹雪ではなかったなどの野暮な話は抜きでお願いいたします。その辺りは皆様の深いお心で呑み込んで下さいまし。
桜吹雪の入れ墨入れた悪役令嬢って需要あるでしょうか?




