03 晴らすべき無念
シャーリー・フットに無念を晴らしてほしい、と頼まれた。
それを実行するに当たってなにをすればいいのだろうか?
まず真っ先に思いつくのはゲームにおける彼女の立ち回りだ。
ストーリー上、シャーリーは仲間がいないことから自分が得意な呪いを使って日々アリスのことを妨害していた。
アリスとの因縁は親同士の代まで遡るシャーリーならば当然のことだろう。
なによりアリスはあのゲーム〈ギフテッド・チルドレン~祝福と呪いのワルツ~〉のヒロインだ。
アリスはシャーリーとは対照的なキャラクターで“祝福”の才能に溢れ、“呪い”がまったく使えないのが特徴だ。ゲーム中、“呪い”のテストに落第するなどと慌てるイベントもあった。
そしてシャーリーの記憶を洗ってみるとゲーム通りであることが分かった。
親の時代からの因縁、溢れんばかりの“祝福”の才能を持つ人気者のアリス。そして自分には“呪い”しか使えない。
同じ場所に“祝福”の天才と“呪い”の天才がいたらどうなるだろうか?答えは目に見えている、周囲は“祝福”の天才に電球に群がる蛾のごとく集まるだろう。
そして親同士の仲が良くないのも悪かったようだ。
元々おかしかった、絶対敵であるシャーリーの友好エンドなどありえるはずがない。
友好エンドは他の女キャラとの間にもあるのだからゲーム内容的にシャーリーとのエンドまで用意する必要もなかっただろう。
ただ、不思議なことにシャーリーの記憶の中にそれが説明できるピースがあった。シャーリーはアリスと良好な交友関係を築きたかったようなのだ。それも子供のころからずっと。しかし、親同士の仲に問題があり、シャーリーは母親に言われ、アリスと距離を置いていた。
そう言えばゲームでもシャーリーはアリスのことを幼少時代一度助けている。分岐点における選択でその記憶が蘇ることがシャーリー友好エンドの条件だ。
そうなると、シャーリーの無念はアリスに勝っても晴れないことになる。もしかしたら、アリスとの友情を望んでいた場合もある。
そう思ったものの、すぐにシャーリーはそんなこと望んでいないことを“思いだした”。
いつまでも濡れた服を着ていられないので着替えのため一度脱いでみると、シャーリーの身体に肉が抉れたような痛々しい古傷があった。
「なに・・これ・・・いや、これは知ってる。確か」
昔、アリスを庇ったときにできた傷だ。
その昔、幼少時代、不用意にもアリスは子馬に後ろから近づいた。それを見たシャーリーはすぐにアリスを注意しようと駆け寄るも時すでに遅く、調教前の子馬は興奮していた。子馬とアリスの間に間一髪で割って入り、シャーリーはアリスを守るも子馬に腹部を蹴られた。
幸いすぐに周囲の大人が異変に気づき、高度な“祝福”による治療のおかげで運良く命を取り留めた。代わりに長い療養期間を費やし、傷が癒えた後も後遺症で子供の産めない身体になってしまった。
シャーリーがまだ、『将来はお嫁さんになって、お母様にみたいなお母様に成りたい』と少女らしい夢を語っていたころの話だ。
今でも月に一度、必ず医師の診察を受け、子供が産める身体かどうか診てもらっているが回復の兆しはない。
記憶を辿るにどうやらさっき、シャーリーは医師の診察を受けた帰りだったらしい。結果は否だ。
子供が産めない、それは貴族社会の娘にとって致命的だ。跡継ぎが産めない時点で嫁の貰い手はない。むしろ“呪い”の才能と合わさり、益々不吉に思われている。
これはあくまでシャーリーのことで自分のことではない。しかし、なぜだろうか、泣きたくなった。
あのとき庇った少女は敵となり、毎日男に囲まれて暮らしている。なのに、自分は夢を諦めなくてはならない。そんな状態でよく一度でもアリスとの関係を修復しようと思ったものだ。
シャーリー・フット、他の誰が認めなくても、少なくともここに一人は貴女を認める人間がいることを知ってください。
貴女は“祝福”がなくても、“呪い”の才能をなしにしても、貴族の令嬢としての肩書きがなくても、すばらしい女性です。
貴女の言った無念はもしかしたら私程度ではどうすることもできないかもしれない。それでも、貴女にしてあげられることはなんでもするつもりです。
シャーリーの望みは家庭だとすれば、その願は難しいかもしれない。
考えられる方法としては身分や家の繋がりを主題にしたお見合い結婚でなんとか好い夫を見つけ、養子を迎えるなどの方法で家族を増やすことが挙げられる。
とりあえず、これはこれで考慮に入れておこう。
先ず最初に考えることは結婚ではない。記憶を辿るにシャーリーは今十七歳、後九ヶ月ほどでこの身体は破滅し、家は没落してしまう。それだけはなんとしてでも回避しなくてはいけない。
すでにシャーリーに対する向かい風は強く、残された僅かな時間でこれを覆すのは容易なことではない。
「でも、今の自分は悪役令嬢。なにをしてもいいなら、なんでもやってやろうじゃないか」