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28 名裁判官評判記 暴れん坊伯爵


「白昼堂々と女子供を相手に剣を抜き、大勢で襲い掛かるとは、もってのほか。見過ごすわけにはいかぬな。

それが自分の娘ともなれば、正義を通り越してもはや憎しみさえ覚える」


 ヘンリー・フット伯爵は娘を迎えに行くため朝一で馬を飛ばしてきた。前日から信頼する馬車番であるカーターを向かわせていたが、娘と過ごす時間がほしいのが父親だ。


 思えば、娘と・・・シャーリーのことはほとんどかまってやることが出来なかった。

 シャーリーが生まれた年は、伯爵位と所領を与えられて領主として、また伯爵としての仕事に追われていた。

 まだ幼いシャーリーが事故で大怪我をした年は領地を召し上げられ。その後、新たに与えられて裁判官として職務に奔走するばかりに、娘を孤独にしてしまった。

 ようやくシャーリーが療養を終えても、今度はあの子を学院に入れ、自分から遠ざけてしまった。

 そして、あの子はそこでまた苦しんだ・・・


 まだ、誰にも話していないことだが、学院から戻ってきたシャーリーはまるで・・・まるで人が変わってしまったかのようだ。

だが、別人ということはなかろう。長い時間が私の知っている娘を変えてしまったか、私があの子のことを何も知らなかっただけだ。


今日であれば、少しくらい娘と話す時間ができると思い、仕事を七日間詰めて朝から馬まで飛ばしてここに来た。

だが、あろうことかそこで見たのは娘に寄って集って襲いかかり、悪魔と侮辱し、“平和のために退治する”とまで言い切る無法者共。


「カーター、俺に構うな!だが、シャーリーだけは屋敷まで無事に届けてくれ!」

「御意に!」

 遠くからカーターの声が聞こえた。

 振り返れば、大事な娘は無事でいてくれた。


 さて、いつ以来だろうか。自分のことを“俺”と言うのは・・・

 久々に暴れてみようか。


 腰に差した一振りの釼はかつて前国王である祖父から貰い受けた品だ。サーベルのように反った形状をした片刃の釼は切れ味が鋭く、その姿も美しい名品だ。


『この剣は刃で切れば命を奪う。しかし峰に反して振るえば命までは奪わぬ。使い方が選べる故に振るう者はそれを選ばねばならぬ。故にこれは数いる孫の中でヘンリーお前に与えよう・・・決断をしたときのみ、この剣を抜きなさい』


 そう言われ、俺はこいつを受け取った。

御爺上、俺は決めましたぞ。




 釼を鞘から抜き、峰に反す。その瞬間、柄に刻まれた、王家の中でもごく一握りの者だけが持つことを許された王家の家紋が輝く。


「その家紋は!ま、まさかっ」


「ほう、俺が分かるか。俺にも慈悲はある、潔く罪を認め、法の裁きを受けよ!」


「ええい、もはやこれまで・・・皆の者、こやつは王家の家紋を愚弄する不届き者だ、斬れ、斬れ、斬り捨てぇい!」

「「はっ!」」

 黒装束の一団が一斉に剣を構え、フット伯爵に斬りかかる。


「あくまで歯向かうと言うなら、仕方がない。天に代わって成敗いたす」

 黒装束が二人、左右から同時に斬りかかってきた。

 が、右の者の小手を剣先に叩き、返す太刀で左の者の足を叩く。


 釼は峰に反せば相手を切ることはないが、強力な打撃を与えることができる。

 一人、また一人と黒装束の一団はたった一人の父親振るう峰打ちを前に倒れていく。


 そして祝福平和騎士団第三隊はものの数分で全滅することとなった。







 一方、馬車に揺られるシャーリーには遠目に見えるその光景で目から涙が溢れた。

 泣いていたのは“私”ではない、その身体の本来の主にして、記憶の持ち主、“シャーリー・フット”が泣いていた。


 父と過ごした時間がなかったのは娘も同じだったのだ。


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